はじめに

 大リーグで大活躍の大谷翔平選手の元通訳・水原一平氏の賭博に関する報道で、次々と、その手口や経緯が明るみになってきました。大谷選手の口座からの送金額が、当初は約6億円といわれていました(3月のニュース報道)が、実際には24.5億円と判明、賭けの負債額も62億円と判明しました。また、水原氏については、これまで発言が二転三転し、さらに学歴詐称の疑いなどもかけられています。このようなことから、「依存症者=嘘(ウソ)つき」というイメージをお持ちになった方も多いのではないでしょうか。本当に依存症者はウソつきなのでしょうか。

 結論を述べれば、依存症者はウソをつくことが多いです。私は元アルコール依存症者です。昔、酒に飲まれていたころは、「酒をやめる」と言いつつ、なかなかやめることができませんでした。また、家族に隠れて酒を飲んだことがバレた場面、とっさに出る言葉は「飲んでない」でした。これらは、まさにウソをついていると言えますよね。つまり、依存症であり続けるためには、ウソをつく必要があるともいえます。ギャンブルにはまる人たちも、他の依存症も似たり寄ったりではないでしょうか。

 そして、このウソは明らかにウソとわかるものが多いです。従って、誰もがわかるようなウソをつきはじめたら、その人は依存症かもしれません。このように考えることができたら、早期発見も可能ではないでしょうか?早期発見が難しいことは後述します。

 ウソをつくことは、もちろん良くないことです。法律に違反した場合、キチンと罪を償う必要があります。また、周囲の人を巻き込み傷つけた場合、信頼関係を修復する必要もあります。昔、私がアルコールに溺れていたときは「酒さえやめればいいんだ」と口にしていました。しかし、実際にはそんな簡単なことではありません。やめてからの方が、道のりは長いです。

私は断酒して25年経ちます。これはウソではありません。今振り返ると依存症だったころは、自分自身に対しても、ウソをつく生き方をしていました。それが嫌で現実を直視しなかったのでしょう。この記事が、依存症に悩むご本人やそのご家族の方々への、参考になれば幸いです。

「自分は依存症ではない」と思い込む

依存症は「否認の病」

 依存症は「否認の病」と言われます。たとえ医師から依存症と診断を受けたとしても、「自分は違うと否認し、ただのギャンブル好きなだけだ」と、自分自身に言い聞かせようとします。また、依存症に陥ってしまうと、ギャンブルならギャンブル。薬物なら薬物、などのように、依存する対象しか目に入らなくなります。これは、かなり視野が狭い状態です。その結果、周囲から見れば簡単に見抜けるようなウソであっても、本人は「バレていないはず」と思い込むところがあります。ウソには、次の3つのタイプがあります。

・防御のためのウソ:自分を守るためや友人・家族を守るためのウソ。依存症者の場合、家族ではなく、ほぼ自分自身の保身のためといえます。例えば、内緒でギャンブルをしていたことがバレた場合、「やってない」と言い張ります。

・大きく見せるためのウソ:見栄を張るためのウソ。ギャンブル依存であれば、お金が無いにもかかわらず、返済できるとか、スポンサーが付いているなどのウソをつきます。

・だますためのウソ:陥れるためのウソ。お金を借りる目的がギャンブルの掛け金にもかかわらず、事業の融資などのようにウソをつくこと。場合によっては犯罪にも発展します。

「否認の病」とお伝えしました。「自分は依存症ではない」という思考そのものがウソになります。そして、具体的には、自分を防御するため、大きく見せるため、周囲や自分自身をだますために、ウソを重ねることになります。

 依存症者は自分自身にもウソをつきます。例えば、ギャンブル依存であれば、「次に勝てば借金は無くなる。だから、俺には負債はない」と考えるのだとしたら?また、アルコールであれば、明日が入院日とわかっていながら、「これが最後の一本」と言って飲みたがります。入院するのだから、「今日からもう飲まない」と決心すれば良いのですが、これがなかなかできません。

 依存症に陥ると、どこか自分や周囲に対して、だましながら生きるようになります。ただし、ウソやだますのは性格や人格に問題があるからではありません。あくまでも病気がそのような言動を取らせます。従って、病気から回復すると、これらの誤った考え方や言動から解放されます。

図1:《ギャンブル依存症とギャンブル好きの見分け方》

もしかして依存症?ただのギャンブル好きとの違いは?

 図1をご覧ください。これは、ギャンブル好きとギャンブル依存症の違いを表したものです(参照:NHK「今日の健康・ギャンブル依存症」より」ギャンブル依存症 克服する方法は?家族が注意することは? | NHK 健康チャンネル)

 以前の記事(『大谷選手の元通訳の告白で注目【ギャンブル依存症の回復方法】単なる”ギャンブル好き”との違いは?心理カウンセラー解説』)で、依存症の特徴として、次の2点を挙げました。

(a)日常生活に支障が生じること
(b)のめり込むかどうか(自分ではコントロールできない状態)

 まさに、依存症になってしまうと、
・我慢ができなくなり、止まらなくなります(のめり込む状態)
・ギャンブルが生活の中心になります(日常生活に支障が生じます)
・勝つまで、借金を繰り返します(のめり込む状態)

 本来ならば、依存症になる手前で本人も周囲も気づけば良いのですが、発覚しないよう、さまざまなことを隠そうとして、ウソをつきます。。これらも全部含めての 「否認の病」です。そのため、本人が病気と自覚することも遅れます。結果的に、早期発見が難しくなってしまいます。なお、発見が遅い分、金銭的に見た場合、ギャンブル依存は抱える負債額が、他の依存症と較べて桁違いに大きくなります。

 これは今回の水原氏のケースを見てもわかります。ただし、依存症は脳にもダメージを与えます。このダメージの度合いが大きいのは、薬物やアルコールへの依存です。

依存症者に対して家族ができること

 依存症は早期発見が難しいとお伝えしました。では、家族は何もできないのでしょうか?もし、何もしなければ、結果的にお互いの破滅を招きます。どのような依存症にも、兆候となるサインはあります。例えばギャンブルであれば、

・お金の話になると、ソワソワ・イライラする
・好きだったはずのギャンブルの話をしなくなる
・家族の行事に参加せず、無関心になる
・発言や行動が以前よりも暗くなる
・ぐっすりと眠れない

 依存症はうつ病や不眠症などを併発する場合もあります。ここに挙げたものの他にも、普段とは異なるちょっとした変化を見つけてみてください。なお、ギャンブルにしても酒にしても、最初は楽しむことが目的でスタートします。しかし、依存症になってしま
うと、義務感からの行為となり、苦痛が伴います。「やめたくても、やめられない」状態で、自分の力では抜け出すことができません。そしてこの結果、家族や周囲をも巻き込みます。

 今回、大谷選手も関与しているのではないか、という声などもありました。このように周囲は、不本意ながらも巻き込まれるケースがほとんどです。心理カウンセラーとして、また経験者として、私はご家族や親しいご友人には、次のことを伝えています。

(1)知識を得ること。依存症に対する知識を持ってください。知識が得られると、対処法なども分かり、落ち着くことができます。
(2)自分だけで抱えないこと。依存症は病気です。病気である以上、家族だけで支えるには限界があります。専門機関に相談をするなどして、サポートを受けてください。
これが家族やあなた自身の安堵にもつながります。
(3)仲間とつながること。依存症には本人向けの自助グループの他、家族の方々向けの家族会などもあります。依存症からの回復には長い時間がかかることもあります。そのため、自分の心身を整えるためにも、一緒にいて安心できる仲間とつながってくださ
い。
(4)金銭の肩代わりはしないこと。ギャンブルで生じた借金の肩代わりはしないでください。家族が肩代わりしてしまうと、依存症者がいつまでも自分の課題と向き合うことができなくなってしまいます。なお、負債額が極端に多額の場合、弁護士等にご相談ください。
(5)入院はあくまでも通過点。入院できた場合、「病院が治してくれる」と思う家族の方が多いです。しかし、病院はあくまでもサポートする側です。回復するのは本人です。入院期間は病院によって異なりますが、退院してからの方が、本当は大変です。本人にも病院への継続的な通院と、自助グループへの参加を促してください。
そして、一番肝心なことは、次です。
(6)本人の回復を信じること。何度も裏切られたことと思います。ただそれでも、本人からすれば最後の「蜘蛛の糸」なんです。どうぞ、その糸を切らないでください。ベッタリ寄り添う必要はありません。 「 (依存症者は)自分のことは自分でやる」これが原則です。本人の回復への道のりを、温かく見守ってください。

依存症は再発する恐れを常に抱えている

揺れ動く依存症者

 先日、元薬物依存の田代まさし氏が、「もう薬物はやらないですよね」との問い掛けに「はっきり約束はできないんです」と応えました。この発言に対して、「なぜ、断言しないんだ?」と疑問を持った方もいるかもしれません。依存症は完治のない病気です(完治ではなく寛解といいます)そのため、再発する恐れを常に抱えていま
す。従って、「約束はできない」というのは妥当な発言と考えることができます。

 依存症の方々の回復の過程を見ていると、次の2つの間で揺れ動いているのがよくわかります。

(A)もう大丈夫という、自分を励ます前向きな状態
(B)また再発するのではないか、という不安な状態

 私たちには誰にでも、好不調の波があります。常に好調なわけではありません。これは依存症者も同じです。調子が良いとき、ないしは上り調子のときは(A)の心境になります。もう大丈夫!と思えるんですね。しかし、下り調子のときもあります。その際は(B)です。不安が先に出る状態。依存症というのは、この(B)の状態を嫌い、避けるために何かに依存してしまうのでしょう。従って、依存をやめた後、肝心なのは、(B)の状態をいかに対処するのか、いかに下げ止のか。ここがポイントとなります。

 ご家族の方々にお願いです。本人が「もう大丈夫」と発言するときは調子が良いときです。「また、だまされる?」と疑いの目ではなく、一緒に楽しいひとときを過ごしてください。そして調子が悪いときは「再発するかもしれない」、田代さんのように「約束できない」などの発言をします。ただ、これも本音です。見栄を張ってウソをつくことをやめたからこその発言なんです。それだけ自分のメンタルのバロメーターに意識が向いたということです。どうすれば手を出さずに済むのか、例えば自助グループを勧めるなど、一緒に考えてみてはいかがでしょう。

 依存症からの回復についてお伝えしてみました。甘すぎる、放任すれば良い、という指摘もあります。確かにそうだなと思います。ただ、ギャンブル依存症者は、多額の負債などもあり、希死念慮や自殺企図を抱える率が高いこと、これは忘れないでください。※参照:久里浜医療センター調査:ギャンブル依存と希死念慮・自殺企図についての調査 2021年 document40.pdf (ncasa-japan.jp)

さいごに

 依存症の回復の過程を述べると、次の1〜5の順番になります。

1.自分が依存症と認めること。否認の病と理解すること。ここが第一歩です。

2.自分の現状を直視すること。直視したくないから依存に走り、それを隠そうとウソを重ねます。入院するなどして、落ち着いて自分を見つめることが必要です。

3.家族や友人、そして自助グループとのつながりを持つこと。人間関係が苦手だったため、依存に走る傾向があります。そうであるのならば、人間関係を築くための努力も必要です。そして、そのためには周囲からのサポートも必要です。

4.自分のバロメーターを知ること。上がり調子のときもあれば、下がり調子のときもあります。いかに下げ止めるのか、具体的な方法(依存以外のもの)を幾つか身に着けておくことです。

5.具体的な方法を、自分なりに楽しむこと。依存症者の多くは「べき論」で物事を捉える傾向が強く、楽しむことが苦手です。

1〜5の過程、イメージとしては重たい鎧を、少しずつ脱いでいく感じです。ウソにウソを重ねるから、ガチガチに身構えてしまうのしょう。だったら、不必要なものを脱いでいきましょう。ウソをつかなくても、「あなたはあなた」「そのままで十分にOKです」

「正しい人生を大切に、そして、楽しい人生も大切に」この言葉、よくクライエントさんにお伝えしています。あなたが「心地よい」と「感じることは何ですか?」

 この記事がほんの少しでもお役に立てるのであればうれしいです。

(佐藤城人(さとう・しろと))