これまで紹介してきたように、気候変動に関する情報開示は欧州やアジアのみならずグローバルサウスの国々も含め、世界各地で導入への検討が進んでいます。

 このような世界的なメガトレンドの中で米国も例外ではなく、企業の気候変動への影響やそれらのビジネスへの影響を開示する制度構築が進められています。

 米国の一部では反ESG関連の記事などが時折見られるものの、気候変動開示の義務化は国家レベル(SEC)だけでなく、州レベルでも進んでいます。カリフォルニア州ではすでに採択済み、ニューヨーク州もカリフォルニア州SB253、261と同様の法案を議会で審議中です。

 本稿では、米国証券取引委員会(SEC)の気候変動開示規制(米国時間2024年3月6日に確定)と、カリフォルニア州の気候変動開示に関する新規制の概要や日本企業への影響を紹介します。

 SECの気候変動規制の影響を受ける企業は、米国内の上場企業5000社以上になります。ただ、日本企業も例外ではありません。内容を理解し、適切に対応できるように準備しましょう。

●5000社超に影響 日本企業も他人事ではない

 SECの気候変動規制では、気候変動に関する定性的な情報は企業の年次報告書(Form 10-Kまたは20-F)の必須項目となる予定です。すなわち、米国で上場している企業であれば、外国企業も含めて、気候情報の開示が必要になるということです。

 GHG排出量については、マテリアルな情報であれば大規模早期提出会社(Large Accelerated Filers: LAFs)と特定の早期提出会社(Accelerated Filers: Afs)に開示が義務付けられています。

 カリフォルニア州の規制についても、カリフォルニア州で事業を営む大規模な米国企業は、上場非上場を問わず規制に従うことが求められています。「大規模な企業」の定義は2つの規制で異なっており、以下の通りです。

・SB253の場合:年間売上高10億米ドル以上

・SB261の場合:年間売上高5億米ドル以上

 なお、同州法はカリフォルニア州内の企業のみならず、同州で事業活動を行う米国内で事業者として登録されている全ての企業が対象(5000社超)となる点に留意が必要です。親会社が米国外であっても関連企業が上記の条件を満たす場合には、規制の対象となります。

 両規制は数千を超える米国内企業に影響を与えることとなり、これらへの対応として日本企業にも影響があると考えられます。

●企業が順守すべきこと

 SECの気候変動規制とカリフォルニア州の気候変動規制は、細かな違いはあるものの概ね一致しています。そのため、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の基準への対応で要求の多くを満たすことができます。

 SECの開示規制は、TCFD提言に基づく4つの柱、すなわち「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」を参照し構成されています。「指標」の項目では、GHGプロトコルに基づくスコープ1、2の排出量がマテリアルであれば、開示義務として含まれることになります(対象はLAFsやAFsに該当する大企業)。

 なお、GHGプロトコルに基づく報告対象企業の設定も可能としており、この柔軟性がGHG排出量の情報に関する国際的な統一性の担保の上では重要な点となっています。SEC規制には、スコープ1、2排出量の第三者保証の取得も要求事項として含まれており、まずは「限定的保証」から始まり、大企業(LAFs)はやがて「合理的保証」の取得が求められます。排出量開示のタイミングは、10-K(=財務報告)提出後の2四半期となります。

 SECの規制がその他の開示規制と比べてユニークな点は、台風などの自然災害、カーボンオフセット、その他気候要因が財務に与える影響を財務報告の脚注で定量的に報告しなければならない点です(企業の移行計画においてマテリアルまたは影響が一定の閾値<合計で粗利または損失の1%以上>を超える場合)

 例えば、悪天候や自然災害に関連する財務情報(対応に伴う費用、損失など)、目標の達成に向けて購入したカーボンクレジットや再エネ証書にかかるコストなどが含まれます。また、財務報告部分への記載であるため、これらの内容は監査の対象となります。ISSB基準においても気候変動のリスクにかかる影響評価において同様の開示要求はあるものの、SEC規制ではより具体的な記載となっています。

 一方、カリフォルニア州では、気候情報開示に関する2つの規制、すなわち「気候企業データ説明責任法」(The Climate Corporate Data Accountability Act、SB253)と「気候関連金融リスク法」(The Climate-Related Financial Risk Act、SB261)が採択されました。

 SB253は、カリフォルニア州で事業を行う米国を拠点とする上場・非上場大企業に対し、ISSBや欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)が要求しているように、スコープ3を含む温室効果ガス排出量をGHGプロトコルに従って年次開示することを求めています。なお、ISSB基準に基づく排出量報告の結果は、同法への対応に向けた基礎として使用することができます。

 また、スコープ1、2の排出量については、限定的な第三者保証を得る必要があり、最終的には合理的な第三者保証の取得が求められます。スコープ3の報告については、限定的保証の取得が求められます。

 SB261では、大企業は気候変動に関連する財務リスク報告書を2年ごとに作成・提出し、気候変動に関連する財務リスクとそのリスクの軽減に向けた対策を公表しなければならないとしています。これらはTCFDの提言に基づく開示を求めており、SB253と同様にISSB基準に準拠した報告内容を活用したSB261への報告も可能としています。

●開示の開始時期

 SECの規制では、気候変動リスクの開示を開始する大企業は、25年のデータを基に26年から報告を開始します。これはカリフォルニア州のSB253におけるスコープ1、2の排出量報告の開始時期と同様であり、加えて同法では27年からスコープ3の排出量報告が義務付けられます。一方SEC規制の場合、GHG排出量の報告は26年のデータを用いて27年から開始されることとなります。

 第三者保証について、SB253ではスコープ1、2に対して26年から限定的保証を開始し、30年までに徐々に合理的保証に移行します。スコープ3については、保証要件は30年からの限定的保証のままとなります。SEC規制の場合、限定的保証は29年から、合理的保証は33年からとなる予定です。

 以下にSECとカリフォルニア州法の内容をまとめました。

●米国規制の日本企業への影響

 米国における規制は、直接的または間接的に日本企業に影響を与えます。SEC規制の場合、米国市場に上場している日本企業は直接的な影響を受けることとなりますが、スコープ3の排出量報告は対象外のため、日本企業への間接的な影響は限定的であると考えられます。

 他方、カリフォルニア州の両法律の対象となる企業と取引をしている日本企業に対して、間接的影響が大きくあります。

 例えば、SB253に基づいてスコープ3の排出量と目標を報告する必要がある企業は、削減目標を達成するために精度の高い排出量データを求めてサプライヤーに働きかけることが想定され、実際アマゾン社などはすでにそのような対応を求めています。

 さらに、SB261の対象となる取引先を持つ日本企業が、同法の対象企業の事業にとって重要な存在である場合、気候関連リスクへのレジリエンスを問われる可能性があります。例えば、日本企業の納品物が同法対象企業の製造に不可欠な場合、納品物の生産拠点の気候リスクが問われることとなるのです(SEC規制についても、この点については同様の影響があることが想定されます)。そして、米国に関連企業を有する日本企業は、カリフォルニア州の2法律に基づく情報開示義務を負う可能性があります。

●日本企業はどう備えるべきか

 開示要件は地域によって異なるものの、基本的な要素は実はほぼ同じです。GHGプロトコルに基づく排出量報告、気候変動に関連するリスク管理、企業がそれらのリスクにどのように取り組むかについての戦略などです。

 これら全ての側面は、ISSB基準に従うことでカバーすることが可能であり、日本でもこれらの有価証券報告書での記載を前提とした検討が進められています。さらに、カリフォルニア州法はISSB基準に基づく報告結果を利用することを認めており、企業の開示準備にかかる労力を軽減することができます。

 このように、日本企業はISSB基準に基づく報告を開始することで、米国気候変動開示規制の影響を管理するための準備を整えることが可能となります。

(エミリー ピアス、高野 惇、クリスティーナ ワイアット)