開幕の号砲と共に阿部慎之助監督率いる巨人が好スタートを切った。

「完敗でございます」

 昨年の覇者・阪神に3連勝のかかった3戦目を落とした試合後の会見。阿部監督のこんな敗戦の弁からも、目指す阿部野球への確かな手応えと自信を感じ取ることができた。

 昨年は3連戦で1度も勝ち越すことができないままに6勝18敗(1分け)とやられまくった阪神戦。巨人にとっては決して143分の3ではなかったはずだ。是が非でも勝ち越して、昨年の悪夢を振り払う。それがこの3連戦に課された使命である。

「この1試合を勝つためだけにやっていない」

 第1戦は初のオープニング投手を務めた新エース・戸郷翔征投手が6回100球を投げ4安打無失点。7回からはドラフト1位ルーキーの西舘勇陽投手から中川皓太投手、そして絶対守護神・大勢へと繋ぐ“勝利の方程式”も機能した。野手陣も3回の守備では開幕直前に退団したルーグネット・オドーア外野手に代わって「3番・右翼」で先発出場した梶谷隆幸外野手が、1死一、二塁から右中間を襲った打球をダイビングキャッチ。5回に内野ゴロの間に先制点を奪うと、その梶谷が試合の流れを決める2ランを放つ活躍で白星スタートを切った。

 第2戦も先発のフォスター・グリフィン投手から投手陣がしっかり阪神打線を抑え込むと、主砲・岡本和真内野手の2ランに坂本勇人内野手のソロという主軸2人の連続アーチでゲームの主導権を握る。7回には阿部監督が復活を後押しする松原聖弥外野手のタイムリーと理想的な展開で、開幕カードの勝ち越しを決めた。

 第3戦こそ落としたものの、先発した移籍組の高橋礼投手が6回を1安打無失点と好投して、期待通りの投球を披露したのも収穫だった。

「この1試合を勝つためだけにやっていない。最後、優勝するためにやっているので。その通過点かなと思います」

 開幕にかけた思いは特別だったと思うが、同時に開幕勝利を飾った試合後の阿部監督のこのコメントには、1年というスパンで選手を動かし、チームを機能させる阿部野球の姿が読み取れる。

梶谷の起用方針

 開幕カードで見えてきた阿部野球とは何か。選手起用で目立ったのが、故障リスクを回避してシーズンを通していかに選手を使い切るかという考えだ。

 開幕戦でのダイビングキャッチにホームランと大活躍した梶谷だが、第2戦では6回に四球で出塁すると、すぐさま代走に松原を送って交代。第3戦では先発メンバーからも外した。

「梶谷さん、昨日のダイブで体がお張りになっているようだから、それを考慮してね。壊れないように、考慮して代えました」

 第2戦で早々に代走を送った場面を冗談っぽく阿部監督はこう説明した。

 天才肌の打撃技術を持ちながら、梶谷について回るのは故障との戦いだ。

「本当についていない感じでずっと見えていたからね」

 巨人移籍以来、ケガに泣いてきた梶谷の姿をコーチとして見てきただけに、起用の方針は明確だ。

「こちらはケガをさせないように、大事にうまく休ませながら使っていく。そうすれば元々のポテンシャルは凄いものを持っている選手。うまくやりくりして、とにかく1年間、ケガをさせずにやらせるというのが僕らの仕事だと思っていますから」

 こうした配慮は梶谷だけではない。

 コンデイションを管理して、十分なパフォーマンスができる状態ではないと見れば、坂本勇人内野手や丸佳浩外野手などのベテランにも同じようにデーオフを作る。

 また初戦に続いて第2戦でも7回1死一、三塁という厳しい場面でマウンドに送り出したルーキーの西舘は、第3戦ではベンチ入りメンバーから外してしっかり休養をとらせている。

 コンディション優先。調子がいいときにムリをさせるのではなく、大きな故障で離脱する前に、しっかり休養をとらせて体調を整えさせる。自己申告ではなく首脳陣が状態を確認して、判断する。

 危機管理の徹底である。

要所でベンチからサイン

 そしてグラウンド上で目立ったのが、ベンチ主導の野球の徹底だった。

 初戦の先制点は5回1死三塁から1番・佐々木俊輔外野手の遊ゴロに、ギャンブルスタートで突っ込んだ三塁走者の吉川尚輝内野手が間一髪でもぎ取ったものだった。

 直前には佐々木がセーフティースクイズを敢行。失敗すると、すぐさまギャンブルスタ―トに切り替えた。さらに1死一塁から2番の門脇誠内野手が初球に送りバントを失敗すると、今度はエンドランを仕掛ける。これで併殺を逃れた直後に飛び出したのが、梶谷の2ランだった。

 守りでも捕手出身の監督らしく、要所ではベンチからサインを出して、バッテリーをサポートもしている。

「やっぱり監督は捕手出身ということもありますから、去年も要所でそういうことはやっていた。ベンチから出すサインが絶対というより、バッテリーが迷っているときに手助けする。そうやってサポートしている」

 こう語るのは自身も捕手出身の村田善則総合コーチだ。

「うまくハマってできたかな、と」

 第1戦では先発・戸郷が1回2死から阪神4番の大山悠輔内野手にボール3となった。すかさず阿部監督の手が動き「真っ直ぐで行け!」というサインだった。

「僕ももともと真っ直ぐを投げることで決めていたし、ウイニングボールも真っ直ぐで決めていたので……」

 戸郷はこう語ったが、やはりベンチと息の合った決断は、バッテリーの余計な迷いを払拭する力にもなっただろう。

 そうやってベンチ主導で選手を動かしもぎ取った開幕連勝だった。

「なんか凄くいい緊張感でやらせていただいたので嬉しかったです」

 開幕戦の試合後に初采配の感想を聞かれた指揮官はこう笑顔をこぼした。

「選手には僕が勝つために考えるから、選手は思う存分、グラウンドでプレーしてくださいと言ったからね。うまくハマってできたかな、と」

 勝敗の責任は監督が引き受ける。そのためのコンディショニングから戦略、戦術をベンチが考えるので、選手たちは思い切り野球に打ち込んで欲しい。まさにそれが阿部野球の目指す姿だということだ。

浅野の起用法にみる阿部監督らしさ

 そしてもう1つ、阿部監督らしいと思ったのが、2年目の浅野翔吾外野手の起用法だった。

 キャンプでは故障組からスタート。「開幕一軍はないと思う」と語っていた阿部監督だが、順調に階段を上がって、最後の最後に招集した一軍で結果を残すと、迷うことなく開幕メンバーに入れた。

 しかし……。

「二岡(智宏ヘッド)コーチから『人数の関係でベンチには入れない』と言われました」

 本人がこう語るように1、2戦は、ベンチメンバー26人から外れて、いわゆる“上がり”の扱いとなった。

「ウエイトトレーニングをしたりケージでバッティング練習をしたりしながら、試合を見ていました」

 こう語る本人だが、確かにこの開幕の東京ドームにいたことで感じたこともあったという。

「開幕戦の独特のムードというか、試合前の練習からそういう雰囲気を感じられたのは自分にとって勉強になりました。だから打席でもしっかりとバットを振れたと思います」

 連投した西舘が第3戦でベンチを外れて、代わりにベンチ入り。そして回ってきた出番は7回だった。

阿部流の“英才教育”

 佐々木の代打で打席に立つと、阪神の左腕・桐敷拓馬投手の147kmのツーシームに中飛に倒れたが、阿部監督はこの起用をこう説明した。

「今日はせっかく浅野を入れたんで、使ってあげたいなと思っていたんでね」

 1戦、2戦とベンチメンバーを外れるのであれば、二軍で試合に出した方が本人のためになるのではないか。そういう考えもあるかもしれない。ただ、将来の主軸になる浅野には、開幕のこの独特な雰囲気を少しでも味わわせたい。阿部流の“英才教育”の一環だったと考えるのが妥当だろう。

 今日を勝つためだけではない。

 今シーズンを勝ち切り、そして2年後、3年後のチームへと繋げていく。開幕3連戦の戦いから、そんな阿部流のチーム作りが垣間見えたように思えた。

文=鷲田康

photograph by Hideki Sugiyama