「居空き」専門の泥棒

「俺の盗みは芸術だ。俺は泥棒をやるために生まれてきたようなものだ。俺もプロとしてやっているのだから、刑事もプロらしく俺を捕まえてくれ」

 今から30年前の1994年8月。住居侵入や窃盗の疑いで警視庁に逮捕された男(46=当時)は、取調室で捜査員にこううそぶいた。4年足らずの間に裏付けが取れただけで1100件の盗みを重ね、総額約6000万円を荒稼ぎしていたこの男、捜査員を前にとうとうと、自ら“芸術”と称する「泥棒の極意」を語っていたのである。

被害はなくならない。警察庁によると、令和4年の重要窃盗犯の認知件数は前年比74件増の4万4150件だ。家族で外出する機会も増えるGWを前に、この「伝説の大泥棒」が取り調べで明かした「窃盗犯罪の手口」を紹介したい。

 JRAの武豊騎手(55)の京都市内にある自宅に泥棒が入り、腕時計やバッグなど、数百万円の被害に遭ったのは3月24日のことだった。午前5時ごろ、「家で物音がする」と家人から110番通報が入ったが、この事件のように、家人が寝ている隙に侵入して盗みを働くことを警察の隠語で「忍び込み」と言い、それを専門にする泥棒は捜査員の間で「ノビ師」と呼ばれる。これに対し、日中、誰もいない家屋に浸入して盗むのは「空き巣」。さらに、家人がいる時に堂々と侵入して盗むのは「居空き」と呼ぶ。

 今回紹介する男は、「居空き」を専門にする泥棒である。この手口、窃盗被害の中でも実はかなり多い。その理由だが、“盗む側”の目で語ると、こうなる。

〈留守宅に忍び込んだ後、突然帰って来られるよりやりやすい〉

〈人は空き巣の方が楽だろうと言うが、俺は家の人の様子を見ながらできる居空きや忍び込みの方が安心してヤマを踏める。それに、家の者がいれば、必ず現金がある〉

 例えば、台所仕事をしている主婦の背後で、テーブルに置いてあった財布を狙ったこともあったという。必然的に、男のターゲットは集合住宅よりは、庭付きの一戸建て住宅がメインになった。

〈駅、バス停から15分ぐらいのところの家を狙う。庭があって、しばらく隠れて家の中の様子を見ることができる庭木のある家を探す。そのため、犬のいる家は避ける〉

〈門が無締まりであれば門から。ほとんどは塀を乗り越えて敷地内に侵入する。植え込みや木の陰に隠れて室内の様子をうかがい、家人が風呂に入ったり、茶の間でテレビを見ている時に侵入する〉

随所に垣間見える「プロ」としてのこだわり

 男の侵入箇所はカギのかかっていない窓や、素手で開けやすい所。家人が「カギはかけた」つもりでも、くまなく探せば、かけ忘れている家はすぐに見つかったという。さらに、男にはこだわりがあった。

〈窓ガラスを割ることは絶対にしない〉

〈その日に泥棒に入る家は、あらかじめ全部下見をしておく。特に発見された場合に備えて逃走方向を確認しておく。鍵は壊さないで、無締まりや開けやすい場所を探す〉

 伝統的な泥棒の手口として以下のようなものがある。窓ガラスにタオルなどの布を当て、殴打してガラスを破る「当て破り」。また、古いガラスになると、ライターで焙ることでもろくなり、熱した後に手拳で殴打して破る「焼き破り」というのもある。いずれもガラスが飛び散らないように、あらかじめ割るところにビニールテープを張ったり、使用するタオルで破片を吸収したりする。

 だが、この男が「鍵を壊さない」、「窓ガラスを割らない」理由は、その場で発見されて通報されないようにするためと、その後、家の住人が警戒するのを避けるためである。なぜならこの男、一度、盗みに入った家には期間を置いて再度、盗みに入るからだ。

〈足場を利用したり、懸垂で高窓から侵入することもあり、上着が汚れる場合があるので、リバーシブルの上着を着用する。汚れていると職務質問の対象になるし、家人に見られた場合でも上着の模様が違えば職務質問されない〉

〈侵入する前に、持って行った靴下を必ず両手にはめる。もちろん指紋を残さないためで、軍手や手袋の方が泥棒をやりやすいが、職務質問で軍手や手袋は追及されるけれども靴下だと追及されることはない〉

 先述した「窓ガラスを割らない」のは、そのための“道具”を持ち歩かないことでもある。ビニールテープ、ドライバー、軍手や手袋など、いわゆる「泥棒の七つ道具」を所持していれば、職務質問では真っ先に疑われることになる。男がヤマを踏む(泥棒する)“主戦場”は埼玉、千葉方面だった。その理由として、〈東京のおまわりさんは自転車でパトロールしているので、音がしないために不意に職務質問されるが、埼玉や千葉などの地方はオートバイなので音がするとすぐ分かる〉からだという。

〈部屋にかけてある背広の中の財布や置いてあるバッグ等から現金だけを抜き取り、元どおりに戻しておく。期間を置いて同じ家に2〜4回入るので、元どおりに戻しておくと盗まれたかどうかわからず警察に被害届を出さないので、2回目にまた泥棒に入りやすい〉

〈2回目に入ると1回目の被害を警察に届けた家かどうかが分かる。被害届を出した家はカギが厳重になっている。1か所の駅で1日に連続3〜4件のヤマを踏んだら次の日は離れた駅周辺でヤマを踏む。そうすれば、最初の駅に戻ってヤマを踏むのは1カ月後で、刑事は張り込みをやっても10日、長くても1ヶ月くらいなので、その頃には張り込みはやっていない〉

刑事の尾行を見破る

 一仕事終えたら、早くその場を立ち去るのだが、万が一、家人に発見された場合は道路には極力出ないで、家から家伝いに逃げるのだという。〈道路には警察官がいて、職務質問される危険がある〉からだが、

〈庭伝いに逃げられない時は、一旦は道路に出るが、すぐに公園や他の家の庭に逃げ込み、公衆便所や物置に1時間くらい隠れている。張り込みは1時間もするといなくなる〉

〈駅には警察官が張り込んでいるおそれがあるので、駅と反対方向に逃げる。ビジネスホテルに帰る時も、刑事の尾行を点検しながらバスや電車を利用して帰る〉

 アパートやマンションに居住すると刑事に張り込まれるため、男はビジネスホテルを転々としていた。

〈宿泊先の住所、電話番号は完全に記憶する。偽名や(嘘の)生年月日は一つに決めて、職務質問に備える。偽名は電話帳で探して決める〉

 男のこだわりはまだある。今度は、ヤマを踏む前の注意点だ。

〈所持金が少ないと焦って、ヤマを踏んでも失敗するおそれがあるので、100万くらいは懐に入れてヤマを踏む(万が一の場合、逃走資金にもなる)。少しでもケチが付いたら、その日はヤマを踏まない〉

〈ヤマを踏むときは電車とバス。タクシーは利用しない。電車に乗る時は、ホーム上で何本か電車をやり過ごしてからドアが閉まる直前に飛び乗り、刑事の尾行を確認する〉

〈前だけ注意して見ていればいいように、電車は一番うしろの車両に乗る。刑事はよく改札で張り込んでいるので、目的の駅についたときは最後に改札を出ると刑事を発見しやすい〉

 バスは乗客が少ないので、刑事の尾行が確認しやすいそうだ。手口捜査や前歴から捜査対象に浮かび上がると、刑事が尾行など行動確認を行うようになる。これは、可能な限り現行犯で逮捕したいという思惑があるからだ。事後捜査で追いかけると、指紋など重要証拠を残さないベテラン泥棒なので、犯行の現場を押さえることが一番になる。

〈今まで刑事が何回も尾行していたが、すぐ分かった。後ろを振り向いたら、あわてて家の呼び鈴を押していた者がいたが、ドアの方を見ていないので刑事だとすぐ分かった。刑事らしいのがいたら、相手の目を睨むとモジモジして目を逸らすので、すぐ刑事だと分かる〉

 しかし、悪運は尽きる。94年6月、世田谷区の民家に侵入すると、この家に住む小学5年生の女の子と鉢合わせに。とっさに「トイレを貸して」とごまかしたが、後ずさりして転び、足をねんざ。身体の特徴から警視庁が男をマークし、故郷で足の治療を受けていたことが分かり、“御用”となった。

 警視庁は男の供述を広報誌で紹介し、その後の防犯対策の参考にした。手帳やメモなど一切ないものの、男は個々の窃盗事案について、非常に正確に記憶していたという。

 いよいよ最大で10連休も可能なGW。家でのんびり、あるいは思い切り外出――いずれにしても、在宅でも外出でも、玄関は施錠するのが望ましい。帰宅したら家の外や中に何か変わりはないか、よーく気をつけて過ごしましょう。

デイリー新潮編集部