夜の闇を温かな灯りで照らす『夜のパン屋さん』。代表の枝元なほみさんは、その心温まるプロジェクトの立役者だ。認定NPO法人ビッグイシュー基金の共同代表であり料理研究家としても活躍する彼女が、基金の一環としてこのユニークな取り組みを始めたのは、余剰食品の問題に一石を投じるため。パン屋が日々、丹精込めて焼き上げるパンが営業終了時間とともに“売れ残り”となって廃棄されてしまうのは、作り手にとっても、環境にとっても悲しいこと。枝元さんはそこに着目し、「パン」を通じた新たな仕事づくりを模索した。

『夜のパン屋さん』はパンを焼かない。閉店間際に残りそうなパンを集め、夜に再販売することで、パンを作る職人、『夜のパン屋さん』のスタッフ、そしてそれを求める人々、それぞれが互いを支え合うコミュニティを形成している。この取り組みは、単に食品ロスを減らすだけでなく、働く場を求める人々にとっての希望にもなっている。今回は、ビッグイシュー基金が目指す「誰にでも居場所と出番のある包摂社会」を形にしていく枝元さんの想いと、事業の仕組みについて話を伺った。

■売れ残りのパンを希望のパンに変えた『夜のパン屋さん』とは?
ーー『夜のパン屋さん』の始まりについて教えてもらえますか?
【枝元なほみ】『夜のパン屋さん』ってパンを焼かないんだよ。ホームレス状態にある人や社会的に不利な立場にある人々の自立を目指すための支援として創設された雑誌・ビッグイシューを知っていますか?『夜のパン屋さん』は、もともとはビッグイシュー基金の活動の一環として始めました。私は料理を仕事にしているけれど、このNPO法人ビッグイシュー基金の共同代表もしていて、雑誌の販売だけじゃなくて、食べ物で別のことができたらいいなと思っていたら、ある方から寄付をいただきました。「ただ配るんじゃなくて、循環する何かを」とおっしゃって。そこで、思いついたのが、パン屋さんから余ったパンを集めて夜に売ること。それが『夜のパン屋さん』の始まりなんです。

【枝元なほみ】最初のころはさ、店舗を1軒ずつ回ってたの。「こういうことやりたいんですけど、ご一緒しませんか?」って。でも、「はぁ?」という感じで手応えなく断られ続けて、もうさ、「やってらんねぇな」ってすごい思ったよ。最初に『夜のパン屋さん』を始めたのが、神楽坂のかもめブックスさんなの。それを勝手に「本店」って呼んでるんだけどね(笑)。かもめブックスさんの柳下さんとの出会いも奇跡的でした。最初に賛同してくれたパン屋さんから「どこでやるの?」って聞かれて。「神楽坂か飯田橋かなぁ」と答えたら、「神楽坂なら知り合いがいるよ」と言って、すぐに柳下さんを紹介してくれて。柳下さんは、以前、オーストラリアでビッグイシューに関わってたこともあるそうで。帰国後に本屋さんをすることになって、そこで私たちに場所を貸してくれることになったんだけど、本当にこの人しかいないと思いましたよ。「いいよ、貸してあげる」って即答してくれて。本当にありがたい出会いでしたね。

ーーパン屋さんにとって、破棄予定のパンを半額で買い取ってもらえることはありがたいことだと思いますが、最初のころは、なぜ断られてしまったのでしょうか?
【枝元なほみ】多分プロジェクトのイメージが湧かなかったんだと思います。私は一生懸命説明したし、マーケティングの仕事をしている友達に作ってもらった企画書もあったんだけど、なかなか伝わらなかったみたい。「社長に相談します」って言って終わりだったり、みんな新しいことを始めるのにためらっていたみたい。たとえば、デパ地下のパン屋さんは、自分たちのブランドイメージを守りたいという考えがあって、ロスを公にしないようにしているところもあるって。ロスを減らすために価格を下げて売ると、それを狙ってくるお客さんが増えてしまうから、見えないところで破棄する選択をしているかもしれない。実際に、チェーン店のパン屋さんでバイトしている子から聞くと、「サンタクロースみたいにパンを袋に詰めて捨てに行く」とかもったりするそう。それを目的にしてホームレスの人たちが荒らしてしまうこともあるんだって。ロスになる量が多いのは、パン屋が閉店間際まで多くの選択肢を提供したいからで、それがブランドイメージを守るためでもありそうですよね。それは、経済的な都合によるものだけど、これがずっと続けば資源を無駄にしていくし、未来によくない影響を与えるだろうし、子どもたちに申し訳ないと思います。目先の利益を追い求めがちになっているんじゃないかな。

ーー現在、何カ所で「夜のパン屋さん」を営業され、何店舗のパン屋さんが参加しているのですか?
【枝元なほみ】今は3カ所でやっています。かもめブックスさんの軒下のほかに、田町の新田町ビルの近くと、大手町のアーバンネット大手町ビル内です。参加してくれるパン屋さんは、初めのうちは4、5軒くらいで、すごく苦労しながら増やしていったんだけど、ありがたいことにパン屋さんから逆にお問い合わせをいただいて「参加できますか?」って言われることも増えて、今は26軒までになりました。でもね、パンが足りないこともあるから、もっと増やしたいんですよ。「働きたいって言ってくださる方に応えたい」から、もっと仕事も作っていきたいんだよね。だから、これからもっと日にちや場所を増やしていきたいです。スケジュールは、神楽坂が月・木・金曜日、田町が水・木曜日、大手町が月曜日と、ちょっと複雑だけど、週6日営業しています。

ーーどのくらいの人数で運営していますか?
【枝元なほみ】スタッフはね、全体で20名弱くらいかな。夕方になると、パン屋さんに「今日は余りそうなパンはありますか?」って電話して、それを集めにいく人、そして実際に夜に売る人たちで、それぞれ役割が分かれているの。大変だけど、みんなで支え合ってる感じ。それが、なんというか楽しくもあるんですよ。

ーースタート時と比べて、今の売り上げはどうですか?
【枝元なほみ】うん。売り上げはね、コロナの影響でいろいろ大変だったけど、それでも少しずつ上がってる。周りの環境も変わってきているから、これからもっとよくなるといいなって思っています。

■夜のパン屋の裏側にある、生活困窮者の支援と自立への独自の仕組み
ーー「夜のパン屋さん」で働き始める人たちはどのような背景を持っているんですか?
【枝元なほみ】いろいろな人がいますよ。コロナの時期にバイトがなくなって入ってくれた人もいれば、卒業や就職で去っていく学生さんもいる。ビッグイシューは、もともとホームレスの方が中心でした。雑誌の販売だけじゃ生活が成り立たないから、パン屋がちょっとしたプラスアルファの仕事になったらいいなと。シングルマザーや、仕事に困ってる人もいるし、ドライバーが足りないときは「手伝うよ」と声をかけてくださる方も何人かいて。でもね、一番いいと思うのは、いろんな状況の人が学生さんたちと普通に話してること。みんなが混ざっている感じがすごくいい。

ーー偏見や年齢、性別を超えて、みなさんが仲良くされているんですね。最初に参加してくれた人たちは地元の方々が中心だったんですか?
【枝元なほみ】そうなの。住まいはいろいろだけど、ビッグイシューの事務所が江戸川橋にあるから、そこの近くが便利なのよ。夜やるから、繁華街よりも神楽坂を選んだの。歌舞伎町みたいなところは、酔っ払いに絡まれたりするから販売者さんたちも嫌がるし、神楽坂ならちょうどいいペースで夜の人口もあるからね。オフィス街にも近いし、犬の散歩をしてる常連さんやタクシーのドライバーさんも立ち寄ってくれるの。ビッグイシューを売るときもそうだけど、人がわんさかいるなかで売ると透明人間みたいになっちゃうけど、神楽坂だと「あら、何してるの?」って声をかけられる感じがいいんですよね。

ーー「夜のパン屋さん」のパンの価格設定の仕組みを教えてもらえますか?
【枝元なほみ】パンの価格設定は、仕入れ先の各パン屋さんにお任せしてます。外で売るから、袋に詰めてセットにしてもらうようお願いしていて、たとえば3個入りで600円とかに設定してもらうと、いろんな種類のパンが残ってもうまく対応できやすい。それで、実際に売れた分の売値の半額から6割を私たちが仕入れ価格として支払う形にしています。月末にまとめて精算する方式でね。このやり方なら、パンが売れた分だけ払うということになるから、パン屋さんも私たちも負担が少なくていい。「買い取りだと、私たちが破産しちゃうかも」と思ってね。パン屋さんによってですが、基本は売れた分だけ支払うことにしています。もし残っちゃったパンがあったら、スタッフが食べたり、食料配布に回して。コロナでお店を開けていないときも食料配布に回していました。

【枝元なほみ】毎日が綱渡りで、その日に「今日はありますか?」って確認して、パンがある日は「じゃあ取りに行きます」となる感じ。地方のパン屋さんの場合はね、ある程度量がたまったら、流通経費に見合うように冷凍して送ってもらっているの。そうやって、いろいろな人たちに助けてもらいながら運営しています。

ーー地方から送られてくる冷凍パンは、販売時にどのように扱っているんですか?
【枝元なほみ】送られてきたパンは冷凍のまま、すぐ業務用冷凍庫に移します。その日の販売分は解凍して販売します。「冷凍で届いた何処からのパンで」と説明し、再冷凍が可能なことや温め方もアドバイスします。

ーー集荷担当者の給与や販売担当者の時給、遠方からの配送料についてはどうしていますか?
【枝元なほみ】都内でピックアップに行く場合は、1軒あたりの交通費を含めて1800円程度にしています。遠くにはあまり行けないけど、そこそこの距離なら大丈夫。販売のスタッフには、東京都の最低時給を守って、少しずつ上がることも考慮して支払っています。地方のパン屋さんから送ってもらうときは、その都度、流通経費を含めて請求書をまとめてもらっています。

ーー半額でパンを仕入れて、さらに送料や人件費もかかると、経済的に厳しい面もあるんじゃないですか?
【枝元なほみ】そうなの。いろいろと厳しいです。消費税もかかるし…。いろいろ工夫しながらやってる。たとえば、パン屋さんからパンをピックアップするとき、多くても一軒あたり10セットくらいなの。それで、仮に600円のセットが10個だと6000円になるじゃない。でも、それを半額で仕入れると3000円でしょ。そこからピックアップの人件費とか、販売スタッフの人件費を差し引くと、結局利益として残るのはほぼなくて。でも、ギャラを作り出せれば、まずはよしとして。もっと賢いやり方とかあると思うから、ちょっとずつでも事業を成り立たせようと工夫しているところです。

ーー厳しくても続ける理由はなんですか?
【枝元なほみ】やっぱり、この活動を通じて感じるものがあるんです。たとえば、販売する人も、ピックアップに行く人も、みんなこの活動にプライドを持ってくれているからさ。パン屋さんやお客さんとの会話のなかで、「僕は、このパンが一番好きなんですよ」とかね。自信を持って薦めたりできるようになる。「一つひとつのパンにやさしく」という私たちのスタンスが、多くの人に支持されているんだと思う。そういう、みんなが本気で取り組んでいるところとか、この活動がみんなを前向きにしているところが、すごくいいと思うんですよ。

ーーありがとうございました。パンを安く買うことだけが大切ではなく、背後にある働きかけや人々のつながりについても知ってもらえるといいですね。
【枝元なほみ】うん、全くそのとおりですね。近くを訪れたらぜひ、お店にも立ち寄ってみてください。

『夜のパン屋さん』は、ただのパンの販売店以上の意味を持つ。枝元なほみさんとそのチームが織り成すこのプロジェクトは、社会に新たな風を吹き込んでいる。フードロスの削減、雇用創出、地域コミュニティの活性化という3つの成果を達成しているのだ。『夜のパン屋さん』で働く人々の誇り、参加するパン屋の喜び、そしてパンを求める人々の温かな交流。これらはすべて、枝元さんの揺るぎないビジョンから生まれたもの。売れ残りパンが新たな命を吹き込まれる瞬間、それは単に食品が救われるだけでなく、人々の心もまた豊かになる。『夜のパン屋さん』の取り組みは、小さな行動が大きな影響を及ぼす可能性を私たちに示しているのだ。

取材・文=北村康行