「え、高卒2年目なの!?」

 東海地区が担当外のNPB球団スカウトがその出色の出来に驚いたのは、大阪桐蔭高からHonda鈴鹿に入社し2年目になる大型右腕・川原嗣貴(しき)だ。高校時代は、まさかのドラフト指名漏れを経験したが、社会人野球の世界でメキメキと力をつけている。

 2年前の秋、18歳の少年には残酷な現実が突きつけられた。

 大阪桐蔭高に入学すると2年春からベンチ入りし、3年春には1学年下の前田悠伍(ソフトバンク)との二枚看板でセンバツ甲子園を優勝。胴上げ投手として歓喜の輪の中心にいた。夏は自身が未登板の準々決勝で敗れたが、旭川大高戦で8回3失点、二松学舎大附戦では6安打完封と大きな存在感を放った。

 さらに侍ジャパンU-18代表として出場したU-18W杯では、アメリカの硬いマウンドにも適応し、4試合13イニングを投げ無失点。3勝0敗16奪三振という好投に次ぐ好投で最優秀投手、ベストナインを獲得した。

実績十分も…ドラフトではまさかの「指名漏れ」

 こうしてアピール十分でドラフト会議を迎えたかに思えたが、結果は無情なものだった。

 そんな失意の中、選んだ次の舞台は社会人野球だった。高卒の選手のドラフト会議での指名が解禁されるのは3年目だが、2年目となる今年から既に強い覚悟を持つ。

「自分がHonda鈴鹿の投手陣全員を引っ張っていくという強い気持ちを持っています。社会人野球を代表するような投手になれるよう成長していきたいです」

 6月にようやく20歳になる川原ではあるが、その言葉通りの姿を桜舞う中で見せた。

 まず、4月上旬のJABA静岡大会のパナソニック戦に先発登板すると、8回5安打無失点で勝利投手に。続く4月中旬のJABA日立市長杯では初戦のエイジェック戦で先発を任された。

プロスカウトから称賛の声が

 JABA大会は優勝チームに、社会人野球の2大大会のひとつである日本選手権出場権が与えられる重要な大会だ。そのため川原は「起用してもらった思いを汲み取りました」と奮起してマウンドに上がると7回4安打1失点と期待に応えて勝利に貢献。「流れを呼び込めて良かったです」と笑顔を見せた。

 この試合、バックネット裏のNPB球団のスカウトからは、賞賛の声が並んだ。

「球が強く、良い角度で入ってくる」

「踏み出した足が着くまでに独特の間があり、タイミングが取りにくい」

「球速表示よりも速く感じる」

 そのどれもが、数値だけではない投手としての資質への高い評価だった。特に身長189センチから最速150キロを投じる大型右腕でありながら制球力の良さが目を引く。前述のパナソニック戦では2四球、エイジェック戦では無四球で社会人野球の巧打者たちを抑えた。

 若さ溢れる球の勢いと、何年もこの世界で経験を積んだような大人の投球が共存している。

 エイジェック戦の序盤は「省エネで、指先だけの力で球をベース板に強く通すイメージで投げました」とストレートの球速は140キロ前後。4月にしては暑い汗ばむ陽気の中で、後半に余力を残す投球を心がけた。

 そして7回、先頭打者に二塁打を打たれ無死二塁のピンチを迎えると、明らかにギアを上げた。この日最速となる149キロを計測するなど力強さを増したストレートに変化球を織り交ぜ、犠飛による1失点のみに留めて、この回を投げきり、8回からは先輩投手にマウンドを譲った。

「(ギアを入れたのは7回?)そうですね。7回ですね。でも力を入れるならゼロに抑えないといけない。そこが今日一番の反省点で悔しいです。でもチームが勝つことが最優先です」

 コメントの随所にチームや会社への愛と感謝が滲む。

「2022年に悔しい思い(指名漏れ)をして複雑な気持ちが大きかったのですが、自分がこの鈴鹿に来たことは絶対に間違いじゃないと思っています。自分を成長させてくれる場を作ってくださっているのも鈴鹿です。会社の皆さんのためにも、自分のためにもプロ野球に行きたいんです」

 感謝の気持ちが強いからこそ、昨年に出場を逃した都市対抗と日本選手権には、自分が先頭となって連れて行こうとしている。

 1年目で取り組んだことの成果ゆえの自信も支えとなっている。「ベース板を通る時の球の強さがついて、ストレートでファウルや空振りが取れるようになったことは大きいです。そうすると必然的に変化球のキレも良くなる。縦に落ちる変化球が特に良くなりました」と手応えを明かす。ストレートの軌道に近いツーシームも新たに習得した。

 そんな頼もしさを持つ19歳の大型右腕について、指揮を執る久芳修平監督も「今年からアピールしていきたいという思いがひしひしと伝わってきます」と目を細める。技術面でも「ストレートが重い球質になりましたし、角度があって球持ちが良いので相手打者に差し込める。コントロールもさらに良くなり、変化球でもストライクが取れます」と成長を称賛する。

「会社のバックアップや温かさを感じている」

 試合後、Honda鈴鹿の選手たちは三塁側スタンドの出入り口付近に立ち、応援に来てくれたファン一人ひとりを見送った。

「いろんな会場に応援に来てくださる方もいますし、会社のバックアップの大きさや温かさを感じているので、不甲斐ない投球はできません」

 その自覚と責任は既にエースの名にふさわしいものだ。

 だが、ここで満足する気は毛頭ない。熾烈を極める社会人野球の世界で1つでも多くの白星をチームに届けることが目の前の目標だ。そして、あの日の悔し涙を晴らすために、鈴鹿に来たことの正しさを証明するために。さらなる高みを目指し、川原は腕を振り続ける。

文=高木遊

photograph by (L)Yu Takagi、(R)Nanae Suzuki