コロナ禍では、肺炎で苦しむ人が相次いだ。肺炎というと、感染症が悪化して発症するが、ほかにも原因がある。口に入れたものをのみ下すことに失敗して誤って気管から肺に落ちて発症する誤嚥性肺炎だ。実は、SF作家・山本弘さんの命を奪ったのは、この病気だった。享年68。高齢者に多い傾向があるものの、60代も侮れないという。

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 厚労省の「人口動態統計」によると、2022年に亡くなった人のうち誤嚥性肺炎は、男女とも一般の肺炎に次ぐ6位。死亡数はそれぞれ約3万3000人、約2万2000人だ。がん、心臓病のトップ2の病気に比べると1ケタ落ちるが、決して少なくないことが見て取れる。

 遺族が投稿したSNSによると、山本さんは3月29日午前10時12分、誤嚥性肺炎で息を引き取ったという。注目すべきはその次の文面だ。

「2018年に脳梗塞を発症後、皆様の応援に支えられながら、6年に渡る闘病生活を送った末、穏やかに旅立ちました」

■脳梗塞でろれつが回らず、食べ物をこぼす

 脳梗塞は、脳の血管が詰まり、酸素と栄養が途絶えることで周辺の脳が壊死する病気だ。この病気の末に誤嚥性肺炎を起こしたことになる。脳梗塞と誤嚥性肺炎は、どう結びつくのか。

 医師でジャーナリストの富家孝氏が言う。

「誤嚥性肺炎は、のどの力が衰える高齢者に多くみられます。しかし、病気によってのどが障害されることもあって、その代表が脳梗塞をはじめとする脳卒中です。脳梗塞の症状のうちよくみられるのは、片側のマヒやしびれ、言葉がうまく出ない、ろれつが回らないといったものです。片側というのは手脚だけでなく口も同じ側の動きが障害されるため、たとえば右にマヒが生じると、口の右側から食べ物をこぼすことがあります。ろれつが回らなければ、会話だけでなく、のみ下しも悪くなる。そんな症状の影響から、脳梗塞は誤嚥性肺炎のリスク因子。特に60代など若い人の誤嚥性肺炎は、脳梗塞などの病気でのみ下し機能の低下が関係していることが多いのです」

 6年前に脳梗塞を発症した山本さんは、ネット上に闘病記を公開。その中で4カ月に及ぶ入院の当初は、「歩く、走る、ご飯を食べる、入浴する、といった日常的行為、そのひとつひとつが、他人の介助なしにできなくなってしまう」と不安をつづっている。文字を読んだり、周りの人の話は理解できたりするのに、ろれつが回らず意味不明の言葉を発することのつらさもうかがえる。作家だけに、その精神的ショックは推して知るべし。一時は、自殺も考えたという。

 国内の脳卒中患者を登録して追跡している「日本脳卒中データバンク報告書2023年」によると、脳梗塞を発症した年齢の中央値は、男性75歳で70代前半にピークがあるが、発症者は50代からじわじわと増え始める。脳出血は脳梗塞よりやや若くして発症する傾向で、男性の中央値は69歳。発症者は40代後半から増加し、50代後半になると70代に迫りそうな増加ぶりだ。

 富家氏が指摘するように、誤嚥性肺炎のリスクとなる脳卒中発症のピークは70代でも、50代や60代も無縁ではないことが見て取れる。もちろん、誤嚥性肺炎のリスクは、脳梗塞以外にもある。本来、楽しいはずの食事から悲劇を招かないようにするには、どんなことに気をつければいいか。富家氏に聞いた。

窒息は紙一重。早食いでおかゆも詰まり…

 高齢者がもちを詰まらせて窒息死するニュースは、毎年報じられる。その悲劇も、のみ下す力の低下で食べたものが食道ではなく気管に落ちるのが原因だ。窒息例の中にも誤嚥を防ぐヒントがあるという。

「脳梗塞の人はもちろん、元気な方でも気をつけたいのは早食いしないことです。50代くらいの若い人がのどにものを詰まらせて救急搬送されるのは、丼メシをかき込んだり、弁当を慌てて食べたりする早食いが背景にあります。60代でも『自分はまだまだ大丈夫』という人は同じようにかき込む傾向を残している一方、嚥下力は少しずつ低下。それで、本人としては思いもよらぬときに誤嚥を起こしやすいのです。たとえば、パサついたパンを頬張ると、のどに詰まりやすい。それを解消しようとして、慌てて水やお茶を飲んで流し込もうとすると、誤って気管に落ちることがある。それが詰まって窒息するか、肺に到達して肺炎を起こすかは紙一重です」

 東京消防庁がまとめた「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」では、のどにものを詰まらせる事故も分析。死亡や重篤などのケースをまとめたのが〈表〉だ。なるほど、元気なはずの20〜50代の死亡・重篤例の2位タイはおかゆと肉だ。ツルッと食べられそうなおかゆがのどに詰まるほど大量に口に入れる早食いはマズイ。

「そういう食べ方をしていると、熱さに驚いてむせたときに、一部が気管に落ちやすい。ラーメンやそばなどの麺類、スープ類、鍋なども要注意。よくかんで、ゆっくり食べることです」

 消防庁のデータでは、ステーキを食べた60代が肉を詰まらせて重症化したケースも紹介されている。ステーキを選ぶような表向き元気な人でも、嚥下力が低下している証拠といえる。過信と早食いは要注意だ。

 そこに脳梗塞などの病気で口や舌の動きが悪くなると、なおさらよくない。

「脳梗塞の引き金となる糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病はしっかりと治療して、脳梗塞を予防することが大切です」

■口の中を清潔に。1日3時間以上の会話を

 もうひとつは、口の中の状態だ。

「東日本大震災をはじめとする過去の震災では、交通網が断絶し、水の供給が一時的に途絶えるため、水分摂取が不十分になりやすい。それで口の中が乾燥すると、細菌が繁殖。嚥下機能が衰えた高齢者の場合、細菌が繁殖した唾液を誤嚥することで、誤嚥性肺炎を起こしやすいことが、これまでの震災現場から浮き彫りになったのです。その中には、死亡例もあります。その教訓は、日ごろから口の中を清潔に保つことです」

 食後の歯磨きやフロスでの歯間清掃が重要なのは、虫歯予防とともに誤嚥性肺炎の予防でもあるのだ。万が一、震災などに直面したときは、アルコールを含まないウエットティッシュで口の汚れを拭き取るだけでも効果的だという。

 若い人の誤嚥性肺炎を巡っては、会話の時間が関係するという報告もある。大分大医学部呼吸器・感染症内科学の小宮幸作准教授らのグループは50〜60代の医師310人を対象に嚥下機能を調べるための反復唾液嚥下テストを実施した。その結果、嚥下機能の低さに関連したのは、1日の会話時間が3時間未満のみだった。

 今回の調査で対象を医師に限定したのは、テストを正確に行えるため。実際、テスト結果は一般対象に行われた研究結果より高めで、小宮氏のグループは、これを用いて一般化することはできないとしながらも、会話時間の短さが誤嚥性肺炎の予測因子になるのではないかとしている。

「嚥下機能をキープするには食事のときによくかむことが重要といわれますが、そもそも年を重ねると食事量が少なくなりますから、よくかむだけでは不十分。会話であごの筋肉を刺激することは、それを補うことにつながるのかもしれません」

 確かに一人で食事をするより、家族や仲間と一緒に食卓を囲む方が会話も弾んで楽しく、いつもより多くの量を食べた上、会話による筋肉刺激も重なって、より効果的なことは明らかだ。そんな食事なら、早食い防止にもなるだろう。

 誤嚥性肺炎の予防は、楽しい食卓がキーワードか。