「ファーストにゴールドシュミットがいたり、センターを見ればマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたり、野球をやっていたら誰しも聞いたことがあるような選手たちがいると思う。憧れてしまっては超えられないので、僕らは今日超えるために、トップになるために来たので。今日1日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう」

 2023年の第5回WBC、アメリカ代表との決勝戦の試合前に大谷翔平がチームメイトに話したこの言葉は球史に残るだろう。

ゴールドシュミット、トラウト、ベッツへのリスペクト

 今にして思うのは、大谷翔平自身が、ポール・ゴールドシュミット(カージナルス)、マイク・トラウト(エンゼルス)、ムーキー・ベッツ(ドジャース)という、3人の選手をリスペクトし、彼こそが憧れていた――ということだ。

 ゴールドシュミットは、ダイヤモンドバックス、カージナルスで13シーズンにわたって中軸打者として活躍し、通算341本塁打(以下すべて現地時間4月1日現在)、2022年にはナ・リーグMVPに輝いている。ご存じマイク・トラウトはエンゼルス一筋14年、通算371本塁打、2014年、16年、19年とア・リーグMVPを3度受賞。

 そしてムーキー・ベッツはレッドソックスとドジャースで10シーズン活躍し、256本塁打。2018年にはア・リーグのMVPに輝いている。

 不動の中軸打者として長打を連発したゴールドシュミット、打撃でも走塁でも抜群のパフォーマンスを見せたトラウト、そして軽快な1番打者でありながら貢献度が極めて高いベッツ、この個性の異なる3人に大谷はMLB選手の「理想形」を見たのかもしれない。

ベッツの歴代「攻守における総合指標」が凄まじい

 マイク・トラウトと6年間コンビを組んだ大谷は、今季からベッツとコンビを組む。

 ムーキー・ベッツは身長175cm、82kg。193cm、95kgの大谷と並ぶとその小ささが際立つが、ベッツはすでに「大打者」と言うべき実績を残している。

 今のMLBでは「WAR(Wins Above Replacement)」という指標が、絶対的な評価となっている。打撃、投球、守備のあらゆるスタッツを加味した総合指標だが、ベッツはトラウトと共に「WARの申し子」と言っても良い。

 以下はベッツがレギュラーに定着した2015年以降、データサイト『Baseball Reference』におけるベッツのWARのリーグ順位である。

 総合評価のWARと、打撃だけの評価であるOffensive WAR(oWAR)、守備だけの評価であるDefensive WAR(dWAR)。なおWARは複雑な係数がかかるので、単純にoWAR+dWAR=WARにはならない。

《ボストン・レッドソックス(ア・リーグ)時代》
 2015年 WAR6.1(6位)、oWAR 4.8(9位)、dWAR1.7(5位)
 2016年 WAR9.5(2位)、oWAR 6.4(5位)、dWAR2.7(5位)
 2017年 WAR6.4(8位)、oWAR 3.3(37位)、dWAR2.6(3位)
 2018年 WAR10.7(1位)、oWAR 8.7(2位)、dWAR1.6(10位)※MVP
 2019年 WAR7.3(5位)、oWAR 5.2(8位)、dWAR1.6(11位)

《ロサンゼルス・ドジャース(ナ・リーグ)時代》
 2020年 WAR3.6(1位)、oWAR 2.6(6位)、dWAR0.9(7位)
 2021年 WAR4.0(20位)、oWAR 3.5(27位)、dWAR0.2(108位)
 2022年 WAR6.7(3位)、oWAR 5.1(12位)、dWAR1.2(19位)
 2023年 WAR8.3(1位)、oWAR7.5(2位)、dWAR0.8(28位)

トラウトでも年々守備の評価が下がってきているのに

 シーズン中、各リーグでプレーする選手が800人を超えるなか、ベッツは常にトップクラスを維持している。特筆すべきは、彼が「打撃」だけでなく「守備」でもポイントを稼ぎ「合わせ技」で毎年のようにMVPの有力候補になっていることだ。

 多くの強打者はoWARが大きくプラスでも、dWARは小さな数字、あるいはマイナスのことも多い。マイク・トラウトは若いころは守備範囲が広く、肩が強い外野手で、2012年にWAR10.5(1位)を記録した時は、oWAR8.7(1位)、dWAR2.0(8位)だったが、2019年にWAR7.9(3位)を記録した時は、oWAR8.1(1位)に対してdWAR0.0(459位)と守備の評価が足を引っ張っている。

 しかしベッツは31歳の今も守備での貢献度が高い。しかもベッツは「外野でも内野でも」数字を残しているのだ。

外野でゴールドグラブ6回どころか…二塁と遊撃も

 ベッツのキャリアを簡略的に振り返ってみよう。ベッツは2011年、高校からドラフト5巡目(全体172位)でレッドソックスに入団。ちなみにこの年のドラフト全体1位はゲリット・コール(ヤンキース)、3位はトレバー・バウアー(昨年DeNA、今はFA)だった。

 当時は体も小さく、球界が注目する選手ではなかった。しかしここから各レベルで好成績を挙げて、4年でMLB昇格する。

 入団時は遊撃手だったが、入団後に二塁手に転向、さらに2014年に外野手に転向してメジャーデビューする。以後、ときおり二塁を守ることはあったが、昨年まで中堅、右翼を守って屈指の外野手としてゴールドグラブを6回受賞した。ちなみに左翼は1試合も守ったことがない。

 その外野守備の名手が、昨年4月20日のカブス戦で代打出場すると、メジャー昇格後初めて遊撃のポジションを守り、23日の同じカードでは「1番遊撃」でスタメン出場、この試合ではマーカス・ストローマンから本塁打を打っている。

「外野からショート」へのコンバートは極めてレア

 ドジャースのロバーツ監督は、今季、ベッツを二塁手で起用する予定だったが、正遊撃手のギャビン・ラックスの守備が安定しないため、開幕から「1番遊撃」で出場させた。

 通算256本塁打、9年連続で2ケタ盗塁をマークするなど1番打者として圧倒的な実績を残しながら、守備でもユーティリティ的な活躍ができる。30歳を過ぎて、新たな価値を付加した印象がある。

「内野から外野」にコンバートされて大成した選手は日米ともに数多い。

 NPBで言えば、古くは広瀬叔功、真弓明信、西村徳文、最近でも福留孝介、西川遥輝などの選手が浮かんでくるが「外野から内野」にコンバートされた選手は、巨人、長嶋茂雄監督の元での高田繁と、現役のオリックス、宗佑磨くらいか。

 外野守備の名手だった高田は、長嶋監督に運動神経の良さを買われた。長嶋監督自身の引退後、レギュラーを固定できなかった三塁にコンバートされてダイヤモンドグラブを獲得したのだった。

 宗佑磨は2021年、外野手登録のまま三塁を守りゴールデン・グラブ。翌年にはゴールデン・グラブとベストナインも獲得したが、レアなケースだといえる。ましてや外野手から遊撃手となると極めてレアだといえよう。

4試合連続ホームランは「大谷効果」なのでは

 それだけに難易度が高いはずだが、ベッツは易々とこなしているように見える。

 ベッツはボウリングでもパーフェクトを記録するなど、他のスポーツでも成功したに違いないと言われるほどの運動神経の持ち主である。また「新しいことに挑戦すること」に並々ならぬ好奇心をもつベッツの「前向きさ」が道を拓いているのかもしれない。

 開幕2試合目から4試合連続で本塁打を放ち、現地4月1日時点で打率.520。これは明らかに「大谷翔平効果」であろう。次の打席に昨年のア・リーグ本塁打王が控えていることで、各投手はベッツと勝負せざるを得なくなった。

 相手投手が、警戒しながらもストライクを投げ込んでいくところを、ベッツは「待ってました」とばかりに打っている。データによれば、ベッツは初球を打った本塁打が39本もあるという。思い切りの良さが彼の身上なのだ。

ベッツの元気いっぱいのプレーで大谷も鼓舞されるはず

 例の「一平騒動」以後、大谷翔平は不調と言うほどではないが、今一つ調子に乗れていない。しかし前を打つベッツの元気いっぱいのプレーは、大谷を鼓舞するだろう。

 ベッツと大谷は球史に残る1、2番になるのではないか。

文=広尾晃

photograph by Nanae Suzuki