物事の本質とは何か?

 本質のみの作品とはどんなものか。その答えを知るには、《空間の鳥》を見るといい。

ブランクーシは考えた。鳥の本質とは何だろうか。それは「空を飛ぶ」ことだ。では「空を飛ぶ」という特性だけを表現するにはどうすればいいのだろうか。試行錯誤を重ねた結果、そこには頭も翼もない、上空を目がけて果てしなく上昇していく美しい流線型だけが残された。

 この《空間の鳥》には、本質の意味を考えさせられるエピソードがある。《空間の鳥》を1920年代にアメリカで展示するために輸送した際、税関で美術品とみなされず、工業製品と扱われ多額の関税を課せられてしまった。物事の本質のみを抽出すれば、結果として工具に近づくのかもしれない。「釘を打つ」ことの本質を極めれば槌になる。「空を飛ぶ」を突き詰めれば流線形になる。《空間の鳥》は税関の職員が想像できないほど、本質に近づいていたのであろう。

《若い男のトルソ》も興味深い作品。トルソとは胴体部分のみの彫像で、衣料品店などで販売用のアイテムを着せてディスプレイするための道具として用いられている。ブランクーシのトルソは、胴体と太ももを三つの円筒の組み合わせのみで表現。写実性はないが、そのぶん人体からほとばしる若々しさや力強さがよりダイレクトに伝わってくる。

 こうした作品により、ロダン以後の彫刻の新たな表現世界を切り開いたブランクーシ。20世紀彫刻の先駆者となり、若い彫刻家たちに大きな影響を与えた。

イサム・ノグチへの教え

 ブランクーシは生涯に15人の助手を雇ったといわれているが、そのうち14人はルーマニア人。残りの1人は、日系アメリカ人のイサム・ノグチだった。英語ができないブランクーシと、フランス語ができないノグチ。言葉が通じない2人は目でコミュニケーションを取り合ったという。

 本展では「魚」をテーマにした2人の作品が展示されている。ブランクーシ《魚》とイサム・ノグチ《魚の顔№2》。ノグチの作品はブランクーシの死後、ノグチが80歳を目前に控えた1983年に制作されたもの。だが、そこには師から受け継いだ直彫りと本質を探る精神が確実に宿っている。

(川岸 徹)