2024年の大学野球は「北東北の雄」が覇権を握るかもしれない。

 2023年の大学選手権、明治神宮大会でいずれも青山学院大に敗れたものの、全国ベスト4と存在感を示したのが富士大だった。青山学院大の新主将になった佐々木泰は、「戦っていて富士大が一番手強かったです」と振り返る。

 しかも、昨季の主力のほとんどが3年生であり、大学日本代表に選ばれてもおかしくない逸材を何人も抱えている。富士大は間違いなく、今年の大学球界で見逃せない有力チームなのだ。


社会人野球の名門・Hondaを勇退後、富士大に進学した高山遼太郎 photo by Kikuchi Takahiro

【社会人野球から大学野球へ】

 2月21日、岩手県花巻市の富士大スポーツセンター(屋内練習場)で打撃練習を眺めていると、見覚えのない強打者に目が留まった。今年の富士大は左打者なら麦谷祐介(新4年/中堅手/大崎中央)、佐々木大輔(新4年/遊撃手/一関学院)、赤瀬健心(新2年/右翼手/下関国際)、右打者なら渡邉悠斗(新4年/一塁手兼捕手/堀越)、坂本達也(新4年/捕手/博多工)といった注目選手がいる。

 だが、その強打者は上記の誰にも該当しなかった。そばにいた部員に「あのバッターは誰ですか?」と尋ねると、「高山さんです」という答えが返ってきた。

 その選手は2年生にもかかわらず、上級生を含めチーム内の全選手から「高山さん」と呼ばれている。高山遼太郎。健大高崎では高校通算47本塁打を放ち、社会人の名門・Hondaで4年間プレー。社会人を勇退後に富士大に進学した変わり種だ。

 なぜ富士大に進学したのかといえば、「教員免許の取得」が大きな目的だったと高山は語る。

「Hondaの最後の1年はほとんど試合にも出ていなかったので、(戦力構想外になるのは)覚悟していました。将来どうしようかなと考えた時、『体が動くうちは野球をしてプロを目指したい』という思いと、『教員免許をとりたい』という思いがありました」

 高校時代のコーチだった沼田雄輝氏が現在は富士大でコーチをしている縁から、富士大への進学はとんとん拍子にまとまった。

 1年生だった昨年は規定のため公式戦出場はできなかったが、2024年度から解禁。今のところ二塁手か指名打者での起用が有力視されている。昨年は練習や紅白戦で技術を磨くなかで、近年にない手応えを得たという。

「社会人ではヒットを狙って上から叩くような打ち方になっていたのが、富士大で安田(慎太郎)監督からボールに対してタテにバットを入れる打ち方を教わって、いい感じにフィットしてきました。ウエイトトレーニングにも力を入れている大学なので、筋力も上がっています」

 年下だらけの環境にも、「みんな敬意を払ってくれるし、野球に対する意識が高いので『負けてられないな』と思います」とすっかりなじんでいる。高山の加入で、富士大打線はますます厚みを増しそうだ。

【ケガなく野球を続けてほしい】

 投手陣では、今年のドラフト上位候補に挙がる左腕・佐藤柳之介(東陵)が大黒柱になる。好球質のストレートとカーブなど精度の高い変化球、正確なコントロールを武器にする「勝てる左腕」だ。

 しかし、昨秋の明治神宮大会準決勝の青山学院大戦で佐藤は登板を回避している。3安打完封勝利を挙げた上武大戦から中2日空いており、1点を争うクロスゲームにもかかわらずリリーフ登板すらなかった。

 後日、佐藤に聞いてみると、「同点になったら投げさせてくださいと安田監督に直訴したのですが、却下されました」と苦笑交じりに明かした。あらためて安田監督に聞くと、「1ミリも投げさせるつもりはありませんでした」と断言した。

「試合前から言っていました。投げるとすれば決勝戦で、それも当日のコンディションがよければ。誰かを壊してでも日本一になりたいとは思わないですし、選手にはケガなく上(プロ)で野球をやってもらいたいですから」

 他大学の監督からは「なんで佐藤を投げさせないんだ」「理解できない」という声が寄せられたという。それでも、安田監督は信念を曲げなかった。

「選手は『自分はケガしない』と思っているんですよ。でも、ケガしてからでは遅いんです。プロに行きたいからウチに来ている選手もいるので、一時の感情で目的を見失って取り返しのつかないことにならないようにしてやりたいんです」

 安田監督の方針の根底には、自身のプレーヤー時代の経験がある。東北学院大では岸孝之(楽天)と同期で、4年春には主砲として東北福祉大を破って大学選手権に出場した。大学卒業後はNPB入りを目指してクラブチームや国内外の独立リーグ球団を渡り歩いた。

 安田監督は言う。

「僕自身がダメだったので、選手に託している部分は大いにあると思います。その思いは勝つこと、日本一になることよりも大きいですね」

【安田監督に見出された無名の逸材たち】

 2020年夏に富士大の監督になり、初めて自分でスカウトしたのが今年の4年生だった。ドラフト候補であり、チームの切り込み隊長である麦谷は「自分たちは安田さんがとってきた1期生なので、その分『日本一にしたい』という熱が高いです」と語る。

 佐藤、麦谷、佐々木、坂本あたりは有力なドラフト候補になるだろう。だが、どの選手も高校時代から華々しいスポットライトを浴びてきたわけではない。大学屈指の守備力を誇る捕手の坂本など、一度は高校で野球をやめる意思を固めていたほどだ。

「就活を始めるつもりだったんですけど、安田さんから何度も声をかけてもらえて。コロナ禍で甲子園がなくなって、不完全燃焼だったというのもあって、大学で野球を続けることにしました」(坂本)

 強打の遊撃手として注目される佐々木にしても高校時代は外野手で、飛び抜けた長打力があったわけではない。

「高校時代に打ったホームランは通算8本くらいです。大学に来て打ち方を教わって、ウエイトをして体が大きくなってから打球が変わりました」(佐々木)

 安田監督に見出された「無印良品」が岩手の地で力を蓄え、結実の時を迎えようとしている。「誰かを壊してまで日本一になりたくない」という安田監督であっても、「今年がひとつの集大成」という思いは強い。

「投手陣がどれだけ成長できるかがカギになります。佐藤以外にも安徳駿(新4年/久留米商)が去年より成長していますし、角田楓斗(新2年/東奥義塾)、長島幸佑(新4年/佐野日大)も力があります。あとは新1年生の細野龍之介(札幌新陽)も戦力になるかもしれません」

 もちろん、全国大会に出るには北東北大学リーグを勝ち抜かなければならない。昨秋のリーグ王者である八戸学院大(東北地区代表決定戦で勝利した富士大が明治神宮大会に出場)をはじめ、青森大、ノースアジア大、青森中央学院大など、実力派からくせ者までライバルたちが牙をむいてくる。

 まずは6月の大学選手権に富士大が駒を進められるのか。北のタレント軍団に今から注目して損はないはずだ。

著者:菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro