第34回「南方熊楠賞」(田辺市、南方熊楠顕彰会主催)の授賞式が11日、和歌山県田辺市新屋敷町の紀南文化会館であった。受賞した奈良女子大学名誉教授の松岡悦子さん(70)は「『知の巨人』の名前を冠した賞を頂けるとは想像もしていなかったが、私の過去の業績に対してではなく、未来の大きな課題を見据えてのものだと捉えている」と心境を語った。
 松岡さんは妊娠・出産について、民俗学や文化人類学の立場から研究してきた。この日は式典後に記念講演があり、「妊娠・出産でつながる人と社会」と題して話した。
 松岡さんが妊娠・出産を研究テーマに据えたのは、1980年に第1子を妊娠・出産したことがきっかけ。「女性の体にとって、病院で産むことだけがいいことなのか」という疑問を持ち、第1子は助産所で、第2、3子は自宅で出産したという。また、アジアやヨーロッパで現地調査を重ね、さまざまな分野の研究誌に論文を発表してきた。
 出産の在り方は、時代や社会とともに変化する。例えばバングラデシュのある村では、1990年代にはほぼ100%が自宅出産で、伝統的な産婆のような人が介助していた。
 しかし、近代化するにつれて病院での出産が増加。2021年に同じ地域を調査したときは、6割超が医師の介助で産んでいた。同時に、不必要な帝王切開が増えていると指摘し「病院での分娩(ぶんべん)が母子の死亡率を下げるとして国の目標になっているが、近代化政策の中で女性の体が犠牲になっているのではないか」と問題提起した。
 現在の日本では、助産所や自宅での出産は1%にも満たない。ただ、それは女性が自由に選んだ結果ではなく、望んでも選択できない現状があると説明。「個人の選択の自由を保障するのは民主主義の基本。産んで良かった、産みたいと思えるような社会であってほしい。その人にとって幸せな出産だったと思えるような経験をしてほしい」と締めくくった。

 熊楠賞は、世界的な博物学者で後半生を田辺市で過ごした南方熊楠(1867〜1941)にちなみ、民俗学や博物学で業績のある研究者に贈る。受賞は松岡さんで37人目。