『一生学べる仕事力大全』にはビジネスパーソンなら知りたい「仕事力」が詰まっている

 2023年末に『一生学べる仕事力大全』(藤尾秀昭・監修)という書籍を刊行した。人間学を学ぶ定期購読の月刊誌『致知』に掲載された45年に及ぶ記事の中から、後世に残したいと考える74名の話を厳選したものである。800頁に迫る大部となったが、発売直後に重ねて増刷となり、2万部を超える反響を見せている。本稿ではその中から、特に印象に残る3名の言葉を紹介したい。

*   *   *

■侍ジャパンが勝ち切った理由

 最初は、侍ジャパンを世界一へ導いた名将・栗山英樹氏の言葉。「今回のチームづくりにおいて大切にしたことは何か」という本誌の質問に対し、次のように答えている。

「強い組織というのは、全員が自分の都合よりもチームの都合を優先し、全員がチームの目標を自分の目標だと捉えていることだと思っています。そういうことを伝えるために、今回は長くミーティングをする時間がなかったものですから、30人の選手全員に手紙を書きました。僕はあまり字がうまくないんですけど、墨筆で。それを代表合宿がスタートする日に、各人の部屋に置かせてもらったんです。真心ってそういうものでしか伝わらないような気がしたものですから。

 手紙に書いたことは、あなたは日本代表チームの一員なのではなく、あなたが日本代表チーム。要するに、自分のチームだと思ってほしいと。会社でもサラリーマン意識で勤めているのか、自分がオーナー経営者だと思って働いているのかでは感覚が全く違いますよね。全員に『このチームは俺のチームだ』と思ってやってほしかったんです。

 そのため、普通はキャプテンを一人指名するわけですが、今回は全員がキャプテンだと。正直言って僕が相手できるような選手たちじゃなくて、本当にトップクラスが揃っていたので、一人にプレッシャーをかけるよりも、そのほうが勝ちやすいと判断したんです。 そうしたら、初日の練習が終わった後、ダルビッシュが僕の部屋に来て、『監督、全員キャプテンOKです。あれ、いいですね。しっかりやります』みたいなことを言ってくれました。

2013年の稲盛和夫さん。京セラとKDDIの創業者で、日本航空(JAL)の経営再建にも尽くした

 野球の試合は9人しか出場できません。例えば、ベンチに座っている選手がふんぞり返るようにして傍観しているチームなのか、それとも前のめりになって声を出しながら、いつ出番が来てもいいように準備しているチームなのか。要するに、他人事にするチームはやっぱり勝ち切らないと思うんですよ。僕はそれをファイターズの監督をしていた時に実感したので、『自分のチーム』『全員がキャプテン』なんだと伝えました。

 今回はそれを見事に発揮してくれましたね。準決勝で村上が決勝打を放った場面も、代走で出場した一塁ランナーの周東(佑京)は、村上が打った瞬間にスタートを切り、驚異的な速さでホームに帰ってきたんですよ。

 僕としては打った瞬間に打球が外野を抜けるかどうか分からなかったんですが、試合後に周りのスタッフからこう聞きました。『監督、周東はちゃんと準備していました』と。周東曰く、『試合に出場する機会は少ないながらも、全員のバッティング練習をちゃんと見ていました。村上は確かに調子悪かったけど、左中間の打球だけは伸びていたんですよ。だからあの瞬間、抜けると確信しました』と。

 その日の試合前、翔平が周東に『きょうは必ずおまえの足で勝利が決まる。だから、準備してくれ、頼むな』と言っていたらしいんですよ。そういうふうに勝負の瞬間への準備を全員がしてくれていた。監督の指示を待つのではなく、信頼関係の中で自らが責任を取ろうとし、勝つために仕事をしてくれていた。それが結果的に勝ち切った要因だと思います」

■書家・相田みつを氏の原点

 次に紹介するのは、書家の相田みつを氏。1989年の対談取材で語られた、自らの原点ともなる話である。

「私が旧制中学の4年生のときにあんちゃんは兵隊に行くわけですが、あるとき、裸電球を真ん中において、夜なべで刺しゅうしてた。私はちゃぶ台の古いのを置いて勉強していたんですね。

 その時に、あんちゃんが、『みつをなあ、お前も来年は5年生だな。5年生というと、最上級学生だな。最上級生になると、下級生を殴る、という話を、おれは聞いたが、お前だけは下級生を殴るような、そういう上級生にならないでくれ』『無抵抗な者をいじめる人間なんていうのは、人間として最低のクズだぞ』ということを、針を運びながらね、懇々というんですよ。

 それで、その後に刺しゅうの手を止めて、私の足先を指差してね。『お前の足な、足袋に穴っぽがあいてるけれども、ボロな足袋をはいてることは、一向に恥ずかしいことはないぞ』と。『そのボロな足袋をはいていることによって、心が貧しくなることが恥ずかしいんだ、その足袋の穴から、いつでもお天道さまをみてろ』と。これは、私のあんちゃん、偉かったなと思うんですね。

 で『いつでも心は貴族のような心を持っていてくれ』。

 3つ目に、『貧しても鈍するな』。この言葉の意味を当時、私はわかりませんでしたが、『どんなに貧しくても、卑しい根性を持つな』ということですね。

 そして、もう一人のあんちゃんは、こういうことをいいました。『同じ男として生きる以上は、自分の心のどん底が納得する生き方をしろよ』と。『自分が納得する人生なら、どんなことがあっても愚痴や弱音を吐くなよ』。そういうことをいって、二人とも戦地に行って帰ってきませんでした。

(略)

 私にできることは、この二人のあんちゃんの一番喜ぶ生き方は何だろう。これが、私にとっての課題になったんですよ。あんちゃんたちの喜ぶ生き方を私がしなかったら、もう浮かばれないっていう思いがね、小さい時からあったんですね」

■稲盛和夫氏が即答した「人生で一番大事なもの」

 最後に紹介するのは、京セラ創業者の稲盛和夫氏。「今日まで86年間歩んできて、人生で一番大事なものは何だと感じているか」という本誌の質問に対して、氏は何と答えたか。

編集を担当した小森俊司さん

「やっぱり人生で一番大事なものというのは、一つは、どんな環境にあろうとも真面目に一所懸命生きること。

 私が京セラや第二電電をつくり、JALを再建し、素晴らしいことをやったと多くの方々から称賛していただきますが、ただ1つだけ自分を褒めるとすれば、どんな逆境であろうと不平不満を言わず、慢心をせず、いま目の前に与えられた仕事、それが些細な仕事であっても、全身全霊を打ち込んで、真剣に一所懸命努力を続けたことです。全生命を懸ける努力、世界中の誰にも負けない努力をしていけば、必ず時間と共に大発展を遂げていくものと信じて疑いません。

 それともう1つは、人間は常に『自分がよくなりたい』という思いを本能として持っていますけれども、やはり利他の心、皆を幸せにしてあげたいということを強く自分に意識して、それを心の中に描いて生きていくことです。いくら知性を駆使し、策を弄しても、自分だけよければいいという低次元の思いがベースにあるのなら、神様の助けはおろか、周囲の協力も得られず、様々な障害に遭遇し、挫折してしまうでしょう。『他に善かれかし』と願う邪心のない美しい思いにこそ、周囲はもとより神様も味方し、成功へと導かれるのです。

 私はこの2つを特に心掛けて生きてきました。盛和塾のモットーは『心を高める 経営を伸ばす』ですが、私自身がこれからも心を高め続ける一生でありたいと思っています」

 各界で一道を歩み、自らを磨き続けてきた3名の方の言葉を紹介した。本書に収録されている74名の話から、時代を越えて通底する不変の原理や生き方のセオリーを見出し、ご自身の仕事や人生の糧としていただくことをぜひおすすめしたい。