JR東日本の多くの駅で、発車メロディーを使用している。それらは楽譜として本にまとめられたり、音声がCDに収録されたりしている。列車が発車する際に流れるメロディーなので、親しみを感じている人も多いのではないだろうか。

 都心部を走る山手線でも、さまざまな発車メロディーが使われている。駅ごとに、場合によっては外回り/内回りによっても異なる。「この曲は別の駅でも聞いたことがある。あれ? どこの駅だっけ?」と思うこともあるだろう。

 しかし、実はその駅でなければ聞けない発車メロディーもあるのだ。

●ソメイヨシノ発祥の地の駅メロディー

 駒込駅周辺はソメイヨシノ発祥の地といわれ、近くには桜の名所としても知られる「六義園」がある。となると、同駅の発車メロディーに桜に関する曲が使われるのも自然なことである。

 例年3月末は、都内で桜が開花する季節だ。駒込駅では、発車メロディーに『さくらさくら』を使用している。地元商店街の働きかけで実現したという。

 ちなみに、駒込駅の山手線ホームは両側が線路に挟まれ、同一ホームで乗降できる1面2線の「島式ホーム」である。しかも、幅が広いわけではない。そんな駅で『さくらさくら』が外回り/内回りで流れる。

 外回りの『さくらさくら』は、おそらく短調であると思われる、暗い響きになっている。内回りの『さくらさくら』は明るめで、オルゴール風の音色だ。

 先日、筆者が駒込駅を訪れた際には、発車メロディーを録音しようとしていた人が2人ほどいた。駅メロディーが好きな人にとって、この駅は注目されているようだ。

 だが、駒込駅で発車メロディーが流れている時間はわずかしかない。停車してドアが開くと、発車メロディーが鳴り始め、曲が終わる前にドアが閉まることが多い。また、この駅では外回りと内回りが同時に駅に到着しているケースもある。そうなると、2つの『さくらさくら』が混ざってしまうこともあるのだ。ある意味、聞くのが難しい発車メロディーともいえる。

 しかもこの駅の発車メロディーは、山手線の中でも“企業の存在”が感じられない珍しい駅でもあるのだ。なお、この曲は中央線の武蔵小金井でも使用されている。

●手塚治虫がいた街の駅に

 高田馬場駅周辺は漫画家・手塚治虫ゆかりの地でもある。かつて彼の仕事場があって、現在は手塚プロダクションがオフィスを構えている。そのため、高田馬場駅の発車メロディーは『鉄腕アトム』のテーマ曲である。

 発車メロディーには同テーマ曲の一部分を抜き出していて、山手線の外回り/内回りで混ざらないようにアレンジを変えている。高田馬場駅は利用者が多いにもかかわらずホームは狭く、人の行き来が激しい。その上停車時間が短いので、発車メロディーが流れる時間も短い。ちなみに高田馬場駅の山手線ホームも島式ホーム1面2線である。

●企業関連の発車メロディーが増えている

 企業との関係が強く感じられるのは、恵比寿駅の発車メロディー『第三の男』である。1949年に上映された白黒映画『第三の男』でも使用されている。

 エビスビールはサッポロビールが手掛けるプレミアムビールで、値段が少し高いことで知られている。恵比寿の地には、エビスビールをつくっていた工場が88年まで存在していた。恵比寿駅の発車メロディーはそのビールに由来しており、2005年6月から使用されている歴史の長いものだ。

 現在は恵比寿からビール工場は消えたものの、恵比寿の地でおいしいビールが作られていたことを伝えるかのように、エビスビールのCM曲が発車メロディーになっている。恵比寿駅は山手線と湘南新宿ライン、埼京線がそれぞれ島式ホームとなっており、山手線ホームは同じホームに外回り/内回りの人が降車できるようになっている。そのため、『第三の男』のアレンジは違うものになっている。

 では、ホームが外回りと内回りで別々の駅は、どうしているのだろうか。最近新しく、企業に関連した発車メロディーが流れる駅のホームに行ってみた。

●地域に根差した家電量販店のCMソング

 大手家電量販店の「ヨドバシカメラ」と「ビックカメラ」はレールサイド戦略に注力していて、主要駅の近くに店を構え、品ぞろえの良さや充実したポイントサービスなどで人気を集めている。

 両社の本店がある最寄り駅は、ヨドバシカメラが新宿駅、ビックカメラが池袋駅である。そのため池袋駅の山手線ホームの発車メロディーは、ビックカメラのテーマソングとなっている。ビックカメラは池袋駅のある豊島区とパートナーシップ協定を締結しており、この曲が発車メロディーとして使用開始されたのは、24年3月1日からだ。

 山手線の池袋駅は、5番線と6番線が内回り、7番線と8番線が外回りとなっている。うち、普段から山手線の列車が発着しているのはホームドアがある6番線と7番線である。この2線は別々のホームとなる。

 現場で聞いたところ、両ホームとも同じ発車メロディーを使用しているようだ。うまく聞き分けられず、ちょっと違うのかもしれないが……。

 ビックカメラが池袋駅でこうしたPR活動に力を入れるのは、西武百貨店池袋本店がヨドバシホールディングス出資の投資ファンドの傘下になったことが影響していると考えられる。今後、西武百貨店にヨドバシカメラが入る可能性もある。

 ビックカメラとしては、本拠地で負けるわけにはいかないのだろう。池袋駅ホームには、ビックカメラの存在を示すかのように同店のCM曲が流れるのだ。ちなみに、池袋駅での山手線の停車時間は長い。ということは、広告効果も高くなるのだ。

●短い発車メロディーが特徴的な神田駅

 JRの神田駅では、洗口液「モンダミン」の広告があちこちで見られる。同駅では、23年10月2日に「アース製薬本社前」の副駅名を追加した。それゆえ各出口の改札口などにアース製薬の商品名を追加しているのだ。

 神田駅の山手線は、京浜東北線と並行している。京浜東北線の南行と山手線の外回り、山手線の内回りと京浜東北線の北行がそれぞれ同じホームを使用する。

 山手線の外回りと内回りと、異なるホームで「モンダミン」のCM曲が流れる。この曲は非常に短くて、1回鳴らしてもすぐに終わってしまう。番線ごとにアレンジが少し異なる。

 以上のように、山手線の発車メロディーを見ると、特徴のある駅がいくつか存在している。恵比寿、池袋、神田のように企業にちなんだメロディーが今後も増えていくかもしれない。

(小林拓矢)