4月14日、牡馬クラシック第一弾の皐月賞(GⅠ、中山・芝2000m)が行なわれ、単勝2番人気のジャスティンミラノ(栗東・友道康夫厩舎)が、7番人気のコスモキュランダ(美浦・加藤士津八厩舎)の猛追を抑えて優勝。デビュー3戦目にして、無敗で一冠目を手にした。

 積極的にレースを進めた3番人気のジャンタルマンタル(栗東・高野友和厩舎)は粘り込んで3着。牝馬ながら1番人気に推されたレガレイラ(美浦・木村哲也厩舎)はよく追い込んだものの6着に敗れ、凱旋門賞馬ソットサス(Sottsass)の全弟として話題になった5番人気のシンエンペラー(栗東・矢作芳人厩舎)は伸び切れず5着に終わった。

 勝負の女神、競馬の神様は、時として度が過ぎた悪戯をすることがある。

 2009年のNHKマイルカップ(ジョーカプチーノ)、昨年のマイルチャンピオンシップ(ナミュール)とGⅠレースを2勝し、JRA通算勝利数『803』を記録していた藤岡康太騎手が事故に遭ったのは4月6日の阪神競馬・第7レースのことだった。第3コーナーで騎乗馬が前の馬に接触して落馬した同騎手は意識不明のまま救急搬送されたが、治療の甲斐なく意識が戻ることはなく、10日夜に息を引き取った。

 その4日前、フリーになってから友道厩舎で日々の調教を手伝うようになった藤岡康太騎手。普段からたびたび調教で騎乗しており、今回の皐月賞を迎えるにあたっても1週前追い切りで手綱を取っていたジャスティンミラノが皐月賞を制覇するシーンを見ずに彼は逝ってしまった。
  レースは激烈なものとなった。前日までは週中の雨の影響が残ったか、「良」発表とはいえ、かなりタフで時計のかかる馬場状態だった。しかし当日は好天で気温が上がったこともあり、いわゆる「高速馬場」へと一変。ちなみに最終レース(L、芝1200m)の勝ち時計は1分07秒1と、あのロードカナロアが2012年のスプリンターズステークス(GⅠ、中山・芝1200m)で記録したコースレコード(1分06秒7)に0秒4差に迫るほど、スピードが出る速さだった。

 それを踏まえたうえで、少々ハイペースになっても、後方の馬もなし崩しに脚を使わされるため後方からの追い込みは利きづらく、逆に前へ付けた馬が残りがちになるのがセオリーだ。逃げ・先行馬が顔を揃えた今年のレースでも、その馬場傾向を掴んで前へポジションを取りにいくことが勝利へのマストとなっていた。 ゲートに集まって輪乗りをしていた最中に、ダノンデサイル(栗東・安田翔伍厩舎)が右前肢跛行のために競走除外となるトラブルを経て迎えたスタート。思い切ったダッシュをかけて先頭を奪ったのは、前走の毎日杯(GⅢ、阪神・芝1800m)で後続に6馬身差を付けて逃げ切った4番人気のメイショウタバル(栗東・石橋守厩舎)。好スタートを切った3番人気のジャンタルマンタルも果敢にポジションを取りにいって3番手に付け、それを前に見る4〜5番手をジャスティンミラノが追走。シンエンペラーは中団の後ろ目を、スタートに難があるレガレイラは後方の14〜15番手から進んだ。

 メイショウタバルは後続との差をぐんぐん広げて大逃げのスタイルになり、彼が刻んだ1000mの通過ラップがターフビジョンと実況中継の音声で伝えられた瞬間、スタンドが大きくどよめく。「57秒5」。“超”の字がつくハイペースだ。それでも、2番手以降を追走する先行勢は徐々に前との差を詰めながら最終コーナーを回り、最後の直線へと向く。

 さすがに暴走気味に飛ばして逃げバテたメイショウタバルの脚が上がると、それを坂下で交わして先頭に躍り出たのはジャンタルマンタル。一気に後続との差を広げて、一時は3〜4馬身の差を付けた。しかし、そこへ馬場の外目から急襲したのは、4枠8番をマークするような位置から伸びたジャスティンミラノと、中団から切れ味を発揮したコスモキュランダだった。

 栄光の頂に向かってジャンタルマンタルは粘るが、早めに仕掛けた負担が終いに堪えて脚色が鈍ったため、最後はジャスティンミラノとコスモキュランダの2頭の激烈な叩き合いとなり、前目でレースを進めていたジャスティンミラノがクビ差で抑え切ってゴール。走破タイムの1分57秒1は、従前の記録を0秒7も更新する驚異的なコースレコードだった。
  追い切り後の共同会見で、「何とか皐月賞馬として、ダービーへ向かいたい」と語っていた友道調教師。現役屈指の腕利きのダービー3勝トレーナーは、枠場に帰ってきた愛馬を迎える際、調教で何度も手綱をとっていた藤岡康太騎手を偲んで、まわりを憚ることなく涙を流し、「1週前の追い切りのあと、『今日の時点では、最高の追い切りになりました』と言ってくれたのが、彼と最後に交わした言葉になりました。いつもは馬の名前を呼ぶんですが、今日は『康太! 康太!』と叫んでいました。この勝利は彼のおかげだと思っています」と、声を詰まらせていた。

 また殊勲の戸崎圭太騎手も、「いつも調教の内容や手応え、成長した部分など、細かく伝えてくれていました。終いの苦しいところでも馬が頑張ってくれたのは、康太が後押ししてくれたからだと思います」と、享年35歳という若さで亡くなった後輩への感謝を表した。 今年の3歳世代で、特に活躍馬が目立つキズナ産駒のジャスティンミラノ。父が日本ダービー馬、母の父エクシードアンドエクセル(Exceed And Excel)は豪州のチャンピオンサイアーと、血統的にダービー(2400m)への距離延長は問題ない。また、ハイペースでも前目に付けられ、なおかつ良い脚が長く使えるのもストロングポイント。筆者は現時点で、無敗の二冠馬の誕生に『当確』の印を打ちたいと思うほどだ。

 マカヒキ(16年)、ワグネリアン(18年)、ドウデュース(22年)で日本ダービーを3度制している友道調教師がもし、4度目の勝利を引き寄せると、日本競馬史上最高の調教師とされることから「大尾形」と呼ばれる尾形藤吉の8勝に続き、歴代勝利数で単独2位となる。そして、馬房数の制限が無い時代に残した尾形の記録に関するアドバンテージを差し引くと、激烈な競争環境のなかで友道調教師が刻んできた数字は驚異的なものだと筆者は考えている。

 7番人気ながら2着に突っ込んできたコスモキュランダは、前走の弥生賞(GⅡ、中山・芝2000m)でシンエンペラーを抑えて勝利しており、鞍上に「マジックマン」こと名手ジョアン・モレイラ騎手を招いたわりに注目度が低すぎた感がある。

 本馬の父は皐月賞、大阪杯と芝のGⅠを2勝しているアルアイン(父ディープインパクト)で、母ドバイマジェスティは米GⅠブリーダーズカップ・フィリー&メアスプリントを制した良血である。2000mがジャストフィットの予感があるが、2021年の日本ダービー馬シャフリヤールはアルアインの全弟であり、意外と距離の融通性も持ち合わせているかもしれない。

 プレビュー記事で『主軸』に指名したジャンタルマンタルは、手綱を取る川田将雅騎手の馬場読みの的確さと、それに沿ったプランの遂行技術の高さというサポートを得て、いったんは「やったか!」と思わせる見せ場を作っての3着。勝ち馬とはクビ+1/2身の0秒1差に粘り込み、2歳チャンピオンに輝いた能力の高さをあらためて示したと言えるだろう。

 まだ次走の予定は発表されていないが、本質的にはマイラーであるという筆者の見方は変わらない。日本ダービーに進めば評価を下げざるを得ないが、NHKマイルカップ(GⅠ、東京・芝1600m=5月5日)を狙うなら確勝級だと考えている。
  最後に1番人気に推されたレガレイラについて触れておくと、「牝馬だから」というよりも、大方が後方からのレースを余儀なくされたことに加え、当日の高速馬場だと勝負は苦しかった。厳しい言い方をすると、話題性が人気にすり替わったケースだと言わざるを得ない。

 また、本馬が勝てば「1948年のヒデヒカリ以来、76年ぶりの牝馬による制覇」と喧伝されたわけだが、当時は日本が太平洋戦争に敗れた1945年からまだ3年しか経っておらず、競走馬生産の数もレベルも著しく低落していた時期のこと。馬の能力自体が玉石混交で、牡牝の差もそれほど大きなものであったとは考えづらく、ヒデヒカリが例えば07年のダービー馬であるウオッカ、GⅠ7勝の名牝ジェンティルドンナ級の競走能力を持っていたとは言えない。記録であることは間違いないが、そうした時代背景に気を配る必要はあるだろう。

 ただし、レガレイラのチャレンジを否定するわけではない。馬体のみならず、スタートの悪さも含めて成長途上にあることは間違いない。将来的に再び、混合GⅠで牡馬と互角以上の勝負ができる馬に育ってくることを期待したいと思っている。

取材・文●三好達彦

【動画】コースレコードを更新する超高速決着!! ジャスティンミラノが皐月賞を制す!
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