延長戦のジャッジが読み上げられた瞬間、心の奥底から怒りと悲しみが込み上げてきた。

 3月20日に開催された『K-1 WORLD MAX 2024』の目玉のひとつ、K-1対RISEの対抗戦の大将戦として組まれた軍司泰斗vs.門口佳佑。筆者はカウンターのヒザ蹴りで軍司(K-1)に嫌がる素振りをさせた門口(RISE)の勝利を予想したが、門口を支持したジャッジは1名のみ。他の2名は軍司を支持し、2-1の延長判定勝ちとなった。

SNSでも物議「対抗戦でこんなあからさまな判定が…」

 キックボクシングにおいて、予想とは異なる判定が下されることはよくあることだ。そのせいで、30年以上この競技を見続けている筆者は数えきれないほど納得のいかない思いをしてきた。

 この日のK-1では、ほかにも首を傾げざるをえない判定があった。もちろんK-1とRISEではルールが多少違うことは把握している。とはいえポイントをとる基準に関していえば、それほど違いがあるとは思えない。仮に自分の見方が偏見に満ちたものならば、「節穴」だと突っ込まれても仕方あるまい。だが、今回に限っていえば周囲からも同じ意見があまた聴こえてくるではないか。一部で「謎判定」とさえいわれた疑惑のジャッジは、対抗戦に集中していた。

 例えば、唯一女子の対抗戦として組まれた菅原美優vs.宮﨑小雪。筆者は本戦30-28で宮﨑(RISE)の勝利を確信したが、ジャッジは三者とも30-30で延長戦に突入し、そこでようやく宮﨑の判定勝ちとなった。さらに江川優生vs.常陸飛雄馬は、中盤まで常陸(RISE)が試合の流れを掌握していたが、3ラウンドに江川(K-1)が起死回生のダウンを奪って延長戦へ。ここでは常陸のボディアッパーが有効かと思われたが、2-1のスプリット判定で江川に凱歌があがった。

 常陸と大学のキックボクシング部からの付き合いで、現在はTARGET SHIBUYAで同門のYA-MANはSNSを通して訴えた。

「選手は何も悪くないけどさすがにこの判定はおかしい。対抗戦でこんなあからさまな判定があると出たがる選手はどんどんいなくなる。またキックボクシングの輪が小さくなる」

 YA-MANの指摘の中でも、「キックボクシングの輪が小さくなる」という部分が特に気になった。対抗戦では、普段交わらない団体同士が絡むことで、“夢の対決”を実現させられるというメリットがある。だからこそ那須川天心vs.武尊は、普段キックを見ない層にもこの競技の魅力を届けることができた。

 にもかかわらず疑問符がつく判定が続けば、どうなるのか。ライト層はキックに背を向けるだろう。さらにYA-MANの指摘通り、選手も気持ちが萎縮して対抗戦出場に後ろ向きになってしまう。そして世間から「だからキックは……」と冷やかな目で見られるのがオチなのだ。

「KOかダウンで決めたらいい」石井和義の提言

 キックはボクシングとは違い、統一コミッションがない。テレビスポーツとして発展してきた性質上、各団体が独自にランキングやルールを運営するシステムが続いており、同じ階級に何名もの王者が存在する。さらに昭和の時代には、反社会的勢力とのつながりを指摘される団体も少なからず存在した。そんなイメージが世間に残っているため、問題が噴出すると叩かれやすいという側面もある。

 大会後、RISEの伊藤隆代表は「K-1さんとは求めているものの違いを実感した」と怒りを滲ませた口調で対抗戦を振り返った。

「(対抗戦は)ここでいったん終了にしたい」

 今年1月、アドバイザーとして21年ぶりにK-1に復帰した創始者の石井和義氏はこうしたトラブルを予言するかのように、大会前に「皆さんのお叱りを覚悟で言わせてもらうと」と前置きしたうえで、こんな提言をしていた。

「対抗戦のルールはKOかダウンかで決めて、それ以外は全部引き分けにしたらいい。そのほうが分かりやすい。対抗戦特別ルールにしたら、こっちが勝ったとか負けたとか(ジャッジの結果に)騒がなくていいし。お互いに倒せなかったら引き分け。それでいいんですよ」

 確かに一理ある意見のように思われる。ただ、ひとつ気になる点がある。K-1同様、1993年にスタートしたUFCは、黎明期に全米で起こった「UFCは単なる暴力」といった反対意見をはねのけるようにルールを整備していき、現在の揺るがぬ地位を確立したということだ。

 いったい、この差は何なのか。UFCをはじめとする北米のMMAプロモーションが競技として拠り所にしているものとして、ABC(Association of Boxing Commissions and Combative Sports)が規定するユニファイドルールがある。簡潔にいうと、非合法だったMMAを合法化するために作成されたルールだ。その制定にあたり、巷で批判の的となっていたサッカーボールキックや12 to 6エルボー(縦ヒジ打ち)を反則とした。

専門家が語る「キックの判定が難しい理由」

 ユニファイドルールを採用する最大のメリットは「情報を共有できる」点にある。「わたしはMMAの審判ですが」と前置きしたうえで、日本MMA審判機構(JMOC)副会長で清和大学教授の松宮智生はこう語る。

「MMAではルールの違いはあるけど、解釈の違いはない。『これがルールだから』というより、『このルールはこういう意味だから』という解釈まで共有できているのかなと思います。違うルールを設けるにせよ、それぞれのルールにジャッジの基準がある」

 松宮はかつてキックのジャッジを務めたこともあるが、「MMAよりキックのジャッジの方が難しい」とこぼした。

「その理由はMMAのジャッジはほとんどがマストシステムだけど、キックのジャッジには10-10の同点があることだと思います。トータルマストにしろ、ラウンドマストにしろ、どっちかにしようとしたらつけられる。でも、10-10にするか10-9にするかというのは、それぞれのサジ加減じゃないですか」

 マストシステムではないという点にも、今回のジャッジ問題の原因が隠されているのか。松宮はこんなことも呟く。

「もちろんユニファイドルールのシステムの中でも、『これはおかしいんじゃないの?』と思われることはよくある。そうなったときに、判定の根拠を示せるかどうかが重要だと思います」

 今回の一件は、K-1側の「ホームタウンデシジョン」の一言では片づけられない。その証拠に、軍司vs.門口では3ラウンドまでほぼ互角か軍司優勢に見えたにもかかわらず、2人のジャッジが同点とし、残る1人のジャッジは門口を支持した。

 また同日の『K-1 WORLD MAX 2024』70kg級トーナメント開幕戦で、タナンチャイ・シッソンピーノン(タイ)は、延長戦の末に1-2の判定でロマーノ・バクボード(オランダ)に敗れた。だが、試合後に電話でレフェリングとジャッジが悪かったことを謝罪され、改善案を求められたことを明かしている。

 疑問符がつく判定に団体は関係ない。一方で、疑惑の判定がなくならなければキック業界全体の発展は絶対にない。幸い、MMAだけではなくキックボクシングにもユニファイドルールは存在する。「ルールが違うから」という理由で他団体との間に壁を作るのではなく、いまこそMMA同様、判定基準と解釈の仕方を共有すべきではないのか。

文=布施鋼治

photograph by RISE/Chiyo Yamamoto