高校野球界の“横綱的存在”である大阪桐蔭高校。プロを目指した経緯を持ちながら、現役生活を終えて営業職などを経て起業した水本弦さん(29歳)に社会人生活、さらには甲子園のテレビ中継だけでは知ることができない、西谷浩一監督のチーム作りの極意について聞いた。(全3回の第3回/第1回、第2回も配信中)

 今回のセンバツでも、2つの白星を積み上げた。

 大阪桐蔭・西谷浩一監督は1回戦の北海に勝利して、甲子園通算勝利数で智弁和歌山の高嶋仁前監督に並んだ。高嶋前監督が約46年かかった道に26年ほどでたどり着いた。そして2回戦で神村学園を下し、単独1位となる「69」に記録を伸ばした。甲子園での勝率は.831と驚異的な数字を残している。

いつも通りに試合でプレーする大切さを学んでいます

 偉業達成に近道はない。

 西谷監督は勝利の確率を上げるチームづくりで、白星を1つ1つ積み重ねてきた。その根底には「想定と準備」がある。

 今センバツで3番に座った徳丸快晴選手は「西谷先生からは基礎基本の徹底や、どんな状況でも焦らない準備の大切さを教わっています。目の前の試合をどのようにして勝つのを考え、どん欲に1勝を目指していると感じます」と話す。エースの平嶋桂知投手は「西谷先生からは、いつも通りに試合でプレーする大切さを学んでいます。そのために、普段から試合で勝つ、日本一になる意識と準備を心がけています」と語っていた。

 あらゆる事態を想定して準備を進める西谷監督のスタイルは、甲子園でも随所に表れる。例えば、ブルペン。大半のチームはマウンドにいる投手の状況を見て、他の投手の準備を進めていく。

 ところが、大阪桐蔭はプレーボール直後からブルペンに投手が入る。先発投手の能力や調子は関係ない。

 平嶋が先発した準々決勝の報徳学園戦は、1回表に大阪桐蔭の攻撃が始まる時、すでに背番号10の南陽人投手がブルペンで投球を開始。2回には背番号11の中野大虎投手、3回には背番号18の川上笈一郎投手が肩をつくった。

 2回戦の神村学園戦も先発の森陽樹投手が1回表の投球に入るタイミングで、中野がブルペンに入る。2回には背番号15の山口祐樹投手、6回は平嶋が準備を進めた。西谷監督が試合開始直後から控え投手をブルペンに向かわせるのは今大会に限らない。

 昨年も絶対的エース前田悠伍投手(現ソフトバンク)が先発した試合でも、他の投手が1回から順番にブルペンで投球練習していた。ドラフト1位で指名される投手であっても例外はない。

「ケース21」という伝統的な練習メニュー

 どんなに信頼を置く投手でもアクシデントが起こり得る。不測の事態への備えが勝利の確率を高めると西谷監督は考える。想定と準備なくして、甲子園の通算勝利数更新は成し遂げられない。2012年の大阪桐蔭でキャプテンを務めた水本弦さんは「様々な状況をイメージして、その中でも最悪の想定をしてから試合に入っていました」と語る。

 水本さんが主将を務めた同年には藤浪晋太郎(現メッツ傘下3A)、森友哉(現オリックス)らを擁して甲子園で春夏連覇を成し遂げているが――そのスタイルは当時から継続されている。

 大阪桐蔭が伝統とする練習に「ケース21」というメニューがある。

 試合で起こり得る状況を細かく設定し、アウトカウントや走者に応じた打撃、守備、走塁の精度を高める。試合での想定外が起きる確率を可能な限り排除し、重要な局面でも練習通りにプレーする。準備不足が焦りや混乱の要因となるためだ。

 チーム練習の大半は実戦的な内容になる。そして、チーム全体に西谷監督の考え方が浸透する背景には、1学年20人前後と少数精鋭のチームづくりがあると水本さんは指摘する。

「入部したばかりの1年生が3年生のレギュラークラスと一緒に練習できるところが大きいと思います。もちろん、大阪桐蔭には全国から良い選手が集まってきますが、最初は能力に頼っている選手が多いです。先輩たちと一緒に練習することで、勝つために必要な考え方やプレーを学んでいきます」

特別な練習をするのではなく、実戦の中でいかに…

 選手は1年生から3年生まで、基本的に全員一緒に練習するという。1年生はシートノックで走者をしたり、シート打撃で守備に就いたりする。主力選手が状況に応じて、どんな判断やプレーをするのか肌で感じる。指導者や先輩たちの話にも耳を傾け、知識を吸収していく。水本さんは言う。

「高校1年生から全国トップクラスのレベルを知って、経験できるところがチームの強さにつながっていると感じます。大阪桐蔭は打撃のチームと思われがちですが、西谷先生は守備と走塁がすごく細かいです。特別な練習をするのではなく、実戦の中でいかに力を発揮するのかを突き詰めていきます」

 大阪桐蔭では「一打二進」という言葉を掲げている。

 単打の当たりでも二塁を陥れたり、一塁走者が単打で三塁まで進んだりする心構えを意味する。走塁では相手の隙を突いて1本の安打で2つの塁を狙い、守備では先の塁に到達させない。わずかな準備や動きの差が、最終的な勝敗に表れる。

メンバー外の選手が腐っている暇はないです

 もう1つ、水本さんが強さの理由に挙げるのがチーム内競争だ。

 大阪桐蔭は平日のメニューにも入るほど紅白戦が多い。西谷監督は控え選手にアピールの場をつくる。不動のレギュラーだった水本さんであっても「メンバー外の選手が紅白戦で2打席連続本塁打を打つことも日常的にあったので、レギュラーも安泰ではありません。西谷先生はチャンスをたくさん与えるので、メンバー外の選手が腐っている暇はないです」と危機感と隣り合わせだった。

 紅白戦だけではなく、その日の練習メニューが書かれたホワイトボードにも競争心や危機意識をくすぐられた。ボードにはシートノックの守備位置やフリー打撃の順番も記されており、その内容で自身の評価が分かる。水本さんは「常にチーム内で競争して緊張感がありました」と振り返る。

 今センバツ、大阪桐蔭のベンチが慌ただしくなった時が一度だけあった。準々決勝の報徳学園戦の5回だった。大阪桐蔭は2死から8番・宮本楽久選手がショートへの内野安打で出塁する。球場には「9番、ピッチャー平嶋くん」のアナウンスが響く。平嶋は打席に入る直前、立ち止まってベンチを見る。

 平嶋はバットを持ってベンチに下がり、代わりに背番号17の内山彰梧選手がバッティング手袋をつけながら駆け足でベンチから出てきた。そのままバッターボックスに向かおうとすると、ネクストバッターズサークル近くにいたチームメートに声をかけられる。内山はマスコットバットで2度、急いで素振りしてから打席に向かった。結果は、フルカウントから見逃し三振。大阪桐蔭は無得点に終わり、その後も見せ場をつくれなかった。

センバツの敗戦後、西谷監督が語っていたこと

 この試合、大阪桐蔭は失点につながる2つの失策を記録した。今大会3試合で計5失策と守備のほころびが見受けられた。報徳学園のような好投手を擁する相手からは大量得点が難しい。守備の乱れが致命傷になると西谷監督は痛いほど分かっている。

「夏への課題が詰まったゲームだったと思います。粘り切らないといけない時に守りのミスが出て、自分たちのリズムにできませんでした。1点差で相手にプレッシャーをかけてひっくり返す展開に持っていくしかないと思っていましたが、その前に失点してしまいました。全体的に力不足を感じました」

 野球はいつも思った通りにいくとは限らない。だからこそ、西谷監督はあらゆる状況を想定して準備を進める。プロで活躍する数多くのOBや水本さんらを野球人として育て、その中で甲子園で積み重ねた69勝は、負ける要因や想定外を排除して勝つ確率を上げてきた結果と言える。

<第1回、第2回からつづく>

文=間淳

photograph by Hideki Sugiyama