スタートアップにとっての悩みの種、資金調達。いわゆる“SaaSバブル”が崩れて以降、資金調達難に陥る企業も多く見られる。一方、政府が「スタートアップ5カ年計画」としてスタートアップの支援を掲げるなど、状況は大きく動いている。

 資金集めが難しい局面では、当然それだけベンチャーキャピタル(VC)や銀行、投資家とのコミュニケーションの重要性も上がる。しかし、VCや投資家の考え方は広く共有されているものではなく、情報を集めにくい。

 そこで、本連載ではVCなどスタートアップ投資に携わる人たちに、出資に当たっての考え方などをインタビュー。事業領域、指標、人柄……どんな部分に注目しているか聞く。

 今回は、VTuberグループ「ぶいすぽっ!」の運営などを手掛けるBrave groupや、退職者コミュニティーの管理SaaSを手掛けるハッカズークなどに投資する、マネーフォワードグループのVC「HIRAC FUND」に取材。同ファンドの甚野広行ディレクターに、投資に当たっての考え方を聞いた。

●「IT」「伝統的産業×Tech」「新領域」に注目

 HIRAC FUNDはマネーフォワードグループが運営するVCだが、いわゆるオープンイノベーションを目的としたコーポレートベンチャーキャピタルではない。マネーフォワードグループとの事業シナジーは見ておらず、投資収益を目的としているという。

 2020年に設立した1号ファンドは約30億5000万円でクローズ。22年11月に設立した2号ファンドは90億8000万円でクローズした。主な投資対象は国内スタートアップが中心で、シード・アーリーステージの企業が対象。ただし、優良な場合はミドル・レイターに投資するケースもあるという。

 1社あたりの投資上限は3億円程度。テック系の投資先リストは以下の通りだ。

 HIRAC FUNDの資料によれば、投資領域は「ペイメント、コマースなどのIT」「伝統的産業×Tech」「Web3、SaaS、AIなどの新領域」。甚野さんも「マネーフォワードはSaaS×フィンテックの会社なので、この領域は見つつも、エンターテインメントや伝統的産業をイノベーションするところも調べている」と話す。HIRAC FUNDは、どういった基準でこれらの企業に投資しているのか。

●創業者に求められる「熱量」 HIRAC FUNDインタビュー

──まずはざっくりと、投資先選定において重視している点を教えてください

甚野さん(以下敬称略):一般的な部分だと、ヒト(経営陣)、市場、プロダクトを見ることが多いです。まずヒトの部分は、経営者がわれわれやファンに応援してもらえる人かどうかを見ています。人間的な魅力にあふれ、人を惹きつける方は、われわれとしても応援したくなります。

 市場はステージにもよりますが、既存市場の場合はどれくらいのマーケットシェアが取れるのかなどの試算はもちろんしています。ただ、VCにはこれまでになかった市場を作っていく役割もあるので、既存の市場がないからといって検討をやめることはないようにしています。

 プロダクトの面で言えば、われわれはアーリーへの投資が多いので、すでにプロダクトがある程度出来上がっていて、何らかの財務指標・KPIがすでに出ているタイミングで投資をすることが多いですね。

──それぞれ、順番に詳しくお聞かせください。まずはヒトの面について。創業者を見るときのポイントを教えてください

甚野:個人的には熱量を気にしています。取り組んでいる業界や領域や業界が好きで、顧客とも時間をかけてリレーションを構築していて、応援してもらえる人を増やしていく──といった人の方が、われわれとしてもご一緒するイメージが持ちやすいです。

──熱量を確認する方法は

甚野:われわれも素人ながら勉強をしているので、その業界に関する質問の中で感じるところもあります。場合によっては専門家の方をお呼びして、実際に(経営者の考え方が)どうなのか判断するケースもあります。

──創業者含む経営陣を見るときはいかがでしょうか

甚野:チームとしてのバランス感を見ることが多いです。CXOの採用は難易度が高いので、すでにそのレイヤーでのチームビルディングができているかは重視しています。

──それ以外に組織で見る点は

甚野:経営陣と話しつつも、場合によっては、経営陣から一つ下、部長クラスの方にヒアリングする場合もあります。経営陣の言うカルチャーに沿った人が入っているかどうか、カルチャーが浸透しているかどうかを確認しています。

競合の有無、投資に影響は

──市場について質問です。競合がいる場合の考え方を教えてください

甚野:先行者がいるからといって、投資をしないわけではありません。メルカリや米Googleだって後発です。私が担当しているBrave groupも、VTuberビジネスではANYCOLORやカバーが先行ですし、これらの企業だってそもそも後発でした。それぞれの市場を見ながら判断しています。

─具体的にはどのように

甚野:例えばYouTuberビジネスでいえば、アイドルやそのライブが見たい需要があれば、バラエティーを見たい需要もあり、それぞれ伸びる余地があります。一方で、ニッチなバーティカル(業種・職種に特化した)SaaSなどだと話は少し変わります。

 ある領域にトップがすでにいる場合、そこが成長し、M&Aを重ねていく形が多いです。こういった領域で強力な先行者がいるとなかなか難しいかなと思います。

確認する数値指標は? Brave groupの例

──プロダクトについては、具体的にどんな数値指標を見るのでしょうか

甚野:先に例示したBrave group(ぶいすぽっ!)の場合、最初に確認したのは所属タレントのYouTubeチャンネル登録者数でした。ただ、直近の勢いを示すのは平均同時視聴数です。実際に動画やライブ配信などを100時間くらい視聴し、計測していました。

 また、定性的な部分も見ています。Brave groupの場合だと、いわゆる“コラボ配信”の相手も確認しました。同社の場合、顔出しをしているゲーム系配信者とのコラボが他社より圧倒的に多かったんですね。eスポーツとのコラボレーションが非常に強かったんです。

 その結果、これまでゲーム系配信者だけを見ていた人が、VTuberの配信も見るようになっていた。VTuber後発への投資ということでさまざまな話し合いがあったのですが、そのように国内の市場を拡大している点が好印象でした。

──事業のリスクはどのように評価するのでしょうか。例えば先ほど例に出たVTuberビジネスは、先駆者であるANYCOLORが、海外での炎上により大きく株価を落としましたが

甚野:VTuberが水物であるのは理解していますが、一方で堅調に成長する市場だと考えています。現状、VTuberは国内市場が堅調に推移する一方で、海外事業の成否が時価総額に大きく影響します。ANYCOLORが株価を下げた背景も、グローバル展開におけるマネジメントのぐらつきが原因だったと考えています。

 一方でカバーは海外事業を伸ばしていますし、北米発のVTuberも出てきています。個人的には競争が激しくなりつつも、引き続き伸びていくと考えています。 

──HIRAC FUNDの投資領域には「伝統的産業×Tech」がありました。先ほどお話しいただいたエンターテインメント分野などとはやや毛色が異なりますが、ここをターゲットとしている意図を教えてください

甚野:人事労務など、分かりやすくDXできる領域はやり尽くされている感があります。一方で、例えば町工場など、市場としては大きいがDXが進んでこなかった領域もまだ残っています。そこを引き続き狙っていきたい考えです。

“ここ、投資したくない”と思う理由は

──逆に、投資に後ろ向きになる要素があれば教えてください

甚野:起業家と投資家の相性は大事です。例えばシードの企業と何年間もご一緒するとして、その間毎月顔を突き合わせることになります。そうなると「この人と長くやっていきたい」とお互い思えるかどうかが実は重要です。逆に言えば、事業が伸びていたとしても、相性が良くないなと感じたときは早めにお伝えすることもあります。

 また、ファンドとして投資するうえで、ポートフォリオのバランスも見ているので、投資領域が重ならないようにしています。

──いわゆる“SaaSバブルの崩壊”や生成AIの勃興など、現状はスタートアップ業界が大きく動いているところだと思います。一連の動向について、何か思うところがあれば教えてください

甚野:2024年は日経平均も上がっており、スタートアップの冬は終わりが見えている印象です。一方で金利の変化など、日本のスタートアップ業界があまり経験したことのない不確実性に直面する年になるかもしれないと思っています。

 また、デット(融資)の盛り上がりをエクイティ(株式)以上に感じています。デットファンドの立ち上げをよく見かけるようになりました。24年、25年にかけてスタートアップによるデットファイナンス活用の幅が広がっていくのかなと思います。