幸せホルモン

 12月の忘年会、そして年が明けての新年会と、飲み会続きの2ヶ月が過ぎ去った。この間、コロナ禍による制約も無くなったこともあり、勢いづいてつい暴飲暴食してしまった人も多いのではないか。

「メタボは冬に作られ、老化は冬から始まる」と警鐘を鳴らすのは、漢方薬剤師で、食の専門家でもある大久保愛先生。冬におすすめの食品、食事の摂り方、食べ合わせなどについて指南していただいた。

「長いお休みが終わり、新年の仕事が始まってしばらくたったこの時期の土日に、なんとなく体がダルいので動かず、食べて、ただ寝るだけ――という人も少なくないはず。そんな人は注意が必要。実は冬って、太りやすいだけではなく、老化にも関係があるんです。というのも、冬は日照時間が短くなりますよね。曇りがちの日も多くなる。すると当然、日差しを浴びる時間も短くなり、骨を強くするビタミンDとセロトニンが生成されづらく、体内で不足がちになってしまうのです。ビタミンDは免疫機能や腸内環境を整えてくれる大切な栄養素。セロトニンは、朝のうちは、通称“幸せホルモン”といって、精神の安定に寄与しますし、夜に近づくとメラトニンに変わって睡眠に影響を与えます。メラトニンが不足すると、眠りが浅くなったり、寝ても疲れが取れなくなったりして昼間の活動時間に悪影響をもたらすのです」(大久保さん。以下「」内は同)

知らない間に体内で老化現象が起きている

 さらに、

「睡眠不足になると食欲を抑えるホルモンの分泌が減少し、食欲を高めるホルモンの分泌が亢進するため、食欲がまして、自然と食べ過ぎてしまう傾向があります。また、ビタミンDは加齢に伴い低下する免疫機能や認知機能の低下を軽減するためにも役立つ栄養素です。
そう、冬の間の日照時間の短さが、肥満や老化にも間接的に関与していることがわかります。なので冬の間、運動をせず、さらに太陽の光を浴びていないと、骨が脆くなり、全身の筋力が低下していきます。そして、追い討ちをかけるように睡眠の質が低下してしまう。その一方で、食事は3食きちんと摂ると、余分なカロリーが消費されず、脂肪として蓄えられていく。つまり、冬に太りやすいというのは、気候的な面からも説明できるのです。冬は、知らない間に体内で老化現象がいっぱい起きているということを覚えておいてください。昔から漢方の世界では、冬はよくエイジングケアをしましょうと言われてきました」

 では、冬のエイジングケアに効果的な食べ物にはどんなものがあるのだろうか。

「まずは山芋。山芋には、“若返りホルモン”とも言われる性ホルモンの前駆物質、DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)によく似た、ジオスゲニンと呼ばれる物質が入っていて、この物質は小腸からの脂質の吸収を阻害すると言われています。さらに、ジアスターゼという消化酵素も山芋には含まれ、これが食べ疲れ対策としても抜群に有効なのです。山芋のすりおろしを3食のうちのどこかに加えることで、体の調子が整っていくと思います」

飲みに出かける前や食事のはじめに

 他には、

「梅干しもいいですね。梅干しは胃酸の分泌を促すので、胃の疲れを抑えてくれる。ミネラルを補う役割もある。さらに、梅干しを加熱すると、バニリンという脂肪燃焼に役立つ成分が増えます」

 とはいえもちろん、山芋や梅干しばかりをずっと食べ続けるわけにはいかない。温かい鍋やラーメンといった、冬に美味しい食べ物はどうしても食べたくなるというもの。宴会の席上で、酒が入ればなおさらだ。

「“鍋の締めまで食べるな、ラーメンをやめろ”、“お酒も、脂質多めのおつまみもやめろ”とは言いません。食べたいものを我慢することによるストレスを抱えると、やがて爆発し、さらなる暴飲暴食につながるだけですから。なので、食べてもいいけど、その前に、梅干しや山芋といった、身体を守る食べ物を摂取したり、朝日を浴びたり、睡眠時間を十分に確保したり、なるべく移動は歩くようにするなど運動を取り入れるなどの簡単な習慣を身につけてみませんか、と。また、アルコールから内臓を守る意味では、くるみやアーモンドといった、ナッツ類もおすすめです。ナッツに含まれるポリフェノールが肝臓の活性酸素を除去し、アルコールによるダメージが軽減するんです。食物繊維も含むため、血糖値の急上昇も抑えてくれるので、飲みに出かける前や食事のはじめのメニューとして取り入れることで、体内にバリアが形成されるイメージです」

血糖値を上げやすい飲み物

 一方、一般的に冬に摂取すると身体に良いというイメージが先行している、二つの代表的な食べ物について聞いてみよう。まずは、生姜。摂取すると体を温かくし、冷えを抑えてくれるという印象が強いが、

「確かに、“体を温める”と言われていますが、実は生の生姜は、体を温める作用はありません。温めた生姜が持つ作用なんです。なので、お鍋やみそ汁に入ったショウガは体を温めます。生のショウガには殺菌作用があり風邪対策にはなりますね」

 続いては、冬の神社などで振る舞われる甘酒。初詣先の神社などで振る舞われることもあり、“冬の飲み物”というイメージが先行しているが、実際はどうなのだろうか。

「冬に甘酒飲む人、少なくないと思いますが、私は甘酒をごくごく飲むというのは、あまりおすすめしていません。というのも、甘酒は、1杯当たりの糖質量として20g程度含まれています。また、血糖値を上げやすい飲み物でもあります。そのため、水分補給や栄養補給を目的として、日ごろの食事やおやつに加えて摂取するとうイメージよりも、風邪を引いた時やマラソンなど体を元気にするための点滴といったイメージで活用することがおすすめです」

こまめに体を動かすことが大事

 もっとも、

「甘酒は、料理の下味として砂糖の代わりに使えば、とてもいい調味料になります。とはいえ、甘酒は美味しいので、ついつい飲んでしまうのもよくわかります。その時は、がぶ飲みしないように、朝食などに取り入れるときには、甘酒を神格化せずにタンパク質や食物繊維などを忘れずにとり、必要な栄養が不足しないように、気を付けていただければと思います」

 甘酒に限らず、冬の時期は甘いものが恋しくなるもの。炬燵の上に土産物のお菓子があれば、つい手を伸ばしてしまいがちだ。

「食後に、ちょっとした“習慣”を身につければ、食べても問題ありません。それは、掃除。甘いものを食べてから30分から1時間くらい経つと、血糖値が急上昇し、その間に体の中のコラーゲンとかタンパク質に糖が結合し、エイジス(AGEs)という、老化や生活習慣病の原因物質に変化するのです。血糖値の上昇を抑え、原因物質の発生を抑えるには、食事内容や食べる順番も大切ですが、こまめに体を動かすことが大事。だから甘いものを食べたら、ちょこちょこでいいので動けばいい。窓を拭くとか掃除をするとか、近所を掃くとか。何か一つ食べたら動くことを一つする、といったルールを自分に課してみてください」

意外にも緑茶がいい

 さて、どんなに気をつけていても、飲み会などが盛り上がり、夜更かししてつい身体のリズムが乱れてしまうことがある。そんなとき、意外にも緑茶がいいとされているという。

「緑茶は、温度によって抽出されるものが異なってくるんです。高温だとカフェインと抗酸化に働くものが抽出できるので、ストレスが多い日中や、目を覚ましたい朝には、高温抽出がいい。低温で抽出されるのはテアニンといって、リラックス作用があるものです。リラックスしたい夜、寝る前などは、ぬるめのお湯で淹れるとか、朝に水出ししておくと、体のリズムが整いやすくなります。緑茶自体に食後血糖値の上昇を抑える働きがあるので、太りにくくなるとか、抗菌作用があるので風邪を引きにくくなったりします。時間帯によって抽出温度を変えた緑茶を飲むこともとても良いでしょう」

 最後に愛先生は、「冬に限らないが」と前置きした上で、非常に大切なことを教えてくれた。

「消化をよくし、食事で太らないようにするために何より大切なのは、決してながら食いをしないことです。お箸を持って器を持って食べる。いったん器を置いてから次の器を持って食べる。あれこれしないことです。一つのものをおいしくいただく。だから、実は和作法をきちんと学んでおくと消化が良くなります。忙しかったりダラダラしたりテレビを見ながら食べていると、姿勢も悪くなるし、消化に良いことはありません。昔の作法には、きちんとした意味があるのです。忙しい時ほど、風邪を引くことができない時ほど、お作法をよくキレイに食べましょう」

 食べ合わせや食べ方などちょっとした工夫や注意をすることで、冬に始まるメタボや老化を食い止め健康を維持しよう。愛先生はそう教示してくれる。

ノンフィクション・ライター 青柳雄介

デイリー新潮編集部