人生100年時代を最後まで健(すこ)やかに過ごすためには、社会的孤立を避けなければならない。高齢者にはそんな“強迫観念”が襲いかかる。だが現実的に、人付き合いほど煩(わずら)わしいものはない。ならば……。メンタルの安寧をもたらす、実録「エアプランツ」の勧め。【松田美智子/作家】

 ***

 子育てはとうに終わり、孫の世話も一段落した頃、これからは自分が楽しむために時間を使いたい、と考えるようになった。

 では、実際になにをするのか。高齢者と呼ばれる世代への提言は多い。例えば、孤独に陥らないように地域の活動に参加したり、趣味のサークルに加入したりして、仲間を作る。人とコミュニケーションを取り続けることは、認知症の予防にもなるという。

 また、なによりも健康が大事なので、1日8千から1万歩を目標に歩く。自宅でも、さまざまなストレッチ運動をして、体の柔軟性を保つ。足腰を鍛えるには階段の上り下りも有効だ。思わぬ転倒を防げる。

 もちろん、食事の内容にも気を付けなくてはいけない。まずは高齢者が控えた方がいいもの、積極的に食べるべき食品のリストを頭に入れておく。適度な糖質制限も必要で、食事の順番も、血糖値を上げないよう最初に野菜を食べた方がいいとか、いや、筋力、活力が衰えたフレイルにならないように肉や魚などのタンパク質を優先すべしとか、諸説あって悩ましい。さらには、食品添加物にも注意が必要だ。発がん性物質が含まれていれば、健康を損なう危険性があるからだ。

犬や猫を飼うという選択肢はなかったが…

 時間に余裕はあるものの、高齢者がやるべきことは実に多い。これらの提言を実践すれば健康が保てるのだろうし、もはや死なないような気さえしてくる。

 ただ、私が一番に望んでいるのは、メンタル面の安寧であり、日常に楽しみを見つけたいのだ。できれば、何かを育てて愛でたいが、犬や猫を飼うという選択肢は最初からなかった。

 住宅事情からして許されないし、たとえ許されたとしても、自分の年齢を考えれば、最後まで世話ができるかどうか心もとない。

 そこで思い付いたのが植物を育てる園芸だった。園芸なら、人の手を借りなくても済むし、常緑のもの以外に、落葉するものなど種類を集めれば春夏秋冬の移ろいを感じられるだろう。

初期費用はたったの770円

 問題は草木を育てる庭がなく、プランターや鉢を置ける広いベランダもないことである。小鉢なら室内にいくつか置けるが、土の匂いがしたり、虫が湧いたりする事態は避けたい。土が必要なく、虫の心配も無用な植物はないだろうか。

 ありました。学名はティランジア、俗にいうエアプランツだ。

 水やりがいらず、放っておいても勝手に育つといわれているあれです。

 エアプランツは熱帯アメリカを中心に広く分布し、原種だけでも600種類を超える植物で、ふわりと軽いものが多く、場所もとらない。鉢植えの植物と違って、植え替えも必要ないので、園芸初心者には誠に都合が良い植物なのだ。

 しかも、園芸店やホームセンターだけでなく、100円ショップでも手に入る。100均なら、5種類買っても550円の出費なので、懐にも優しい。

 私が最初に手に入れたのは、ハリシーとイオナンタという2種類のエアプランツだった。ダイソーでは、330円の大きなサイズも売られていたので、そちらのサイズを選んだ。初心者にはある程度育った個体の方が失敗が少ないだろうと思ったからだ。

 初期費用は霧吹きを含めて770円。水は必要ないとされているものの、葉を湿らすための霧吹きくらいは必要だろうと考えてそろえたのだが、のちに自分があまりに無知であったことを痛感することになる。

なぜ2カ月で異変が?

 私はまず、2株のエアプランツをおしゃれなガラスの器に載せて、デスクトップパソコンの側に置いた。ふさふさした緑の葉がかわいらしく、目にするたびに気持ちが和んだ。

 霧吹きをするのは気が向いたときで、週に2度くらい。とにかく手間が掛からないので、もっと種類を増やそうと考えていたのだから、のんきなものだった。

 さて、ハリシーとイオナンタはどうなったのか。

 結果を言うと、育つどころか、2カ月後には葉先が枯れ、全体的に萎びてきた。

 一体全体、何がいけなかったのだろう。

 そこで、エアプランツに関する書籍を読みあさったところ、水が必要ないのは、熱帯雨林など自生地に限られたことで、むしろ水が好きな植物だと分かった。水は根からではなく、主に葉から吸収するため、霧吹きは欠かせない。また、光合成のためには窓辺などの柔らかな陽が差し込む場所に置くのがいい、ともあった。

 どの条件も満たしていなかったのだから、萎びてくるのも当然だ。さらには、水やり後に株が蒸れるのを防ぐため、風通しがいいことも生育条件だった。

 生きている植物である以上、生育には水、光、風が必要なのに、基本的なことを無視していたのである。

エアプランツ好きの楽園

 反省しつつもエアプランツを育てること2年。その間、知識を深めるためには、書籍だけでなく、熱帯植物栽培家の杉山拓巳氏がYouTubeで発信する情報も役立った。

 杉山氏はエアプランツを中心として多種多様な熱帯植物を栽培し、テレビ、ラジオ、雑誌などさまざまな媒体で情報発信している人気の園芸家である。なにより、植物を擬人化することで初心者にも分かりやすく解説してくれるので、私もファンになった。

 そこで今回、杉山氏にお願いし、愛知県内にある農園を取材させていただいた。

 そこはエアプランツ好きには楽園のような場所だった。ご本人も正確には分からないという数の株がネットの上にずらりと並び、見たことがない種類も多い。なかには、信じられないほど大きく育った株もある。

「育てる人を感動させる」

 まず、氏にエアプランツの魅力について尋ねた。

「空中でも育つことと、花が咲くことです。これまでは、植物の鉢を棚に置くとか床に置くとかが基本でしたが、エアプランツは土がなくていいから、壁に掛ける、吊るすなど、新たな空間を使うことができます。空中で育っていく植物というのはやはり魅力的だと思うんですよ」

 花が咲くことについては、見た人が少ないせいか、あまり知られていない。農園で目撃した花の色は、赤、ピンク、紫、青など意外なほど鮮やかだった。

「緑とか白っぽい株で育ってきても、成熟すると真っ赤に染まって花を咲かせる。葉の色を変えたり、(茎から花までの)花序をグググッと伸ばすのはものすごく体力が必要なことなんです。その過程を見ていると、ああ、頑張ってるな、生きているんだなぁ、って実感できるんですよ。育てる人を感動させる。花が終わった後は枯れていくんですけど」

 花が咲くのはうれしいが、枯れてしまうのは寂しい。

「でも、枯れたあとには、子株ができてクランプ(群生)状になり、次の世代に移って、そこからまた育つことを繰り返します」

「コントロールできる」

 さらに特徴的なのは、エアプランツが着生植物だということだ。熱帯の自生地では、樹木やサボテン、岩、時には電線などの人工物にまで着生して育つ。

「エアプランツは元々樹木の上とか高いところで育っているから、厳しい環境に耐えている植物だし、耐えうる力がある植物なんです。好みの株を育てて、ぜひ、最後に花を咲かせる美しさ、親株が枯れていくはかなさを味わってほしいですね。高齢の方にも扱っていただきたい植物です」

 ただし、花を咲かせるためには、それなりの努力が必要である。水、光、風の管理に加え、適度に肥料を与えることも重要だ。

「肥料は大事ですが、与え過ぎるのも良くない。液肥(えきひ)を通常の倍くらい薄くして与えるといいです」

 エアプランツの着生植物という性質を利用して、流木やコルク、カクタススケルトン(サボテンの骨)に着生させる人も多い。私もワイヤーを使い、流木への着生を試みたが、かなりの数枯らしてしまった。かわいいがあまり、水をやり過ぎてしまったのだ。成功したのは、コルク付けだった。

「どれが自分の植物にとって正しいのかを見つけるまで、失敗は必ず起こります。失敗した理由が分かれば次のステップに行ける。植物はコントロールできるし、言い方を変えれば、自分がやった分しか育たない」

キング・オブ・エアプランツ

 植木鉢で育つ草木と違い、エアプランツの成長はゆるやかだ。けれど、100円ショップで買ったエアプランツにピンク色の花が咲いたときには感激したし、発根したその根が針金のように硬いことは驚きだった。

 そして、エアプランツ好きなら誰もが育ててみたいと思うのが、キング・オブ・エアプランツと呼ばれるキセログラフィカである。

 トリコーム(白い産毛)が密集し、くるくるとカールした葉が特徴で、全体的に丸いことから、手まりに似ているといわれる。しかし、大きく育てると、存在感というか、迫力があるので、小型のペットを飼っているようだ、という人もいる。

 ただし、葉がカールしているのは、杉山氏によれば「あれは水不足で、喉が渇いている状態。水が足りていれば、葉は下に垂れる」そうだが、カールした葉を好む人も多いので、育て方で調整すればいい。

成長の早いエアプランツも

 私は大きさが異なるキセログラフィカを3株育てている。キングというより、優雅なクイーンの雰囲気があり、とにかくかわいらしい。カールした葉が絡まないように時々ほぐしていたのだが、これはやめた方がいい行為だった。植物はボディタッチを嫌うのだ。

「植物は触られるとストレスを感じて、葉の裏からエチレンガスを出します」

 杉山氏の言葉はショックだった。かわいいと触りたくなるのは人情ではないか。しかしストレスを与えるのはかわいそうなので、触れたい気持ちを我慢している。

 エアプランツではないが、同じく土が必要ない植物にビカクシダ(別名コウモリラン)がある。

 ビカクシダは切れ込みが入った葉が力強く、野性味を感じさせるため、男性的な植物といわれるが、女性の愛好家も多い。コルクや板に着生させて育てると迫力満点である。

 実際に育ててみて感じたのは成長の早さである。厚みのある緑の胞子葉が上へ上へと伸びていく様は、園芸の喜びを教えてくれる。

 現在私は、板付けしたビカクシダを壁に掛けている。なにしろ日々成長するので、同じものを見ているという既視感がない。インテリアグリーンとしても上等だ。

もはや中毒

 もうひとつ、枯淡の趣きが好きな人には、苔玉(こけだま)を作るという選択もある。

 苔玉は盆栽の根洗いと呼ばれる鑑賞方法が始まりで、園芸植物を鉢から抜き出し、その根の周りに苔を巻き付けて丸く仕立てる。必要なのは、好みの植物と苔、苔を巻くワイヤーだけである。外から土が見えないので、リビングはもちろん、キッチンにも置ける。

 コロンと丸い苔玉が風に揺れる様は、里山の情景を想像させてくれて、付き合うほどに味わいが深まる。

 私は苔玉を作るようになってから、散歩の途中で苔を見つけると、使えるかどうか考えるようになった。苔の魅力を語ると、大抵の友人は引いてしまうのが残念だが……。

 2年ほど前から始めたエアプランツやビカクシダの着生、苔玉作りは、植物を育てる喜びを堪能させてくれた。現在では、コルクや流木に着生させたエアプランツが25個、ビカクシダを着生させた板が5枚。松などの常緑樹や、観葉植物で作った苔玉が16個にまで増えた。もはや中毒である。

 前述した杉山氏によれば、

「植物中毒になるのは、植物と過ごした楽しい時間があったからです」

 その通りである。もうひとつの理由は、一つ一つの植物に個性があるので、ついつい数を集めてしまうからだ。

植物が好む環境は人間と同じ

 ここまで増えると日々のお手入れが大変かというと、真夏を除いて、毎日水やりをする必要がなく、2、3日に1度、乾き具合をみて水やりするだけである。スプレーを使っての作業はおよそ15分。多少腕が疲れるが許容範囲だ。

 2年間試行錯誤して分かったのは、植物が好む環境は人間と同じということである。真夏の暑さや真冬の寒さには注意が必要だし、爽やかな風が吹き抜ける場所は心地がいい。

 そして、植物は、自分がこう仕立てたいと思えば、その通りに成長してくれる。人間の子供はほぼ親の期待通りには育たないものだが、植物は違う。

 一例を挙げてみよう。

 私は室内に一つ、鉢植えのアルテシマ(観葉植物)を置いているのだが、最初は80センチほどの高さだったものが、短期間で40センチ伸びた。しかし、あまりに大きくなると手入れが大変だし、場所を取る。そこでマイルールを作り、アルテシマに言い聞かせた。

「私より大きくなったら、切ります」

 言い聞かせているうちに、変化が起きた。天辺の葉が、首を傾げるように横向きになったのだ。数センチ低くなっている。私の言葉を理解したとしか思えない。

 作家の佐藤愛子氏は100歳を迎えた時、長寿の秘訣(ひけつ)を聞かれ、こう答えている。

「わがままに生きるってことじゃないですか。人間、好きなことをやっていれば、元気になるんですよ」

 私も冒頭に挙げた高齢者への提言を実践しておらず、わがままに生きているが、楽しみを見つけたおかげで健やかに生活できている。エアプランツ、お勧めです。

松田美智子(まつだみちこ)
作家。1949年生まれ。フィクション、ノンフィクションともに多くの作品を手掛けてきた。小説に『天国のスープ』、ノンフィクション作品に『仁義なき戦い 菅原文太伝』、『水谷豊 自伝』(共著)等がある。

「週刊新潮」2024年2月1日号 掲載