「過程が大事」富永の根っこにある信念
シューターにとって、シュート力の次に大事なことは何なのだろうか。
3年前、富永啓生にそう問いかけたことがある。富永は、迷うことなく、「シューターにとって一番大事なのはシュートを打つまでの過程」と断言した。
打ったシュートが入るか入らないかはそのとき次第。それよりも、どうやればシュートを打てる状態を作れるのかが一番大事なのだという。相手の動きを見極め、頭を使って、シュートを打てる状態に持っていく。それが成功すれば、シューターとしての仕事は9割できたことになる。最後のシュートは身体にしみこんだ動きを再現するだけというわけだ。
今回、NumberPREMIERの企画で、富永に「選択」というトピックでインタビューしたときに、そのことを思いだした。なぜなのかは後で改めて説明するとして、まずは、「選択」というトピックで話を聞きたかった理由から説明しよう。
NCAAディビジョンIのネブラスカ大のキャリアを終えた富永はこの夏、昔からの夢だったNBA入りへのプロセスをスタートさせる。チームと交渉する窓口として、NBA選手をクライアントに持つタンデム・スポーツ&エンターテイメントとエージェント契約も交わした。選手として、人生において大きな岐路に差し掛かる夏なのだ。
6月26〜27日に行われるNBAドラフトで指名されることを期待する声もあるが、現時点では富永が指名される可能性は低い。そうなると、通常はNBAの登竜門と言われるサマーリーグやトレーニングキャンプに参加して自分を売り込むことになるのだが、そのサマーリーグが行われるのは7月中旬。7月下旬にはパリ五輪という大舞台も待ち構えており、スケジュール的に両方を選ぶことは難しい。そんななか、果たして彼はどちらを選ぶのだろうか。
さらに、いくつかのチームからトレーニングキャンプ参加のオファーがきた場合にどのチームを選ぶのか。もしNBAの開幕ロスターに入れなかった場合、NBA傘下のGリーグに行くのか、別の国のリーグに行くのか。様々な選択を迫られる夏なのだ。
そういった大きな選択を前に悩んだとき、富永はいったいどんなことを考え、誰に相談し、どんな基準で進路を選ぶのだろうか。これまで進路で迷ったときにはどうやって決めてきたのか。そのプロセスに興味があったのだ。
しかし、富永から返ってきた答えは、正直、肩透かしだった。何しろ、これまで進路で悩んだことがないというのだ。
「今まで難しい選択をしたっていうことがあまりない」と富永は言った。
昨夏にアーリーエントリーを撤回
現在23歳の富永は、傍から見ると、これまで何度も進路に悩みそうな状況を経験してきている。高校卒業と同時にアメリカ留学を選んだとき。テキサスの短大、レンジャーカレッジに進学したとき。NCAA D1のネブラスカ大に編入したとき。去年夏、NBAドラフトのアーリーエントリーを撤回してネブラスカ大に戻ったとき。
特に去年夏の状況は悩んでも不思議はない状況だったと思うのだが、富永は「結構スパッと決まった方だと思います」と言う。
迷ったり、悩んだりすることがないことについて、さらに突っ込んで聞くと、こんな答えが返ってきた。
「元々、深く考えすぎるのが好きじゃない性格だと思う。これだと思ったらこれっていう感じの性格なんで」
迷わないのは進路だけではないらしい。たとえば、レストランに入ってメニューを選ぶとき。朝、洋服を選ぶとき。そんなときもたいてい迷わず、スパッと決めるのだという。
むしろ、変に迷って決めると、後から後悔することもあるというのだ。
「逆に考えすぎると、こっちにしたらよかったなってなってくると思うんで、あまり考えずに、感覚でこちらが良さそうっていうので決めます」
迷わない。悩まない。それこそが、富永啓生の選択の美学なのかもしれない。思っていた以上に直感の人だ。
そうやって様々な局面において直感で決めることができるのには、彼なりの理由があった。人生で自分がやりたいこと、目標にしていることがはっきりしているのだ。
「やっぱり目標としてるところがあるんで、それに向かってどうするのが一番かっていうのを考えたときに、けっこう簡単に判断できる方かなと思ってます」
すでに思い描いている“進むべき道”とは?
そこで冒頭の、シュートに戻る。試合中の富永は、シュートを打てる状態を作ることに力を注ぎ、いざシュートを打つときは、迷わずスパッとシュートを打つ。彼にとっての人生の選択も、それと似たようなものなのではないだろうか。自分の人生でやりたいことがはっきりしていて、常にそこに向けて努力をしている。だから、岐路に直面したときに迷うことはない。
試合中は、「どうしたらチームが勝てるようになるのか」を考えて選ぶ。同じように、人生における選択なら「どっちの方が自分のためになるか」が、その選択の基準になるとのだいう。
今年夏についても、特に大きな選択を前にしているという意識はないという。彼の中ではすでに進むべき道は思い描けているからだ。
「もちろんオリンピックは、人生でもあまりできない経験だと思うので、間違いなく自分の視野に入れています。それと自分の個人としての目標であるNBAっていうのも、もちろん(大事)なので、そこの2つの両立をどこまでできるかってところを考えています」
パリ五輪に出るからといって、NBAを諦めるわけではない。オリンピックに出ながら、どうやってNBAという目標に近づくのか、その方法を探すというわけだ。
今後、何か悩みそうなことは何かあるかと聞くと、こんな返事が返ってきた。
「悩みそうなことっていうのはあんまりないんですけど、自分の行きたい道にまず行けるかどうかは、結局自分の努力次第だと思いますし。その選択に迷うというより、その選択を実行できるかっていうところが一番大事かなって」
大事なのは選択することではなく、目標に向かって努力すること──。それこそが、“迷わない人”、富永啓生の生き方だった。
(続く)
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後編では、盟友・河村勇輝との関係や、来季から日本でプレーする渡邊雄太への想いを明かしている。
文=宮地陽子
photograph by Nebraska Athletics