海外のよく分からないけどすごそうな大学

 小池百合子・東京都知事の学歴詐称疑惑が文藝春秋に報じられた。2020年、『女帝 小池百合子』という小池氏に関する書籍がベストセラーになったことで、カイロ大学を卒業していない、という説は元々存在した。エジプト大使館はフェイスブックで同氏が卒業している旨を発表したが、今回の記事では元側近の小島敏郎氏(75)が、元ジャーナリスト・A氏がその文案を書いていたと証言したのだ。

 つまり、小島氏は<私は学歴詐称工作に加担してしまった>という記事のタイトル通り、学歴詐称工作を手伝っていたことを告白した、ということである。さらに、同誌掲載の別の記事では、小池氏はカイロ大学の進級試験にも落ちていたとも報告。そのためカイロの日本航空オフィスでバイトをしていたが、1976年のエジプト航空ハイジャック事件で小池氏はカイロ大生としてではなく、日本航空現地駐在員として新聞の取材を受けていたことも明らかになった。

 本稿では小池氏の学歴詐称については擁護も批判もしないが、「学歴詐称に使われやすい大学」について考えてみる。基本線は、「海外のよく分からないけどすごそうな大学」、しかし、「本当にすごいことが明白な大学は使わない」、である。日本の大学は使い勝手が悪いので、当然使われない。何しろ問い合わせを日本語でできてしまうのだから。

妙な逡巡

 使われないのはハーバード大学、イェール大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)、スタンフォード大学、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、UCLA(カリフォルニア大学LA校)、UCバークレー、ペンシルベニア大学ウォートン校などである。難関大学過ぎて使うのを躊躇してしまうのだろうか。そこらへんに経歴詐称師の妙な逡巡を感じるのである。

 違法賭博に手を染めていた大谷翔平の元通訳・水原一平は「カリフォルニア大学リバーサイド校」を卒業した、という経歴のはずだったが、同校によると在籍記録はないのだという。ここではUCLAとUCバークレーを使っていないところに水原の躊躇いを読み取れる。過去の学歴詐称で名高いのが、野村沙知代氏が衆議院選挙出馬にあたり「米・コロンビア大学出身」だと書いたことがある。

 元民主党議員で山崎拓氏を破って2003年の衆議院選挙に勝利した古賀潤一郎氏は、米・ペパーダイン大学出身と名乗ったが、それに先立ち、UCLAに留学経験があると書いた。その後、CSULA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)への留学と修正したが両方の大学とも留学経験はなかったのだという。その後ペパーダイン大学に在籍したことになったが、なんでUCLAからランクを下げるのだ……。

もし自分が詐称をする場合は…

 ペパーダイン大学といえば、NBAボストン・セルティックスの名ポイントガードだったデニス・ジョンソン氏の出身大学である、ということしか知らなかった。だから、古賀氏については「実に微妙な大学を経歴詐称に使うものだ……」と思ったものである。

 ただ、なんとなく経歴詐称に手を染めてしまう人の気持ちも分かる。超有名大学出身であれば、同じ時期にいた著名人(日本人含む)と交流があったかや、アメフトとバスケの観戦写真を見せてくれ、などと言われてしまう可能性がある。そうしたリスクを排除するため、「なんとなく凄そうだけど、興味を持つための基礎知識がない大学」を本能的に選んでしまうのではなかろうか。

 私は米・イリノイ州の高校出身だが、もし自分が経歴詐称をする場合はノーベル賞受賞者を多数輩出しているシカゴ大学はまず避けるだろう。「あの教授の授業を受けたことはあるか?」などと聞かれたら詰む。さらに、イリノイ大学(U of I)もレベルが高いので避けるかもしれない。あくまでも現地の事情をよく分かっていない日本人をだまくらかすためだけに使う経歴なのだから、自分がいた街のISU(イリノイ州立大学)かイリノイウェズリアン大学か、別の市ではあるものの、どうせ日本人はあまりいないであろう東イリノイ大学を使うかもしれない。

山本お母さん

 詐称をする人間はどこかでビクビクしているため、大胆になり切れない面がある。その点、ショーン・K氏はたいしたものだ。テンプル大学を卒業したと述べたが、実際はテンプル大学ジャパンキャンパスを退学している。ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得したことになっていたものの、オープンキャンパスの授業を取っただけ。さらに、パリ第1大学パンテオン・ソルボンヌに留学したことになっていたが、オープンキャンパスの授業を取ったのみ。ハーバード・ビジネス・スクールとパリ第1大学を名乗るとはなんという胆力だろうか。とはいってもハーバード大学とハーバード・ビジネス・スクールは別物という指摘もある。

 かくして学歴詐称については「大胆にはやりづらい」という例が見られるが、日本のネット上にもこれの実例がある。この8年ほど更新はしていないが、「山本お母さん」というネタツイッターIDが存在する。このIDは息子が一橋大学卒業ということを誇り、同じくネタアカウントの「佃お母さん」他とバトルすることで知られている。そこにはこんなツイートが並ぶ。

〈佃お母さんは一橋大学がどれだけ経済界に優秀な人材を輩出したか知らないようです。その人材の一人である一橋卒の次男の広貴ですが、少し前に人事課に配属され、「僕を2回落とした東大の学生を圧迫面接して落としている」と喜んで語っていました。これで一橋大学がいかに優れているか分かるはずです〉

大卒なのに高卒と偽る

〈ショーンKが学歴を偽ったようですが、何が問題なのでしょうか。専門学校なのか、大学の偏差値表にハーバード大学という学校は載っていません。受験常識ですが、大学名にカタカナがある学校は低偏差値です。息子が卒業した一橋と偽ったならば大問題ですが、今回の件は小事です。〉

 ネタツイートの場合、「東大」「京大」、もっと言うと「東大理III」などと書くのかと思ったら、絶妙なラインで「一橋」である。これも上記学歴詐称者と同じような気持ちがあったのではなかろうか。山本お母さんの投稿を見ると、息子が人事に配属され、東大の学生を落とす、と書いているわけで、「ボケてるんですよ〜」というニュアンスも感じられる。

 一方、大卒はバス運転手になれない、という方針のバス運営者(市営等)も存在するが、バス運転手になりたいあまり、大卒なのに高卒であると学歴詐称をした人々は案外多い。これはなぜか怒る気になれなかったことを思い出した。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部