●DFの習性を利用したファーストタッチの意図

世界最高峰のプレミアリーグでも活躍する三笘薫のドリブルには、守備者の習性を利用する確かなロジックが存在するという。三笘と同じようにドリブルを武器に活躍した松井大輔氏は、自身の経験と理論に重ねながら、ドリブラーの特徴が活きるための条件を解き明かす。(分析:松井大輔、構成:川原宏樹)
——————————————–

 前回は三笘薫が仕掛けるときには立ち位置や距離を重要視していることを明かしましたが、それだけではあれほど相手を抜けません。その他にも自身の体の向きや動かし方、抜け出す方向や角度、ボールの位置や運び方など細部に渡るまで綿密な工夫があります。

 ほんの一部になりますが、シェフィールド・ユナイテッド戦から解説します。先に、相手との立ち位置を解説したシーンと同シーン(3:00〜)になります。自分が勝てる位置まで相手の誘導に成功した三笘は、右インサイドで切り返します。そのときにボールを縦方向のスペースへ大きく蹴り出していないことに注目してください。それにはしっかりとした論理的な理由が存在します。

 通常であれば、右インサイドで蹴り出すと同時にスピードアップして抜け出しを試みることでしょう。しかし、三笘は切り返した最初のタッチでは大きく運び出さず、ボールを体の正中となる位置にとどめる程度にしています。そして、直後のタッチで大きく蹴り出す二段式ロケットのようにボールを運び出しています。

 三笘は最初のタッチでは、まだ縦方向への抜け出しを最終決断していません。ある程度は抜け出せると考えているかもしれませんが、そのタッチ直後の相手の動きを見てから最終決断をしているように見えます。

 このシーンでは、キックフェイントにもなっている切り返しのタッチと同時に、相手は大きく右に釣り出されていますが、これほど釣られない状況は多々あります。それでも三笘の初速があれば抜け出せることがほとんどでしょうが、切り返しのタッチを大きくして自身の体からボールを離すと相手は体を投げ出して止めにくるでしょう。しかし、すぐにタッチできる足元にボールがあると、相手は飛び込めず足を止めることしかできなくなってしまうのです。そうして相手がフリーズしてしまえば、ボールには触れませんし、体をぶつけることもできません。

●三笘薫のドリブルが「分かっていても止められない」理由

 こういったディフェンスの習性も利用して、三笘は相手に体すら触れさせないように取り組んでいます。日に日にインテンシティが高まっていき、フィジカル重視が強まっている昨今の潮流のなかでも、三笘がドリブルで抜ききれる理由の一端がこういった工夫に隠れています。

 このような細かな工夫に目を凝らすと、ドリブル突破の基本を見落としがちになります。これは三笘本人も語っていたのですが、仕掛けるときはプレーの選択肢を複数つくっておくことが大切ということです。

 単純に1対1でいえば、右にも左にも行ける状態をつくっておかなければなりません。時に股下などの正面というパターンはあるにしても、極論をいえばドリブルは右に行くか左に行くかの二択になります。その片方の選択肢がなければ、相手と対峙したときにどうなるかは容易に想像がつきますよね。

 もちろん、サッカーのプレーはドリブルだけではありません。パスもあれば、シュートもあります。三笘が左サイドでボールを受けたときには、ドリブル以外にもクロスという選択肢を用意しています。その選択肢を準備していなければ、相手を抜けません。だから、三笘は1試合を通してさまざまなことにトライしてプレーの幅を見せます。それが、いわゆる相手との駆け引きになるのです。

 また、選択肢を多く用意しておけば、自分が得意とする型やエリアが相手にバレていても、さほど問題にはなりません。相手は抜き方がわかっていても、複数の選択肢によって結局は迷うのです。テクニックを磨くことも大事ですが、なぜ相手が釣られるのかという本質は絶対に忘れないようにしましょう。

 プレーの選択肢を複数つくることの大切さについて言及しましたが、選択肢を増やすためには味方の協力が不可欠です。わかりやすく例示すると、味方のポジショニングがよくなければパスコースはつくれません。ドリブルを仕掛ける場合でいえば、抜け出すスペースを味方が埋めてしまっていては選択肢が減ってしまいます。

●味方は三笘薫をどうやってサポートすればいいか?

 シェフィールド・ユナイテッド戦では、三笘の突破を味方が阻害するといったシーン(0:40〜)がありましたので悪い例として紹介します。

 ハーフウェーラインより相手陣内に10m強ほど入ったところでボールを受けた三笘は、斜めにボールを運び出して相手を釣り出し、アウトサイドの細かいタッチと同時に回転して入れ替わるカラコレアルという技で1人目をかわします。しかし、縦に抜け出した三笘は2人目にファウルで止められてしまいました。相手を退場に追い込んだプレーなので成功例と思われがちですが、そもそもこれは三笘の型ではありません。

 なぜ、そうなってしまったのか。その要因は味方の動きにあります。三笘がボールを受けると同時にFWウェルベックが三笘の縦方向に広がっていた左サイドのスペースへ流れます。それによって、ウェルベックのマーカーだった相手も流れてきて、左サイドの局面は2対2になりました。仮にウェルベックが流れてこなければ、左サイドの局面は1対1で三笘が得意にする型ができる状況でした。

 三笘のカラコレアルは縦方向のスペースを埋められてしまったがために導かれたもので、感覚的に繰り出した技だと思います。突き詰められた自分の型ではなかったため、2人目までの対応を考えきれなかったのではないでしょうか。結果的にファウルになりましたが、本人としては失敗と感じているように思います。

●「戻ってくるな」オシム監督は松井大輔に何を求めたのか?

 このように味方が得意とするプレーを理解して、その状況をつくり出せるようにすることも大切なプレーのひとつです。

 あくまでも僕の場合の話をすると、日本代表ではイビチャ・オシム監督から「戻って来ずに、そこにいろ」と指示を受けたことがあります。それはサイドの高い位置をキープして、相手と1対1になる局面をできるだけ多くつくるという意図がありました。

 国内外問わず長い現役生活を送ってきましたが、そのように局面をつくるための指示を受けたのは後にも先にもオシム監督だけでした。ですが、そういった局面をつくりやすいように、チームメイトと話をすることは多々ありました。日本代表時代であれば、いわずともシュンさん(中村俊輔)やヤットさん(遠藤保仁)が僕のやりやすいように演出してくれましたね。

 だから、三笘が自分のエリアでボールを受けたときは、サイドバックのオーバーラップやFWのダイアゴナルランは控えたほうがいいと思います。おそらく、そのほうがチームとしての結果も出ることでしょう。

(分析:松井大輔、構成:川原宏樹)

【特集:松井大輔のドリブル分析】「ドリブルのミスは成功の布石」松井大輔だからこそ分かる久保建英の技術。一瞬生まれた3つ目の選択肢「久保は見逃しません」
【特集:松井大輔のドリブル分析】伊東純也は「習性を利用して…」スピードだけではない、「1対1を仕掛ける」技術
【特集:松井大輔のドリブル分析】三笘薫は「プレ動作」が違う。「勝てる立ち位置まで相手を誘導する」ボールの触り方