過去に起きた山岳遭難事故を解説するYouTube動画が人気を集めている。複数のチャンネルがあり、200万回以上の再生数を記録する動画もある。投稿主は〈事故の再発防止に役立てたい〉などと説明するが、そういった純粋な動機だけで作成された動画とは思えない、数々の問題点がある。(前後編の前編)【森山憲一/登山ライター】

「遭難」は雑誌でも人気

 登山雑誌には「鉄板企画」というものがある。読者の人気が高く、これを特集すれば雑誌の売れ行きが上がるテーマのことである。

 それは以下の4つが主なものだ。

・北アルプス
・地図読み(地形図から実際の地形を読み取る技術のこと)
・膝痛
・遭難

 槍ヶ岳や白馬岳を擁する「北アルプス」は国内でもっとも登山人気が高いエリアなので、読者が求めるのは当然。「地図読み」は、現在の遭難原因第一位が道迷いということもあって需要が高い。「膝痛」に悩まされる登山者は多く、これも切実な問題だ。

 そして今回の主題となる「遭難」である。

 これは山で遭難しないためのノウハウや、過去の遭難事例のケーススタディなどが主な内容になる。登山者にとって遭難はなんとしても避けたい事態。そのために何か有用な知識を得たい。そうした心理が遭難企画人気の根底にある。

 この遭難コンテンツが今、雑誌や書籍以外の場でも、さらにいえば登山をやらない人の間でも、注目を集めるようになってきている。ーーそれはYouTubeで。

テレビの再現ドラマに似ている

 試しにYouTubeで「遭難」と検索してみてほしい。山岳遭難をテーマとした動画がズラリと出てくるはずだ。

 その一覧を見た瞬間、なにか不穏な空気を感じ取ると思う。動画のサムネイル画像が、どれもこれもおどろおどろしいのだ。

 そこには、赤や黄色の大きな文字で、刺激的な言葉が踊っている。「生存不可能」「登山者の末路」「地獄の一夜」「滑落死」「白骨化」などなど……。

 使われている写真がまた不気味である。登山者の顔部分に不自然なボカシやモザイクがかかっていて、この人はすでにこの世にはいないかのように感じさせられる。

 動画を再生してみると、実際にあった遭難事例の紹介が始まる。アニメーションやイメージ写真を用いて、ナレーションで状況を時系列に説明していくものがほとんどで、構成としてはテレビの再現ドラマによく似ている。動画の内容はサムネイル画像ほど刺激的ではない。なかには遭難原因の分析や対策の説明をしているものもあり、遭難防止にも役立つように思える。

 しかしこれらの動画は、その裏にいくつかの問題を孕んでいるのだ。

「顔がぐちゃぐちゃに…」刺激的な煽り文句

 最大の問題は、遭難した人へのひどい冒涜になっているケースが目立つことである。

<「若い者には負けん!」 時代の変化を無視 83歳男性率いる高齢者集団 全身損傷し闇と消える>

<19歳美人山ガール 顔がぐちゃぐちゃに… 剱岳滑落事故>

<「お花摘みに行ってくるね♪」 史上最強の女王が お○っこ中にまさかの事態 700m滑落死>

 これらは実際に公開されている動画の煽り文句である。

 あなたの家族が遭難の当事者だとして、故人がこのような文句でさらされていたらどう思うだろう。それもまるでホラー映画のようなサムネイルデザインで。家族が軽薄なエンタメの道具にされたように感じはしないだろうか。

 インターネットはクリックされてなんぼの世界である。そのために刺激的な見出しを付けることが常態化している。この「デイリー新潮」だって例外ではない。それを否定するつもりはないが、限度というものはあるだろう。人の死や不幸を踏みにじってまでクリックさせることのみを狙ったものは批判されてしかるべきである。

 登山者のミスをことさらに強調し、「山をナメた末路」という印象に意図的に誘導する動画も多い。そのコメント欄を覗くと、「バカは死んで当然」とか「自業自得っしょw」などの罵詈雑言で溢れている。こうなるともはや社会悪であるとさえ思う。

 こういった動画が大量に投稿される背景には何があるのか。著作が盗用される被害に遭った山岳遭難ルポの第一人者や「遭難系YouTube」でトップクラスの人気を誇る運営者に実態を聞いた。

後編【5000円で台本募集…無断盗用&間違いだらけの「遭難系YouTube」が乱発されるワケ】へ続く

森山憲一(もりやま・けんいち)
1967年、神奈川県横浜市生まれ。神奈川県立厚木高校、早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒業。山と渓谷社、枻出版社で編集者として活躍。現在は、登山、クライミングをテーマに執筆を行う。

デイリー新潮編集部