東京・原宿の神宮前交差点に4月17日、新商業施設「東急プラザ原宿『ハラカド』」がオープンした。表参道と明治通りが交わる交差点の原宿側にあり、対角線上には、先行して2012年にオープンした「東急プラザ表参道原宿」があり、人気となっていた。ハラカドのオープンをきっかけに、東急プラザ表参道原宿は「オモカド」に改名。両施設を運営する東急不動産は、ハラカドと連携した営業を行っていくという。

 ハラカドのテーマは「新たな文化発信拠点」となること。現在のオモカドが建つ地には、かつて「原宿セントラルアパート」があり、1960〜70年代には、多くの新進カメラマン、デザイナー、イラストレーター、コピーライターなどのクリエイターが事務所を構え、一種の文化人サロンとなっていた。クリエイターたちを呼び戻し、創造的だった原宿の活気を取り戻すのが、ハラカドの狙いとなっている。

 外装は、建築家・平田晃久氏が「KNIT DESIGN(まちを編む)」をテーマに、古と新、内と外がニットのように絡み合い共存する姿を表現。表参道のケヤキ並木と、洗練された街並みと融合させた。ガラスファサードは、シャープなデザイン性に加えて、環境に配慮した熱負荷低減に効果がある素材を用いている。

 東急グループは渋谷の再開発で、2000年前後に「ビットバレー」と呼ばれた渋谷の活気を取り戻すことをテーマとして、ITを中心としたビジネス拠点となるべく、オフィス面積の拡大を目指した。再開発前の渋谷には、オフィスビルが不足していた。そのため、渋谷で起業したIT企業が事業を拡大する際、渋谷に事務所を構えたままでは手狭になり、東京の他の地域に移転せざるを得ない状況があった。東京五輪を契機として、渋谷は100年に一度の大規模な再開発を行った。この再開発により、移転していったIT企業を呼び戻すための大がかりな環境整備を実施した。そうした取り組みの成果が現れ始めている。

 そこで今度は、原宿の文化創造のパワーを取り戻すべくハラカドをオープンした。原宿は現在でも若者でにぎわっているが、かつて原宿で発祥した個性的なファッションと異なり、最近では流行に追従したファストファッションばかりが目立つ。原宿が没個性化しているのが現状だ。そうした原宿の地位低下を食い止め、地域のブランド力を高めることができるのか。施設の内容を、チェックしてみたい。

●テナントは余裕を持った配置 「ファッションビル」とはちょっと違う

 ハラカドに足を運んでまず感じたのは、従来の商業施設のように、ギッシリとテナントが入っていないこと。地下1階から7階まで75店が入っているが、たくさんの店が所狭しと営業している感じはない。そのため、ショッピングを目的に「どんな流行りのブランドが入っているのだろうか」と期待して来た人には、物足りなく映るかもしれない。

 しかし、近年の商業施設は、アパレル主体のファッションビルでは維持できなくなっている。渋谷の「パルコ」でも、2019年のリニューアルオープン後は、飲食街やゲーム・アニメなどのサブカルチャーの店に、大きなスペースを用意している。

●緑が豊かなフロアが充実

 緑化した屋上広場や立体街路も特徴の一つだ。ハラカドではそれをさらに一歩進めて、建物の内部に人々が集える場所、ほっと一息ついて憩える場所、ふと立ち止まって考える場所が多くある。

 特に4階は「ハラッパ」と称し、フロア全体がアートを展示する屋内広場となっている。テナントとして入っているのは、京都の料亭「下鴨茶寮」と東京都墨田区のカフェ「私立珈琲小学校」が共同運営するセルフ式のカフェ「ハラカドカフェ」のみである。屋内にありながら、公園の一角にある休憩所を兼ねたカフェといった趣を醸し出している。

 その他、ハラッパには「太陽の焚火」と称する赤い巨大な球体、空気の微細な動きを可視化したモビールなど、自然をモチーフとしたアーティストたちの作品が並んでいる。緑と空間の演出は、園芸家でありDAISHIZEN社長の齊藤太一氏が担当。アートは「THE Chain Museum」のCEOである、遠山正道氏が統括している。

 4階を見て、テナントが1つしか入ってないので「まだ何か作っている途中なのではないか」と、未完成の状態に思ってしまう人もいるようだ。商業施設は物販テナントで満たされていなければならないといった固定観念を持っている人には、ハラカドは楽しめないかもしれない。

 7階の庭園化した屋上テラスも、テナントはイベントスペースの「POP UP SPACE」のみ。この屋上テラスからは、神宮前交差点を挟んだ斜め前のオモカドのメインエントランス上部にあるサイネージ「オモカドビジョン」を視聴できる。両施設を結んだイベントも可能だ。4月18〜21日には、バカルディ ジャパンがウイスキー「デュワーズ」のプレミアムイベントを開催。ARを駆使し、会場内でQRコードをスマホで読み取ってオモカドの方向に向けると、画面上に幻の「デュワーズ橋」が出現する仕掛けがあった。

●人気の銭湯「小杉湯」が出店

 ハラカドの全テナント中、最もユニークといえるのは、地下1階にある銭湯「小杉湯原宿」だろう。東京・高円寺にある小杉湯は、戦前の1933年に創業した老舗の銭湯で、建物は国登録有形文化財に登録されている。

 3代目の平松祐介氏は、ベンチャー企業の経営などを経て2019年に家業を継ぎ、銭湯から街作り、モノ作り、コト作りを発信する「銭湯ぐらし」のプロジェクトを立ち上げた。隣接地には、会員制シェアスペース「小杉湯となり」をオープンするなど、近年における銭湯復活の流れの中心人物の1人となっている。

 小杉湯原宿の広さは高円寺とほぼ同じで、高円寺と同様に「ミルク風呂」を用意。熱湯と水風呂を交互に入る「温冷交互浴」を楽しめるようにした。サウナは設置していない。利用料金は通常の銭湯と同じ、520円(大人)。ただし、5月12日までのプレオープンでは渋谷区神宮前1〜6丁目の住民または勤務者のみに開放している。

 小杉湯原宿では、原宿の地に銭湯を復活させるだけでなく、銭湯を利用しない人でも自由に入れる、銭湯前の「チカイチ」と称するスペースで、美容家電のお試し、生ビールの提供を行う。畳などの休憩スペースを広く取り、人々が休憩できるだけでなく、イベントも開催する。

●飲食フロアの工夫とは?

 5〜6階は「原宿のまちの食堂」をテーマとした飲食フロアだ。両階ともに緑豊かなテラス席を有し、7階の屋上テラスを含めて約860坪に23店が集積している。5階は横丁のような雰囲気で店が軒を連ねるレストラン街だ。原宿では少なかった、日常的に通いたくなる店を意図的に集めている。

 かつて、銭湯の前には、湯上がりに1杯飲める屋台や居酒屋があったものだが、地下1階の銭湯と連動させた飲食店のあり方を提案するものとして、面白いのが「居酒屋スタンド ジャンプ」だ。東京・代々木上原にある1978年創業の老舗居酒屋「ジャンプ」が母体で、安価なセットも提供している。

 地元で1966年から営業しており、ランチ時は行列になる町中華「紫金飯店」も出店しており、名物の「玉子炒飯」などを提供する。その他に、人気ラーメンチェーンの「一風堂」、回転寿司の「まぐろ問屋恵み」など、若干高めではあるが、銭湯帰りに寄ってみたくなるような店がいくつもある。

 韓国・ソウルで人気のフライドチキン「カンブチキン」が、日本1号店を出店したのも話題となった。吉祥寺の「ハモニカ横丁」を人気エリアにした、ビデオインフォメーションセンターが、建築家・隈研吾氏による奇抜なデザインで、ローストチキンと焼鳥のスタンディングバル「トーキングゴリラ」を出店するなど、お洒落なストリートフードに振った店も多い。

●6階はフードコート

 6階は、世界の食が味わえるフードコートになっている。スパイスカレー「ビートイート」、イタリアンジェラート「ジョリッティ」、ミニ丼と定食「ABCキャンティーン」など、外国人観光客も含めて、幅広く対応できるラインアップがそろっている。

●3階はクリエイターが活躍するバラエティ豊かなスペース

 3階は、1フロアでクリエイターたちの共創・発信の場、クリエーターズプラットフォームを称している。軸となるのは、100席を有するクリエイターのための会員制カフェラウンジ「BABY THE COFFEE BREW CLUB」。コーヒーラウンジ・ミニシアター・バー・ポップアップショップ・ギャラリーからなる。月額2万5000円を払うと利用でき、イベントの開催や商品の販売が可能だ。

 コーヒーラウンジやバーがあるのは、クリエイターが集まるたまり場、サロンをつくるのが目的。オンライン上で効率的にコミュニケーションが取れる今の時代でも、偶発的な出会いの中にこそ、アイデアが潜んでいるのではないかといった考えが背景にある。

 ミニシアターは、20席のソファーにアンティークスピーカー、ミラーボールを設置。映画を上映するだけでなく、セミナー、ファッションショーなども実施できる。ギャラリーも、画廊としてはもちろん、展示会、セミナールームなどにも活用できる。

 3階には、2011年に創業したグラフィックデザインの会社「れもんらいふ」のオフィスもある。同社によると、商業施設内で営業するデザイン事務所は国内初だという。なお、れもんらいふの千原徹也代表は、ハラカドのロゴ作成者である。

 同じく3階の「J-WAVE アートサイド キャスト」は、FMラジオ局・J-WAVEが手掛ける新タイプのスタジオだ。ポッドキャストスタジオとしてコンテンツを制作、収録できるだけでなく、アートギャラリーを併設した。

 「スタジオスーパーチーズ」は、昼は写真スタジオとして営業し、夜は角打ち酒場となる珍しい業態だ。缶詰を酒の肴に、人々の交流の場となる、新しい発想のスタジオになっている。

●ファッションと雑誌、アダルトグッズが混在するカオス

 G階、1階、2階にも、個性的なハラカドらしいテナントが目立つ。

 2階には、出版取次最大手の日本出版販売と、その子会社の「ひらく」が、雑誌図書館の「COVER」を出店。出版社からの提供と一般からの寄贈で集まった、3000冊を超える雑誌のライブラリーで、街の雑誌図書館を構築した。昨今は惜しまれつつ休刊する雑誌も多い。その中で、Webとは異なる雑誌の持つクリエイティブな魅力をあらためて伝える施設となっている。雑誌の特集と連動した、さまざまなイベントも行うことで、新しい情報発信基地を目指している。

 同フロアにモンブランを名物とする「アンジェリーナ」が、日本再進出を果たしたのも大きなニュースだ。モンブランを求めて、行列ができる人気となっている。アンジェリーナは世界10カ国に27店を展開。日本にも1984年に銀座で店舗をオープンしたが2016年に閉店していた。

 アダルトグッズ「TENGA」の旗艦店「TENGA LAND」があるシュールさも、ハラカドの特異性だろう。“愛と自由のワンダーランド”がテーマで、同店限定のアイテムを買えたり、無料で遊べるゲームがあったりと、エンタメ性を担うテナントになっている。また、1年限定で大手アパレルのアダストリアによるショップも出店している。ファッション色が強いフロアかと思いきや、雑誌図書館、パリ発のモンブランが売りの店、さらにTENGAが混在する空間は、ハラカドならではといえるだろう。

 1階では、カンロ飴でお馴染みのカンロが、直営店「ヒトツブカンロ」の2号店を出店。東京駅「グランスタ東京」の1号店で、SNS映えする商品として人気の「グミッツェル」などを販売している。新進酒造メーカー・RiceWineの日本酒ブランド「HINEMOS」直営店の2号店も1階に出店。午後6時から午前5時まで「ROKUJI」「SHICHIJI」「HACHIJI」と、時間をテーマに12種類のタイプの違った酒を販売する。

 G階には、東京・恵比寿のデザイナーや現代美術家が集う会員制バー「カスバ」に集う人々がコラボレーションした、アパレルブランド「CORNER SHOP by CASBA」があり、Tシャツ、マグカップなどを販売している。

●聖地にするには住環境の整備も重要

 以上、ざっとハラカドの概要を見てきたが、銭湯やデザイン事務所が入居するなど、原宿をかつてのような、文化発信の場所に再活性化しようという意欲が見える。利用者にはリピーターとなってもらい、これからの原宿の変化を見届けてもらいたいと企図しているようだ。

 フードコートには酒のそろったドリンクスタンドもあって、居酒屋的なポジションを志向している。風呂や酒の力も借りて、常識的な発想を打ち破れないか。クリエイターと住民、観光客の壁もなくして、集う者みんなで、創造的なことができないか。そういう願いがこもったユニークな商業施設でもある。

 ただし、DCブランドが勃興してきたころの原宿は、まだ街が閑散としていて家賃も安かった。売れる前の収入が低い若手のクリエイターでも、原宿で暮らせたのだ。比較的物価の安い高円寺なら今も暮らせるから銭湯が存続できるが、今の原宿は既に売れてリッチになった人しか住めない。だから家賃がまだ安い、墨田区、江東区、東急世田谷線沿線などに若者は行ってしまうのだ。

 ケロリンの桶を持って、神宮前交差点を渡り、銭湯に通う人は想像しにくい。原宿をクリエイティブの聖地にするには、クリエイターの卵たちが住めるような住環境の整備が求められる。ぜひこの点も、東急不動産に期待したい。

(長浜淳之介)