3分の1が「経済的に安心できない」

 11月の米大統領選で再選を目指すバイデン大統領は、景気回復やインフレの緩和を実績として繰り返し強調しているが、支持率がなかなか上がらない状況が続いている。

 米生命保険大手のノースウェスタン・ミューチュアルが3月上旬に発表した調査によれば、米成人の3分の1が「経済的に安心できない」と回答した。この割合は昨年の27%から上昇し、2012年以来の高水準となった。経済的な不安をあおっている主な要因は生活費の高騰だ。回答者の54%が「物価上昇圧力が今年も高まる」と予測している。

 米国では「何もかもが高くなった」との嘆き節が聞こえてくるが、中でも深刻なのは家賃の高騰だ。

 ハーバード大学が2月上旬に発表した調査によれば、賃貸住宅で生活している人の約半数にあたる2240万世帯が収入の3割以上を家賃に支払っており、この割合は過去最高の水準となっている。

 AP通信によれば、家賃の高騰を受けて、立ち退きの件数も急増し、路上生活者(ホームレス)の数も過去最高だ。

カリフォルニアとNYから逃げ出す住民

 米国で最もホームレス問題が顕在化しているのはカリフォルニア州だ。2月上旬に発表された政府統計によれば、同州のホームレスの数は約17万人、米国全体の3割を占める。

 州当局が環境保護などを目的に長年にわたって厳しい規制を課してきたため、住宅が大幅に不足している。この事態に慌てた州当局はホームレス用の応急仮設住宅の整備を始めているが、泥縄の感は否めない。

 米国で最も住みにくくなった同州では雇用者数の減少が進んでいる。ロサンゼルス郡だけでも直近4年間で約26万人減少した。

 カリフォルニア州と同様の現象が起きているのはニューヨーク市だ。雇用者数は直近4年間で約13万人減少した。総人口も減少している。2020年4月以降、治安の悪化などが嫌気されて約50万人がニューヨーク市を後にした。

人も企業も惹きつけるテキサス州

 カリフォルニア州とニューヨーク市が大きな損失を被っているのを尻目に、その恩恵に浴しているのはテキサス州だ。2020年2月以降、雇用者数が約100万人増加した。

 税金が低く、住宅価格も手頃なテキサス州に多くの企業が引き寄せられている。2010〜19年の10年間でテキサス州に移転した企業数は2万5000社以上に上った(2月16日付Forbes JAPAN)。

 広大な面積を誇るテキサス州には企業移転の候補地がたくさんあることから、この傾向は今後も続くとされている。

 テキサス州はこのところ連邦政府に対する反発を強めている。移民の大量流入に危機感を抱いてしばしば強硬な手段を講じているが、人権を重んじる連邦政府がそのたびに「待った」をかけてくるからだ。

 移民問題は大統領選挙の最も重要な争点の1つであり、今後、テキサス州と連邦政府の間の対立は一層激化することだろう。

テキサス州が独立する?

 1836年から9年間、「共和国」だった歴史を有するテキサス州の人々は、米国の中で最も独立志向が強いと言われている。経済が絶好調なことを追い風に「合衆国を離脱すべきだ」との声が近年になく高まっているようだ。活動の中心にいるテキサス・ナショナリストたちは「30年以内に独立する可能性は100%だ」と鼻息が荒い(3月24日付ニューズウィーク日本版)。

 万が一、テキサス州が米国から離脱することになれば、南北戦争のきっかけとなった南部11州の離脱以来の出来事だ。米国全体が再び内戦に突入する可能性は排除できない。

 現時点でテキサス州が離脱する可能性は低いだろうが、気になるのはCNNに掲載された「米国は新たな内戦の瀬戸際にあるのか 」と題するオピニオン記事(英語版は3月16日付、日本語翻訳版は3月25日付)だ。

 外交問題評議会(CFR)のシニアフェローでジョージタウン大教授のブルース・ホフマン氏と同リサーチフェローでジョージタウン大・デセールス大非常勤教授のジェーコブ・ウェア氏によるこの記事は、内戦のリスクを指摘する有識者たちの主張を紹介した上で、「米国が実際の内戦を回避できたとしても、政治的暴力が相次ぎ、政府は市民を守る能力を失ってしまう。米国の安定は損なわれてしまうだろう」と悲観的だ。

「問題はどういう種類の米国人かってことだ」

 米国では4月12日、黙示録的な映画が公開される。映画のタイトルはずばり「Civil War(内戦)」。連邦政府から離脱したテキサスやカリフォルニアなど19の州で編成される「西部軍」が連邦政府軍と激突するというストーリーだというが、どのような対立から内戦になったのかは明らかにされておらず、現実の米国社会の対立を前提にしたものではないと評されている。

 だが、映画の予告編では「我々は同じ米国人じゃないか」と語りかける市民に銃を突きつける民兵が困った表情で「まあ、そうだけど、問題はどういう種類の米国人かってことだ」と返答する印象的なシーンが流れる。この映画を観た米国人は改めて、社会の分断やそれがもたらす衝突の危険性を痛感することだろう。

 ロイターなどの世論調査によれば、民主主義への脅威や政治的過激主義への懸念が追い風となってバイデン氏の直近の支持率は2月の37%から40%に上昇している。

 いずれにせよ、今年の米国政治の動向は「一寸先は闇」ではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部