ドジャース・大谷翔平の銀行口座から1600万ドル(約24億6000万円)の不正送金を行ったとして、元通訳の水原一平容疑者は銀行詐欺の疑いで刑事訴追された。前代未聞のニュースに「イメージとはかけ離れた裏の顔を見た」、「彼の異常性が明らかになった」、「病的な嘘つきだった」といった感想がネット上では目立つ。それはアメリカのメディアでも同じようだ。

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 ロサンゼルス・タイムズの電子版は4月11日、同紙コラムニストのビル・プラシュケ氏が執筆した「大谷翔平は完全に潔白 ギャンブラーとしてではなく、野球のスター選手として今後も伝説は続く(Shohei Ohtani is vindicated, and his legend continues as a baseball star, not a gambler)」とのコラムを配信した。

 プラシュケ氏は以前、大谷は違法賭博に関与した疑いが残るというスタンスでコラムを発表していた。それを今回は全面的に撤回。3月に水原容疑者が、スポーツ専門チャンネルESPNの取材に応じ、「大谷は自分の経済状況を把握しており、借金返済についても同意した」と釈明したことを振り返り、「結局、あれは全て嘘だった」と総括した。

 さらに、水原容疑者が大谷になりすまして銀行に送金を指示したことにも触れ、「彼は本当に大谷の声を真似たのか? そんなことがあり得るのか?」と率直な驚きを記した。

 水原容疑者が嘘をついたのは、大谷サイドの関係者だけではなかった。違法賭博の胴元にも嘘を重ねた。プラシュケ氏はコラムで、起訴状などで明らかになった水原容疑者と胴元のやり取りを紹介した。ここで印象的なのが「バンプ(bump)」という単語だ。ギャンブルの世界では、借金の限度額を増やしてもらうことを意味する。

コミュニケーション能力

 昨年夏、水原容疑者は携帯電話のテキストメッセージで「またケツを蹴られた(笑)。 最後のバンプをお願いするチャンスはある?」と胴元側に送信。だが「最後」と言っておきながら、翌日には再びバンプを懇願した。

「最悪(笑)……ついてないな……最後にもう一回だけ、バンプできる? 負け分を大幅に減らすまで、これが最後のバンプになるって誓う……当分の間、これが最後のバンプになるって約束する」

 だが、水原容疑者はバンプを頼み続けた。精神科医で、昭和大学附属烏山病院の特任教授を務める岩波明氏は、「日米のメディアは共に、水原容疑者が嘘を積み重ねてきたことに驚きの声を上げました。そうはいっても、依存症の患者さんを診察した経験を持つ精神科医なら、既視感を覚えたはずです」と言う。

「私が過去に診察した男性の患者さんはパチンコに依存し、お金がなくなると周囲に嘘を重ねて借金を重ねました。その額は2年間で500万円から600万円の間。最後は誰からもお金を借りられなくなり、窃盗に手を染めて逮捕されてしまったのです。彼は性格的にも、ごく普通の人物で、社会的にはエリートと呼ばれるタイプでした。借金を重ねるためには優れたコミュニケーション能力が求められますし、食うや食わずの生活では誰もお金を貸そうとは思いません」

アドレナリンの違い

 水原容疑者のプロフィールにも似たところがある。通訳を務めていただけあり、コミュニケーションの分野では専門家と言っていいだろう。大谷の片腕として社会的信用も高かった。

「ギャンブルは太古の昔から人間を狂わせてきました。ギャンブル依存の歴史を文献研究などで遡ると、ヨーロッパではローマ時代、日本なら平安時代には存在していたことが分かります。依存症だった著名人も多く、例えば作家のドストエフスキーはギャンブルに多額のお金をつぎ込みました。主人公がルーレット賭博で身を持ち崩していく『賭博者』という作品を残しており、こうしたことから誰もがギャンブルに依存する可能性があることが分かります」(同・岩波氏)

 とはいえ、ギャンブル依存症の患者より、ギャンブル愛好家のほうが人数は圧倒的に多いのも事実だ。「年に1回、競馬の有馬記念だけ馬券を買う」という人は珍しくない。だが、ギャンブルで全財産を失った知り合いがいる人は稀だろう。

「日常生活に支障を来さないギャンブル愛好家と、破滅まで突き進むギャンブル依存症の患者さんを分かつものは何なのか、私は『どの場面でアドレナリンが出るか』に注目したいと思います。ご存知の通り人間は興奮するとアドレナリンが分泌され、それが生む高揚感の虜となって依存症が進行することがあります。ギャンブルで勝った瞬間にアドレナリンが出るのは普通でしょう。一方、ギャンブル依存症の患者さんも最初は勝ってアドレナリンが出ていたと思いますが、それが次第に『ギャンブルができるという状況』でアドレナリンが出るように変わっていったのではないでしょうか」(同・岩波氏)

ハイ・センセーション・シーキング

 競馬で大穴を当てたり、麻雀で役満を達成したりすれば、アドレナリンは出る。負ければアドレナリンは出ない。一攫千金の夢から醒めて冷静になり、無駄金を使ってしまったと後悔する人もいるだろう。

 ギャンブル依存症の患者は、「競馬場やパチンコ店に足を踏み入れた瞬間」からアドレナリンが出る。ギャンブルができることに快感を覚えるため、究極的には勝とうが負けようが構わない。ギャンブルを続けることが目的となり、手持ちの資金が乏しくなれば、友人に嘘をついて借金を重ねたり、犯罪に手を染めて金を手に入れる──。

「HSS(High Sensation Seeking)は日本語でも『ハイ・センセーション・シーキング』と呼ばれていますが、強い刺激を追い求める人を指します。HSSの人はギャンブルのもたらすスリルに夢中となり、依存症になる可能性があるでしょう。注意欠如・多動症(ADHD)の人も衝動の抑制が困難な傾向が認められるので、ギャンブルにのめり込むと止められないと言えます。また破滅に向かって行く自分に酔う人もいます。こういうタイプは返済不能の借金を作ってしまっても、ギャンブルを続けてしまいます」(同・岩波氏)

インターネットの弊害

 どれだけ水原容疑者がギャンブルに深く依存し、信じられないほど周囲に嘘を付きまくっていたとしても、彼の素顔は「他の人と全く変わらない、普通の39歳」である可能性が高いという。

「報道によると、日本ハムファイターズで通訳を担当していた時は、普通にパチンコを楽しんでいたそうです。もし水原容疑者が今も日本で通訳として働いていたら、こんな事件は起こさなかったのではないでしょうか。ただ、水原容疑者が身も心もギャンブルに奪われた原因の一つとして、インターネットでスポーツ賭博ができるようになったことは大きいと思います。何しろ24時間、365日、いつでもどこでもスマートフォンからアクセスできるのです」

 時代劇に出てくる賭場を連想すればお分かりだろうが、いわゆる「鉄火場」は素人が簡単に入れるような場所ではなかった。賭博が行われる時間帯も夜中で、ひっそりと秘密裏に行われた。

 欧米にはカジノを社交の場として楽しむ文化がある。ドイツに留学したことのある岩波氏は、ヨーロッパ有数の保養地であるバーデン=バーデンを訪れた際、上流階級を対象にした高級カジノ場を見つけたという。当然ながらドレスコードなど厳格な入場資格が設けられており、庶民が気軽に入れるような場所ではなかったそうだ。

水原容疑者の“幸運”

 競馬、競輪、競艇といった公営ギャンブルは敷居こそ低いが、かつてはレース場や場外の発券場に足を運ぶ必要がある。電車など公共交通機関を使う“手間”は、それなりの抑止力だったのかもしれない。

 だが最近ではネットでの参加が可能になり、ユーザーが増え続けている。依存症の観点から不安視する声もある。その一方で、公営ギャンブルは開催日が決まっている。年中無休というわけではない。

 パチンコは最寄りの駅前に店を構えているところも少なくなく、営業の頻度も公営ギャンブルより多い。こちらも依存症の観点から、距離の近さや店休日の少なさを懸念する報道が行われたこともある。とはいえ、さすがに24時間営業ではない。

「インターネットにアクセスすれば、いつでもどこでもギャンブルができるという状況が、水原容疑者の依存症を悪化させたと考えられます。さらに水原容疑者の場合、ある種の“幸運”が積み重なったことで、逆に破滅に追い詰められてしまったのではないでしょうか。例えば大谷選手と知り合い、彼の信頼を勝ち取って右腕として活躍するようになったことも、ある種の“幸運”だと言えます」(同・岩波氏)

 一部の報道によると、大谷が銀行口座を開設した際は水原容疑者が手伝い、暗証番号などを把握していた可能性があるという。もし事実だとすれば、これも“幸運”に違いない。

「大谷選手が世界でもトップクラスのスター選手となり、巨額のお金を稼ぐようになったのも、水原容疑者を破滅に導いた“幸運”の一つでしょう。訴追内容が事実なら、水原容疑者が許されざる犯罪に手を染めたのは間違いないようです。しかし、日本円にして24億円を超えるという巨額の不正送金です。普通ならあり得ない“幸運”が奇跡的な確率で積み重なったが故の犯罪とも言えるのではないでしょうか」(同・岩波氏)

デイリー新潮編集部