「自分の都合のいい時間に働きたいから」などの理由で、非正規雇用で働くことを選ぶ若者が増えているという。そういった理由であえて不安定な非正規雇用を選ぶことにメリットはどれだけあるのだろうか。労働・福祉政策について研究・提言するNPO法人「POSSE」代表・今野晴貴氏に聞いた。

“楽にお金を稼ぎたい”と思う若者が増えている?

総務省が行なった「労働力調査 2023年(令和5年)」によると、25歳から34歳の世代で、「自分の都合のいい時間に働きたいから」という理由で非正規雇用の職に就いた人数が73万人となっており、10年前の2013年と比べて14万人増加したことがわかった。

安定性があり、賞与や福利厚生などメリットの多い正規雇用ではなく、なぜ若者たちはあえて非正規雇用を選ぶのか。

「近年は人手不足を理由に若者を定着させようと、残業がなく休暇も取りやすく、と労働環境を改善している“まともな企業”も増えています。しかし、依然として“ブラック企業”といわれるような過酷な労働を強いられる会社で正社員として働くケースも多く、社会問題となっています。特に人手不足が深刻な飲食業界では、過酷な労働環境は相変わらずです。

高学歴や縁故といったチャンスに恵まれた若者は労働環境が改善された、まともな企業の正社員となるケースが多いのですが、それ以外の若者たちは辛い環境のブラック企業の正社員ではなく、パートやアルバイトなどの非正規の職に流れていく傾向があります」

非正規雇用の若者が増加している理由について話すのは、労働・福祉政策について研究・提言する今野晴貴氏だ。

さらにこうした流れの背景には、若者の「働くこと」に対する意識の変化もあるという。

「現在の若者たちの根底には、『真面目にあくせく辛い思いをして働くことがバカバカしい』という価値観が強まっているのではないでしょうか。というのも、現在では若くして投機的ビジネスによって一攫千金を成し遂げる実業家がいたり、著名なYouTuberが広告収入などで短期間に何千万円という額を稼いだり、一般的な勤労とは次元の違う働き方で大金を得て成功している人たちがいます。SNSの発達によってそうした人々がより顕著に可視化された影響で、勤労に依拠しないで稼ぎたいという価値観が若者に根付いたのだと思います。

若者にとってこうした価値観は、労働条件の悪いブラックな環境では働かない、よい意思決定の面もありますが、働くことよりも楽して稼ぎたいという安易な考えが先行してしまっているという悪い面もあります。その悪い方向の延長線上に、お金ほしさに犯罪行為にまで手を染めてしまう、闇バイトの横行という社会問題があるとも考えられます」

自由を求めてバイトを始めたはずがいつの間にか…

25歳から34歳という年齢は自身の今後のキャリアを左右する大事な時期でもあるが、非正規雇用で働くことを選んだ若者たちのほとんどは、学校を卒業していきなり非正規雇用を選んだわけではないと今野氏は言う。

「最初は正社員として就職したものの、過酷な環境に心身ともに力尽きて退職し、非正規雇用に流れ着くというケースがよくある。

そして実は、そういったタイプの若者たちは、最終的には再び正規雇用での就職を目指すという人が多いのです。ちなみにそれは、『フリーター』という言葉が流行した1990年代に非正規雇用を選んだ当時の若者たちと傾向が似ており、同じようなキャリアをなぞっているとも言えるかもしれません」

非正規雇用を選んだ若者でも、やはりいずれは正社員に、という思いを抱く人が多いのはなぜか。それは、非正規雇用には自由気ままに働けるといったメリットがある一方、デメリットも感じるようになるからなのだろうか。

「非正規雇用のデメリットは費やした人生の時間が将来のキャリアに繋がりにくいことや、賃金が低いことなどさまざまあります。そのなかでも意外と盲点なのが、いつの間にかバイトリーダーのようなポジションを任せられて責任が重くなり、本来求めていた自由気ままな働き方ができなくなるということです。
 

業種によりまちまちですが、実際に人手不足だからといきなりシフトを増やされたり、バイトなのに正社員並みの労働を求められたりするケースはかなり多くあります。非正規雇用のイメージと実情は全く異なることも多々あるということには注意が必要でしょう」

たしかにそれでは本末転倒だが、これについてはデメリットというより、メリットがいつの間にか消失してしまったということだろう。

非正規雇用の若者が正社員での就職に再びチャレンジしようとする背景には、自由に働けるはずの「フリーター」を実際にやってみたら、勤務歴が長くなるにつれ実情が異なっていき、正規雇用の魅力に再び気付くということもあるのかもしれない。

 非正規雇用の“新しい働き方”はさらに多種多様に

では今後、若者の働き方や雇用はどのような変化が予想されるのだろうか。

「自由度が高く、ひとつひとつの案件をクリアしてゲーム感覚で働ける『UberEats』の配達員や、スキマ時間でバイトができるアプリ『Timee(タイミー)』が登場したときは、新しい働き方だと注目を集めましたが、そのように新しい非正規雇用の形態が今後ますます増えて多様化していくかもしれません。そして、新しい形態が生まれるたびに若い世代は改めて非正規雇用に注目するようになるでしょう。

ただし、非正規雇用は若いうちならのめりこめる働き方かもしれませんが、年齢を重ねると正規の職に就きづらくなったり、体力的にきつくなってきたりするというリスクももっと知らされる必要があります」

非正規雇用という選択が必ずしも悪いわけではない。だがしかし、目先の居心地のよさだけにとらわれていると、人生全体を俯瞰して見たときに後々に後悔する可能性は十分にある。多様性の時代とはいえ、耳障りのいい条件や待遇に目が眩むことは気をつけたいものだ。

取材・文/瑠璃光丸凪/A4studio 写真/shutterstock