2024年2月2日(金)より26日(月)まで開催される『猿若祭二月大歌舞伎』にて、中村鶴松が『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん) 野崎村』に出演する。鶴松がつとめるのは、ヒロインのお光だ。

お光は、野崎村で暮らす百姓の娘。許婚の久松と祝言を挙げることになり浮かれるが、久松は奉公先の油屋の娘・お染と深い関係になっていたことが明らかに。お染が野崎村まで追いかけてきた時、お光のとった行動は……。

「十八世中村勘三郎十三回忌追善」と銘をうたれた2月の歌舞伎座公演に向け、鶴松にインタビューをした。『野崎村』への意気込み、勘三郎のお光から感じたこととは?

■小学5年生で歌舞伎の世界へ 

ーー鶴松さんは、いわゆる「一般家庭」のご出身です。子役時代に勘三郎さんに才能を見いだされました。

小学校5年生の時に、勘三郎さんの部屋子として歌舞伎界に入りました。学業優先の時期もありました。高校3年生になり、ようやく大人の役がつく年齢に……という時期に勘三郎さんが亡くなられてしまって。いよいよこれからという時で、寂しかったのはもちろん、本当に苦しい思いもしました。色々な思いがありました。

それでも勘三郎さんの十三回忌に、勘三郎さんの部屋子である中村鶴松が、歌舞伎座という歌舞伎俳優の誰もが目指す劇場で主役をやらせていただく。しかも、中村屋が非常に大切にしてきてた、野崎村のお光。これは天国の勘三郎さんのおかげだと思っています。

中村鶴松

中村鶴松

ーー鶴松さんは、2021年にも歌舞伎座で物語の芯となる役(『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち) 豊志賀(とよしが)の死』の新吉)を経験されました。その翌年には自主公演『鶴明会』(浅草公会堂)を成功させ、2023年は根本宗子さんの作品(『くるみ割り人形外伝』KAAT大スタジオ)にも出演されています。さまざまな経験を重ね、歌舞伎座で古典の主役です。

そういったこれまでの経験が生きて……みたいな実感は、正直今はありません。10年後20年後ぐらいなんじゃないでしょうかね、何か実感を得られるのは。

プレッシャーも感じますし、僕は人一倍“緊張しい”なので、ひとりで稽古をしている時はスムーズにできたことも、人前に出ると途端に上手くいかなくなることが多々あります。そこはもう稽古ですよね。何回も何回も稽古して、七之助さんに見ていただき、やっていくしかありません。勘九郎さんや七之助さんもよく言っているんです、「プレッシャーを感じなくなったり、緊張しなくなったらもう役者は終わり」だって。

■ピュアで真っ白なお光を

ーー2月の『野崎村』では、鶴松さんがお光を勤め、許婚の久松役に中村七之助さん。恋のライバルとなるお染が中村児太郎さんです。

プレッシャーと、圧がすごいですよね(笑)。とはいっても、やはり心強いです。優太(児太郎)くんは過去に2回、七之助さんのお光で、お染を演じられています。その時と同じく、お光の義理の父・久作は、坂東彌十郎さんです。過去の映像で勉強させていただけるので、共演の皆さんがどのような芝居をされるのかを予習できます。歌舞伎の古典では、全体での合わせ稽古が3、4日しかありませんが、そうくるんだ! と直前に驚くようなことは少ないと思います。

ーー鶴松さんがお光を、と聞いた時、ぴったりだと思いました。鶴松さんご自身は、どう思われたのでしょうか。

先ほど別の取材でも言われました! 七之助さんが推してくださったのも、多分僕にあうと考えてくださったからですよね。でも、自分では思いもしませんでしたし、自分が手をつけてはいけない領域にある役だと思っていました。もっといろいろな女方の役を経験した上で、初めてやる役だと思ったから。だから、釣り経験がない人がマグロを釣りに行く、みたいな。いま僕、マグロのこと分からないで例えていますけど(笑)。

『新版歌祭文 野崎村』久作娘お光=中村鶴松      撮影:篠山紀信

『新版歌祭文 野崎村』久作娘お光=中村鶴松      撮影:篠山紀信

ーー(笑)。やることが多くて大変な役、という意味でしょうか?

それもあります。そして歌舞伎のいろんな要素が詰め込まれています。義太夫狂言で娘役、娘役の中でも田舎っぽさも出さなくてはいけない。お染よりもお光の方がピュアで真っ白。男性を知らない、何も知らない雰囲気も。また、日本舞踊をやっていなくてはできない動きもあります。

それでいて、主役としては意外と台詞が少ない。だから短いセリフと動きや仕草で空気感を作らないといけません。後半のお光の選択って、普通の感覚なら思いもしないこと。でも、こんなお光ならば、それが最善の選択だったのだろう、と説得力のあるお光をお見せできなくてはいけません。

僕は古典の義太夫狂言もほとんど経験がありませんでした。こんなにもいろいろなことを考えながらやらなければいけないのかと痛感しています。

■勘三郎さんのお光が一番好きなので

ーー勘三郎さんのお光を映像で何度もご覧になったそうですね。

勘三郎さんのお光が好きなので、少しでも近づけたらという気持ちで稽古をしています。すべてが素晴らしいのですが、あらゆる動きが勘三郎さんの体に染みついて、何をしても“お光っちゃん”なんですよね。勘三郎さんが初演されたのは、今の僕と変わらない年齢の頃でした。だから素の初々しさもお光にぴったりで。

中村鶴松

中村鶴松

それから、勘三郎さんの初演の映像を見て「ものすごく稽古をされたんだろうな」と思ったんです。決して悪い意味ではなく、お客さんがそれを感じることはまずないと思います。僕自身がお光の稽古をした上で、完璧な勘三郎さんのお光を見たから、ということです。勘三郎さんがいかに難しいことを、いかに自然にやられているか。稽古なしにできることではないと、少し前なら分からなかったかもしれません。勘三郎さんは、きっと毎日お光がやっていたように、お光として大根を切ってたんだろうな。日常生活でお辞儀する時、多分ちょっと(身体を傾けて)こうやったりしてたんだろうなって。

昼の部『新版歌祭文 野崎村』久作娘お光=中村鶴松 /(C)松竹

昼の部『新版歌祭文 野崎村』久作娘お光=中村鶴松 /(C)松竹

『身替座禅』という作品で、山蔭右京が花道でちょっと“おこつく(つまずくような、よろけるような動き)”のですが、勘三郎さんは「十七代目がやるのをみて何千回、何万回と稽古したんだよ」と話していました。その動きを稽古場ではないところでも練習されていました。酔っ払った時には、酔った芝居の稽古をしていたとも聞いています。だから、こんなにもすべてがお光なんだなと。
ーー『猿若祭二月大歌舞伎』では、勘三郎さんとゆかりの深い方々が多く出演されます。

僕は『野崎村』の他、『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』、『猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)』にも出させていただきます。演目を見てみると、古典が並んでいて、十八代目の勘三郎さんを表すような公演だなと思いました。

勘三郎さんは、新しい客層を歌舞伎に取り込んだ方で、新作歌舞伎のイメージを持たれている方もいらっしゃるかと思います。でも勘三郎さんが、そうやって取り込んだお客さんに一番見せたかったのは、今回みていただけるような歌舞伎だったんじゃないかな、という気がします。

ーー十三回忌追善興行は今年1年続きます。まずは2月、そしてこの1年のご活躍を楽しみにしています。

今回このようにたくさんの取材をしていただいて、自分で自分にプレッシャーかけまくることになっているんですよね? どうしよう(笑)。でも一所懸命勤めます。その第一歩の『野崎村』を成功させ、自分の自信にしていきたいです! 

中村鶴松

中村鶴松

取材・文・撮影=塚田史香