本欄はもともと「プログラマー経営学」というタイトルの連載だった。
最近、AIの進歩が早過ぎて経営というものから少し遠ざかっていたためこの「経営学」という論点が少なくなっていた。

もともとは「プログラミングと経営は似たようなものである」という話が本欄のテーマであり、いろいろな例を挙げて「プログラミングの経営の類似性」を指摘してきたつもりだ。

しかし時代は流れ、「プログラミング」が意味するところが大きく変わりつつある。そう、AIによってだ。

筆者はAIの研究家として、幼少の頃から幾度もAIのプログラミングをしてきた。筆者が子供の頃のAIは、お世辞にも実用的とはいえなかった。ただ、その可能性に心をときめかせて、折々でニューラルネットや人工無能(今でいうチャットボット)を作ってきた。

これが急激に実用的な色を帯びてきたのは2000年代に入ってからで、たとえば手描き文字認識は比較的に高性能になった。
2013年には、手書き文字認識エンジンを使った独自設計のOSを搭載したタブレットを開発した。この時はフランス製の手描き文字認識エンジンを使った。というのも、筆者の興味は「AIそのものを作り出す」ことよりもむしろ「AIの面白い使い方を考える」ことにあったからだ。

この「最先端の部品を作り出すこと」よりも「最先端の部品をどう使うか考える」ことに興味があるという点は、筆者の一貫した生き方である。

コンピュータアーキテクチャを作り出すよりも、コンピュータアーキテクチャによってどのような体験が作れるか、考え方がどう変化するか、ということにより興味があるのだ。

そうした「部品」としてみると、AIが本当に実用的になったのは段階的に2000年代の手描き文字認識、2012年以降の画像認識、2016年以降の深層強化学習、そして2020年以降の生成AIとなっていく。

この連載が始まったのはたしかもう十何年も前だから、この連載の途中でどんどん部品としてのAIが進歩していったことになる。

その過程で、いくつか思考実験として「経営するAI」というテーマを扱ってきた。
たとえば、「深層強化学習」が出たときには「不確実性のある状況で最適な経営判断をするAI」を作るためには「経営シミュレータ」を作って深層強化学習問題として解かせるなどのアイデアを提言した。

しかし、実際の経営の現場を回しながらそうした実験をするのは、当時の筆者には荷が重過ぎた。アイデアはあっても、それを実現するための時間とリソースがなかった。

筆者は経営の最前線を離れてもうすぐ三年となる。
今年に入って新たにスタートした「FreeAI株式会社(https://free-ai.ltd)」は、筆者が初めて作った「AIが社長の会社」である。

この場合のAIは、まず「ハードウェア」を指す。AIスーパーコンピュータである「継之助(つぎのすけ)」は、実際にはただの小規模なスパコンに過ぎない。

しかしスタートアップの会社の持つ根源的な価値が社長自身の能力であるのと同じように、「継之助」はその能力に特徴がある。日本国内では保有する企業や研究所が極めて限られるNVIDIAの部品を最低限備えている。

ただ、これだけではただの機械に過ぎない。
継之助は、GPU1枚単位、週単位での貸し出しもやっているが、あくまでもそれは「計算資源があいてるとき」のアルバイトのようなものだ。

本当の価値は継之助によって生み出される独自のAIだ。
いまやAIは、「大企業によって学習された」部品だけではなく、「自らの必要性に応じて独自に学習させた」部品に変貌を遂げているのである。

一般に生成AIは学習に膨大な計算資源が必要だったが、日々新しい技術革新が行われており、学習に必要な計算規模も日に日に下がっていっている。

ここはいずれそう遠くない未来にもっと手軽なものになるだろうと考えている。

次に必要なのは、データを作ることだ。
経営するAIを作る前に、まず「経営分析」をするAI、そして「経営指導」をするAIを開発する必要がある。

「経営分析」とは、会社の財務状況や外部環境などから会社の経営課題を見つけるAIだ。
これは既存のChatGPTやClaude-3をある程度活用することで作ることできる。なぜならば、公開企業の決算短信とその分析というのは、どちらも公開情報が多く、ChatGPTやClaude-3でも学習するデータセットが豊富にインターネット上にあるからだ。

たとえばnote株式会社の2023年11月期の決算短信をClaude-3に分析させてみよう。

以下のような結果が出てくる。

note株式会社の2023年11月期の決算短信を分析した結果、以下のような財務状況と経営課題が見られます。

財務状況:

売上高は前期比19.9%増の27.7億円と成長したが、営業損失3.8億円、当期純損失4.1億円と赤字が継続している。ただし、損失幅は前期から縮小した。
自己資本比率は47.1%と前期の55.0%から低下したが、まだ比較的高い水準を維持している。
営業キャッシュ・フローは前期より赤字幅が縮小したが、3.4億円のマイナスとなっている。
経営課題:

収益性の改善が急務である。人材採用やプロダクト開発への投資により、費用が先行した結果、赤字が継続しているため、投資を継続しつつ、売上の更なる拡大や費用効率の改善により、損益分岐点を早期に超えることが求められる。

主力サービス「note」の一層の成長が必要である。有料会員数の拡大、クリエイターの創作活動の活性化、ユーザーエンゲージメントの向上などにより、より強固な収益基盤を構築することが重要課題と考えられる。

新規事業の育成により、中長期的な成長を図ることも課題と言える。「note」に次ぐ収益の柱を作り、事業ポートフォリオを充実させることが、持続的成長のために不可欠である。

総じて、事業成長は続いているが、収益化のステージに至っていないのが現状である。プラットフォーマーとしての優位性を強化し、収益力を高めていくことが、中長期的な企業価値向上のカギを握ると考えられる。

人間のアナリストでもこれ以上細かい経営分析をするのは難しいだろう。あまり細かくしすぎると元の文章にもどるだけになってしまう。

決算短信からわかるのは、「売上・利益などの推移」「自社による事業の分析」「自社が把握している経営課題」だけだからだ。こうした分析には、当然、「自社が把握していない市場環境の変化」は含まれない。したがって、ただしく経営分析するためには、同業他社の決算短信や実際に使っているユーザーの状況、それらを総合したユーザーおよび潜在ユーザーの「肌感覚」といった情報が必要になる。

「経営指導」するAIは、単に財務諸表を分析するだけでは不十分で、もっと重要なことを提案(指導)する必要がある。
たとえば、キャッシュフロー対策だとか、これから先に備えるべき市場環境の変化の予兆を察知するとか、技術系企業なら技術経営者の適性の評価だとか、そもそもその人が正しく技術の動向をつかめているかどうかの評価とか、人材施作などといったことだ。

これは基本的に門外不出の情報なのでそう簡単には出てこない。
書籍になっているものはほぼ存在せず、インタビューなどを参照しても肝心のところはぼかされていてわからないようになっている。

つまり経営指導AIを作るためには、経営ノウハウそのものを体系化し、独自のデータセットを作るしかない。
そうすれば自律的に経営するか、少なくとも経営ノウハウを持つAIを作ることができるはずである。

そこでFreeAIでは、経験豊富な経営者によるAIのためのセミナーを開始することにした。
目的はAIに経営の要諦を教えることなので本来は無観客でも問題ないが、講義の質を高めるため、一般の(人間の)聴講者も若干名募集することになった。

詳細はこちら(https://www.free-ai.ltd/post/ai-management-202404)