日本人には、なかなか理解しにくいことが起きている──。ニューヨーク・タイムズ(電子版)は4月10日、「Ohtani’s Former Interpreter Is Said to Be Negotiating a Guilty Plea」との記事を配信。ドジャース・大谷翔平 選手の専属通訳だった水原一平容疑者が司法取引に応じ、捜査当局と交渉していると報じた。

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 この記事のスクープ性は、日米の大手メディアが「ニューヨークタイムズが報じた」との記事を相次いで配信したことからも明らかだ。

 ニューヨーク・タイムズは記事で、複数の関係者に取材を行ったことを明かしているが、情報源を明確に示すことはなかった。担当記者は「記事では水原容疑者の“隠蔽策”が明らかになっており、強い印象に残りました」と言う。

「銀行と取引を行うと、大谷選手の元に注意喚起や確認を求める連絡が届きます。それを回避するため、水原容疑者は口座の設定を変更。その証拠を捜査当局は入手したと書かれていました。記事は大谷選手に対する事情聴取も行われたことも明らかしており、もし水原容疑者が裁判で有罪を認めれば、3月26日に開かれた会見で大谷選手が行った説明が正しかったことが裏付けられる可能性があると伝えたのです」

 さらに目を引くのは、司法取引に応じた場合の記述だ。水原容疑者が有罪を認めれば、何と裁判所は“好感”を持つのだという。

「ニューヨークタイムズは『いち早く有罪だと認めることで、水原に対してより寛大な判決が下る可能性が高まるかもしれない』と指摘しました。その理由として『罪を速やかに認めた被告は、政府の仕事を軽減させたとして、連邦検事や判事から好意的に見られることが多い』と説明したのです。こんなことは日本で考えられません」(同・記者)

日本は「捜査・公判協力型」のみ

 例えば警視庁が容疑者を逮捕したとしよう。取り調べの当初から“完オチ”というケースは珍しくない。しかし、だからと言って容疑者が起訴されて被告になった際、東京地検の検事や東京地裁の裁判官が『あの被告は国の仕事を減らしてくれた』と好意的に見ることはないはずだ。

 日本でも司法取引は導入されている。だが日米では、かなりの違いがあるのだ。産経新聞は2022年6月、「『司法取引』導入4年 捜査・公判協力で刑事処分減免」との記事を掲載した。文中には以下のような記述がある。

《欧米諸国では自身の罪を認める代わりに刑が軽減する「自己負罪型」が一般的だが、日本では共犯者の捜査や公判に協力する見返りに、自身の刑事処分が減免される「捜査・公判協力型」が採用されている》

 そもそも日本の場合、対象となる犯罪も限定されている。《贈収賄や詐欺のほか、暴力団が絡む銃器・薬物関連事件など》が中心だ。主に想定されているのは企業や暴力団が事件を引きおこした時で、捜査に有益な情報を提供した共犯者と司法取引を結ぶ。

アメリカは「自己負罪型」が主流

 一方、水原容疑者の司法取引は、まさに《自身の罪を認める代わりに刑が軽減する「自己負罪型」》の典型例であり、これは日本では採用されていない。カルフォルニア州弁護士の資格を持つ東町法律事務所の村尾卓哉弁護士が言う。

「今回の事件では違法賭博の胴元とされるマシュー・ボウヤー氏に注目が集まっています。しかし起訴状を見る限り、水原容疑者がボウヤー氏に関し、捜査当局が関心を示すような“内部情報”は持っていないと考えられます。水原氏とボウヤー氏のメールのやり取りを見ると、水原容疑者は単なる顧客の一人だったようです。そんな水原容疑者と当局が司法取引を結んで減刑を行うのは、『有罪であることを認めた』こと自体が理由なのです」

 なぜアメリカでは自己負罪型の司法取引が多いのか。この背景を理解するには、アメリカにおける司法制度の維持コストを考える必要があるという。

「アメリカは基本的に陪審制で裁判が行われます。陪審員裁判は、大変なコストがかかります。陪審員を市民からランダムに選ぶだけでなく、実際に裁判所に足を運んでもらい、弁護士や検察官が質問を行って選出しますから、それだけでも時間がかかります。評決の際は全員一致が原則で、例えば11人が有罪と認めても、1人でも有罪判決を支持しないと評決不能で裁判をやり直す必要があります。アメリカの弁護士は、刑事裁判では報酬を時給で計算しますので、裁判が長期化してしまうと、被告の負担も大きな額に達してしまうのです」(同・村尾弁護士)

減刑の予測

 もし容疑者=被告が最初から白旗を掲げていれば、このような陪審裁判にかかるコストや時間が大幅に短縮されることになる。

「被告が有罪を認めている事件は、検察(国)側にとっては、陪審裁判にかかるコストや時間を節約でき、また法的知識を持たない一般市民による陪審裁判で予想に反する判決が下る、というリスクを回避できます。結果的には、被告、検事、判事全員の負担が減るのです。つまり最初から罪を認めた容疑者は『司法制度の維持に必要な社会的コストを大幅に減少させた』わけですから、その“ご褒美”として減刑が行われるというわけです」(同・村尾弁護士)

 となれば、どれくらいの減刑が行われるのか、関心が集まるのは当然だろう。民放テレビのワイドショーでは日本人弁護士が「罰金刑で済む可能性もある」と指摘して話題になった。

 ここで注意が必要なのは、水原容疑者が訴追された銀行詐欺罪はカルフォルニア州の法律ではなく、連邦法だという点だ。日本経済新聞は銀行詐欺罪について、《最高で禁錮30年の重罪》と報じている(註1)。

アメリカ量刑ガイドライン

「連邦法違反の犯罪についての量刑は、かなりシステマティックに算定されていることを説明する必要があります。アメリカ量刑委員会が『量刑ガイドライン』というものを毎年、発行しており、これは600ページを超える分厚いものです。そして量刑を決定するためには、縦軸が犯罪レベル、横軸が犯罪歴という量刑算定表を使用するのです」(同・村尾弁護士)

 東町法律事務所の公式サイトで村尾氏はコラムを連載しているが、ここにガイドラインの使用例が説明されている(註2)。

 例えば詐欺罪の場合、最長で20年以上の禁錮刑となるものは「レベル7」に該当し、被害額が950万ドル以上は「レベル20」となっている。つまり950万ドル以上の詐欺罪は「レベル27」。そこで量刑算定表を見てみると、前科がない被告人に課せられる刑は「70か月から87か月」ということが分かる──。

「さらに前科前歴、考慮すべき事情、情状酌量といった要素も加わりますから、簡単には決まりません。私は水原容疑者に関する全ての事実関係を把握していないので、量刑を予測するのは不可能というわけです。ただ一般論として、司法取引が成立するとレベルが2から3ほど下がると言われています。レベル27が25になったり24になったりするわけです」(同・村尾弁護士)

収監の可能性も

 水原容疑者は現地時間の5月9日に罪状認否に臨む見通しだと報じられている。村尾弁護士は「今後の展開は早いと考えられます」と言う。

「水原容疑者が司法取引に応じるのであれば罪状認否で有罪を認めるはずです。その後、弁護側と捜査当局と結んだ司法取引の合意内容が裁判所で審査されます。取引の内容を判事がチェックし、適切だと認められれば司法取引が成立します。一方、司法取引の内容が不当であると判断された場合には、司法取引の成立が認められません。司法取引が成立している事案では、罪状認否のすぐ後に判決が下る場合もありますが、別の期日で判決を言い渡す場合もあります。少なくとも数か月以内に判決を言い渡されることになると思います」

 減刑の予測が難しいことは先に説明したが、村尾弁護士は「罰金刑だけで済む」という報道に関しては否定的だ。

「被害額が巨額ですし、起訴状も目を通しましたが、犯行の内容があまりにも悪質です。いくら司法取引に応じたとしても、禁固刑の実刑判決は下るのではないでしょうか」

刑務所コンサルタント

 日本では1995年に公開された映画「ショーシャンクの空に」を見れば、いわゆるホワイトカラーがアメリカの刑務所に収監されると、想像を絶する待遇が待ち受けていることが分かる。水原容疑者は大丈夫なのだろうか。

「私は直接、仕事をしたことはありませんが、アメリカには『刑務所コンサルタント』という専門家がいます。依頼者が治安のよい刑務所に収監されるよう弁護士にアドバイスしたり、依頼主に刑務所で暴力にさらされず生き残る方法を教えるのです。具体的には、収監される刑務所で同房者にどのように挨拶すべきか、とか、どうやったら暴力から逃げられるのか、少しでも平和な生活を送るためにはどうすべきか、といったことを丁寧に教えます。とはいえ、このコンサルタントに仕事を依頼するには、当然報酬を支払う必要があります」(同・村尾弁護士)

註1:水原元通訳、連邦検察が訴追 銀行詐欺は最大禁錮30年(日本経済新聞電子版:4月12日)

註2:最新ニュースから学ぶ米国の法制度【5】(量刑・司法取引・陪審制)−水原一平さん違法賭博問題−(弁護士法人東町法律事務所公式サイト:4月16日)

デイリー新潮編集部