経済のグローバル化が進む中、日本企業においてCFO(最高財務責任者)の役割が急激に高まっています。専門性が高度化し、カバー範囲が広がり、業績に与える影響度が強まっているのです。求められる資質や能力は従来のOJTでは到底修得できません。このことは周知の事実ですが、ではどうすれば良いかが明らかになっていません。そこで本連載では、この課題を解決するための1つのモデルを提示しています。製造業を中心に上場企業3社や外資系日本法人などで通算25年超CFOの役割を務めてきた実務家の吉松加雄氏が、自身の経験と学究で得た知見を基に、「グローバル経営におけるCFOの役割とCFO人財の育成」について、ここまで5回の連載で提言してきました。最終回の第6回は、CFO人財育成の要諦についてです。CFO人財に求められる資質や能力、育成についての重要事項を考えていきます。

経済環境の変化と
必要な経営施策

 本連載では、持続的企業価値向上と「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営の実現」(連載サブテーマ)の担い手となっていくCFOの役割について、各回次のようなテーマを取り上げて、論考を進めてきました。

 ・理論と実践の融合による科学的で合理的な経営(連載第1回)
 ・CFOの役割を3軸俯瞰する(連載第2回)
 ・企業変革の要諦とCFO機能の役割(連載第3回)
 ・日本企業のグローバル化とグローバル経営戦略(連載第4回)
 ・クロスボーダーのM&AとPMI(買収後の統合)(連載第5回)

 この最終回では、お伝えしてきたような「CFOの役割」を担う人財の育成と確保に焦点を当てます。

 世界経済と経営環境は、スピードを増しながら、大きな変化を続けています。DXの進展も、ビジネスのスピード加速に寄与しています。人的資本経営の要請の高まりや、雇用制度の変化――メンバーシップ型(終身雇用・年功序列・ジョブセキュリティー)からジョブ型(プロフェッショナルの自己責任に基づくキャリア形成とキャリアセキュリティー)への移行など――が、日本の労働市場におけるプロフェッショナル化の進展を促し、労働市場の流動性を高めています。 

 そのような経営環境の下、企業は、次のような課題への対応を進めています。

 ・社員定着率向上に向けた諸施策(雇用制度改革、労働環境改善、研修制度改革等)実行
 ・DXとBPRによる業務革新(定型業務の革新的効率化、高付加価値業務へのシフト、意思決定支援の高度化と効率化等)推進
 ・ジョブ型への移行と業務のプロフェッショナル化に対応した、リスキリングの機会の提供と継続的学習の風土醸成
 ・T字モデル的なグローバル・ジョブローテーション
 ・減点主義から加点主義への転換
 ・組織のオープン化とフラット化、チェーン・オブ・コマンド(指揮命令系統)の明確化と尊重、権限委譲拡大

 こうした変化も背景として、CFO人財の育成とCFO人財の確保は、CFOやCFO部門幹部層から筆者がしばしば相談を受けるテーマとなっています。企業経営における重要事項なのです。

 本稿では、

(1)CFO人財の育成
  ・CFO人財に求められる資質と能力
  ・T字モデルと守破離のキャリア開発
  ・OFF-JT(理論および事例学習):企業と社員個人

(2)CFO人財の確保
  ・社内のクロスファンクショナルなジョブローテーション
  ・外部プロフェッショナルの受け入れ(出向受け入れや民間企業間の人事交流)
  ・プロフェッショナル人財の中途採用

 の構成で考察を進めていきます。

 筆者は、過去に在籍した会社の同僚や若手の仲間から、離職後も要請に応じて、キャリアパスや自己啓発について相談に乗ることがあります。自身の経験則や失敗体験なども織り込んでアドバイスを行い、時にメンター的な役割も担います。それは、自身にとっても学びの機会です。

 本連載第1回で論じたT字モデルに関するフィードバックが筆者に届いています。ご本人の了解をいただいた一例を参考として掲載します。スタッフ層、管理層、経営層すべての階層で問題意識が高まり、真摯に検討され、解決の糸口が求められている様子が伝わってきます。

(20代、大手メディア編集者)
 T字理論に当てはめると、「自分はいま何を体得できるのか」「ジョブセキュリティーでなくキャリアセキュリティーを大切にするには」といろいろと考えるきっかけとなった。

(50代、大手メーカー・コーポレート機能管理職)
 連載第1回(T字モデルなど)を参考資料として活用したキャリア面談における30代の若手スタッフからのコメントは下記内容で、自身のキャリア形成について悩み、真剣に考えていることを改めて認識した。

「メンバーシップ型からジョブ型に移行する中で、ゼネラリスト志向からスペシャリスト志向に変換させるか悩んでいた。今回のT字モデルのスペシャリストとゼネラリストのハイブリッド思考は納得感があり、目からうろこが落ちる思いがした。

 まずは、スペシャリストとして専門知識と経験を持つことは差別化を図る上で重要と再認識した。そして、需要の高いスキルセットを身に付け自身のマーケット価値を向上させていきたい。加えて、ゼネラリストとしての広い視野を併せ持つことの大切さを感じた。

 自身の専門分野に固執せず、他の領域にも関心を持ち、幅広い知識や鳥瞰的な視野を兼ね備えることで、専門知識も深みを増し、多様な経験やスキルを持つことが可能になる。柔軟性や創造性を発揮し、グローバル企業で戦える新たなチャンスや機会に出会えるのではと感じた」

(70代、元大手メーカー技術系役員)
 T字モデルでも、技術畑、ファイナンス畑で定義が違ってくるんだ、ということに興味が湧いた。ジョブ型、リスキリングなどのキーワードが飛び交う中で、次に続く人たちの視野を広げてください。

 それでは、CFO人財に求められる資質や能力、そして育成に際して考慮すべきことなどを、自身の経験も振り返り、交えながら詳述していきます。

CFO人財に求められる
資質と能力

 まず、CFO人財に求められる資質についてです。本連載第1回でも言及しましたが、ピーター・ドラッカーは著書『現代の経営』(上田惇生訳、ダイヤモンド社)で経営者の資質として第一にIntegrity(インテグリティー)を挙げました。Integrityは、日本語では真摯、高潔、誠実等と訳され、筆者はそれらの統合された意味と考えますが、これはCFO人財にとっても、公正(フェア)と並び、重要な資質と思います。

 筆者自身は、経理を振り出しとする経歴の中で、連載第2回で論じた「健全経理」「和して同ぜず」「最後の砦」「Fiduciary Duty comes first(受託者責任最優先)」などの言葉に出会いました。それらIntegrityにつながる言葉をみずからの規範として職務を遂行し、同時に価値観の形成にも努めてきました。

 スタンフォード経営大学院やサン・マイクロシステムズで学んだ、イノベーションを促進させる「意見の多様性を重んじ、オープンでフランクなコミュニケーション」は、昨今のDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)に通じ、グローバルな経営環境における信頼関係構築の礎としても重要になります。
 
 本連載第4回で言及のトランスナショナルモデルも、前述の通りDE&Iの概念、「グローバル企業の異文化環境で、多様な人材が相互に尊重し合い、公平に活躍できる機会が与えられ、一人ひとりが違いを生かしながら能力を発揮できる経営環境の実現」を志向すると、筆者は考えます。

 関連する事例は、日本電産(現ニデック。本連載では筆者が在籍した当時の社名で表記します)でクロスボーダーのM&Aが進展していった時期に、年に1〜2回、京都本社や各地域で開催されたCFO会議は、そのようなDE&Iを志向するトランスナショナルモデル的なアプローチといえるかと思います。

 この会議には、京都本社CFO機能および関連本社機能の幹部、各地域の現法CFOおよび各地域統括会社幹部に加えて、監査役会メンバーや監査法人幹部にも出席願いました。グローバルな雰囲気の中で、オープン、フランクで実質的な討議が展開され、トランスナショナルの息吹が感じられました。

 ブリヂストンでは、海外の売上高が連結の7割を超える地域構成比も踏まえて、グローバルCFO就任と同時にDE&Iの精神に基づくコミュニケーション向上と連携強化を目的に、海外3大地域(米州、欧州、APAC)の現地人CFOとの定期的なオンライン会議「CFOラウンドテーブル」を立ち上げました。

 CFOラウンドテーブルは、オープンでフランクなコミュニケーションの機会として、海外CFOから好感され支持を受け、積極的な参画と協力が得られました。会議開始時間は、時差の関係から日本時間では毎回午後9時、10時となりましたが、重要度高く位置付け、海外CFOの要請に応えて開催頻度は立ち上げ当初より増えていきました。

「オープンでフランク」は、コミュニケーションスタイルです。視座を高め視野を広げバランス感覚を向上させるために、胸襟を開き自己開放をしてコミュニケーションをすることは、経営姿勢であると同時にCFOの求められる資質の一要素になっていくと筆者は考えます。

 次に、CFO人財に求められる能力についてです。ピーター・ドラッカーは『マネジメント【エッセンシャル版】』(上田惇生編訳、ダイヤモンド社)の中でマネジャーの仕事として、目標設定、組織化、動機付けとコミュニケーション、評価測定、人材開発の5項目を挙げました。CFOに求められる能力は、この5項目の遂行能力に「問題解決能力」と「危機対応能力」を加えた7項目と筆者は考えました。 
 
 これらを連載第2回で論じた「CFOの役割3軸俯瞰」(図表6-1)と対照しながら見ていきます。なお、項目ごとの記述は、筆者見解による「CFOに求められる能力」になります。

 目標設定能力:業績結果責任を担い、戦略立案、経営計画策定、企業変革立案などにおいて「ハイレベルな目標設定の必要性」と「目標達成を可能にするノウハウ」について、わかりやすく合理的な説明を行い、コンセンサス形成に導く能力。経営の意思決定後は、経営は結果がすべての姿勢で目標達成に導いていく能力。

 組織化する能力:連載第2回で詳述したようなグローバル本社CFO組織と地域統括会社の協働をベースとする「機能別グローバルCFO組織」を構築し運営する能力。

 その要諦は、「危機下でも視座の高い大局観に基づき、価値創出と毀損防止のバランスの取れた経営管理を行い、そのレベル向上に努める姿勢」が堅持可能であること。

 コーポレートCFO組織の運営は、明確にされた責任と権限と、リポーティングラインを元にして、各機能(FP&A、経理、財務等)が独立運営を行いながら、相互に尊重・協働・牽制・切磋琢磨していく。そのような組織運営を行っていく能力。

 動機付けとコミュニケーション能力:業績結果責任を担い、経営戦略実現と経営計画達成に向けた動機付けを行う。財務バックグラウンドの役員として、目標や計画達成に向けたプロセスでは、経営数値の適切な定量的分析を基に適宜警鐘も発しながら、計画達成に導く(ナビゲートしていく)能力。 

 社内外の説明責任を担い、社内の経営状況に応じた適切なコミュニケーションに加えて、社外に対してはメディア対応やIRのエンゲージメントにおいて、オーディエンスの期待と要請を的確に捉えた適切で効果的なコミュニケーションを図る能力。

 評価測定能力:目標設定能力と対(つい)を成し、もたらされた成果について経営数値面の定量的評価を含む客観的で公正(フェア)に測定する能力。目標や計画の達成に導く的確な業績フォローと、乖離を生じる際には予実差異の定量的要因分析と挽回策立案もセットで求められる。社員の報酬とモチベーションに直結することから経営上重要な能力。

 問題解決能力:経営課題の全貌について高い視座から大局的かつ俯瞰的に捉えて(図表6-1のCFOの役割3軸俯瞰の「経営課題軸」参照)、短期的・対症療法的対応課題と、抜本的改革課題に区別し整理して、課題解決の優先順位付けを行う能力。次に、ASSET(分析・予測・解決策提案・実行・成果確認)プロセスなどの問題解決手法を活用して、科学的・合理的に問題を解決していく能力。

 危機対応能力:連載第1回で詳述をした業績結果責任を担い、管理不可能な危機下でも、困難な経営課題を自己責任として受け止め、最後まで諦めずに解決に挑む能力。危機の渦中における、3Sによる危機対応、感性(Sensitivity)を働かせ、危機感(Sense of urgency)を抱いたら、即座にスピード(Speed)対応をする能力。危機対応能力は、その他の能力、問題解決能力、目標設定能力、動機付けとコミュニケーション能力、評価測定能力等と密接に関連。

 人材開発能力:持続的企業価値向上を担い、理論と実践の融合による科学的で合理的な経営の推進を図る人財の育成(本稿の後半で論じます)。

 次に、CFO人財の能力向上や育成プロセスについて考えましょう。「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営」を志向する中で、上記のような資質・姿勢・能力が求められるCFO人財の育成の検討に際して重要と思われる3つの項目を挙げます。

 ・時代認識:いまほど学び(学習)が重要性を増している時代はない
 ・理論と実践の融合:OFF-JT(理論)とOJT(実践)のバランス
 ・ジョブローテーションとキャリア開発:T字モデルと守破離プロセス

 筆者は還暦の2019年3月に自己啓発と実務家教員就任前の準備の一環として、米国ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)主催で初の日本(東京)開催となった短期プログラムMITブートキャンプに受講生として参加しました。

 “The Future of Work. Work of the Future(仕事の未来、未来の仕事)”と題された最初の講義で、責任者のサンジェイ・サルマ教授・MIT副学長は、継続的な学習の重要性を訴えられました。

「技術革新のスピードの劇的な加速化とDXの進展とAIやマシンラーニングの活用に伴って、従来のノウハウやスキルは陳腐化していく。自動化に伴い米国、ドイツ、日本などでは現在の仕事の3割から4割は変容を強いられるとのコンサル会社の予測もある」と始めます。

 続けて、「このように自動化が雇用を侵食していくならば、自動化できるスキルは教えるな(教えても無駄になる)」、「陳腐化が加速する状況において、プロフェッショナル社会では、持続的な能力向上のため、効率的で継続的な学習がよりいっそう重要になる」と方向付けます。

 そして「仕事の未来は学ぶことだ(The Future of Work is Learning.)」と喝破され、結論として「学びは、新たな秘伝の味になる(Learning is the new secret sauce.)」という内容でした。強いインパクトを受け、目からうろこが落ちます。筆者の同プログラム参加意識は、実務家教員就任を前に平均年齢30歳前後の約100人の受講生を見守るような気持ち――から一転して、再び自身の学び/生涯学習モードのスイッチが入った瞬間でした。

 これは、本論考のサブテーマとした「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営の実現」に進む過程において、我々はAIの活用進展に伴う技術革新の大きな変化の渦中にあること、指針を見失いそうな時代だからこそ時代に即した学習が重要性を増していることを、認識させられるものでした。
 
 この連載で何度か触れてきたように、スタンフォード大学経営大学院のフルタイムプログラムへの留学は、筆者自身にとっては、「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営の探究」という目標設定の重要な転機となり、数々の学びを得ることができました。

 一方、実務を1〜2年離れるフルタイムのビジネススクール留学の是非については、学習内容と学習効率、そして企業派遣留学後の人財活用や定着率も含めて、さまざまな場で議論がなされてきたのも事実かと思います。

 そうした議論も背景に生まれてきたのが、ビジネススクールにおける座学とオンライン講座を組み合わせたハイブリッド型のMBAコースや学位非対象の短期的な実践プログラムです。コロナ禍がその背中を押して、展開が加速され拡大してきました。

 上記のMITブートキャンプは、「社会課題解決の具体的な起業モデルを創る」目的で、事前のオンラインプログラム受講と1週間のスクーリングを組み合わせ、世界から毎回約100人の参加者を募り、ボストンを皮切りに米州、欧州、豪州、シンガポールなどで開催されてきました。

 受講生は、スクーリング前の2〜3カ月間にオンラインプログラムで、次のような授業を受けました。

 ・起業についての基本的なコンセプトや理論の学習
 ・具体的な起業事例について、MIT卒業生や過去の参加者の事例およびケーススタディーの学習
 ・自身の起業モデルを作成

 メインとなる「起業」の授業は、成功する起業プロセスを24段階で説いたMITビル・オーレット教授の“Disciplined Entrepreneurship”(邦訳『ビジネス・クリエーション!』、月沢李歌子訳、ダイヤモンド社)が使用されました。効率的な教育と学習が実現されており、同教授の講義とMIT卒の起業家からの実話/ケーススタディーがオンライン授業で必要に応じて繰り返し視聴できます。

 スクーリングは、各自が起業モデルを持ち寄り、約100人(うち、日本人約3割)の受講生が20チームに分けられ、発表準備のため平均睡眠時間4〜5時間となる1週間で、チームとしての起業モデルを創り上げ、最終日に発表し、優劣を競うものでした。

 一説によると、世界のビジネススクールのランキングでハーバードやスタンフォードの後塵を拝してきたMITは、このブートキャンプによりいっきに評価を高めたそうです。前述のサンジェイ・サルマ教授の「効率的で継続的な学習」のメッセージは、このような新しい形の学びを示唆されてのものでした。

 CFO人財育成に関わる「理論と実践の融合」は、OFF-JT(理論学習)とOJT(ジョブローテーションによる実践・経験領域の拡大)のバランスを取り、効率的で質の高い学習と実務経験の機会を活用していくことだと筆者は考えます。

 コロナ禍を機に、ビジネススクールによるオンラインプログラムも拡充が進み、さまざまな学習機会が生まれてきています。読者の皆様には、積極的な姿勢で、「自分に投資(特に時間を投資)」されることを推奨させていただきたいと思います。

 筆者が特任教授を務めた東京都立大学ビジネススクール(大学院経営学研究科)でも、20代から50代まで幅広い年代のビジネスパーソンが、週末と夜間を利用して学ばれており、努力に敬意を払いながら3年間教壇に立ちました。筆者自身も、サンジェイ・サルマ教授の“The Future of Work is Learning.”を胸に生涯学習を続けていきたいと考えています。

T字モデルと
守破離のキャリア開発

 キャリア形成には、T字モデルと世阿弥の守破離の考え方によって、ジョブローテーションを進めていくのが効果的です。

 仕事における守破離プロセスは、自身の経験から、後述の通り「業務修得」「BPRと効率化」「標準化と形式知化」の3段階としました。

 筆者自身の経歴を振り返ると、おおむね2年から5年のサイクルで異動や転職をしてきました。経験則に基づくと、1職務3年から4年をめどとしてキャリアパスを積んでいくのが、理想的で効果的と感じています。

 単に1職務の担当期間のみに焦点を当てて「この仕事が長くなってきたから異動する」は、あまりお勧めできません。「現職務で守破離プロセスを経て、BPR(業務革新)により業務の標準化、マニュアル化と形式知化が完了し会社に貢献できた。自身も成長をしたので次のレベルの職務に挑戦する」という本質的なことが重要と考えます。
 
 社内でCFO人財を育成していくには、T字モデル横軸に相当する職務経験領域拡大のためのキャリアパスとして、CFOの主要機能をできる限り多く経験することが望まれます。

 本連載第1回で言及した図表6-2左側のT字モデル(アルファベットTの横軸が担当職務領域、縦軸が専門性のレベルを表す)では、

 ・横軸の職務経験領域は、財務関連主要5機能間を異動することで拡張されていきます。
 ・縦軸の専門性のレベルは、この図では3階層(スタッフ層、管理層、経営層)で表示したイメージで、上位階層に向けて高度化・レベル向上を図ります。

 キャリア形成のプロセスは、「点」から「線」に進み、そして「面」となるイメージになります。

 新卒配属時の担当業務で1領域・1職務の「点」からスタートをして、担当業務変更や異動により、図表6-2の上図の2軸の「線」で構成されるT字モデルに移行します。異動を重ねて2軸の線が縦横に延びていくことは業務経験の広がりを示します。

 さらに、経験を積み重ねていくことで、図表6-2の下図の全領域で高度な専門性獲得を表す「面」に近づいていくイメージです。これがCFO人財育成の一つの理想形のジョブローテーションと考えますが、点から線、線から面への進化向上のプロセスのルートは、無数にあります。たとえ、一時期希望にそぐわない業務担当変更や異動があっても、経験領域を広げるこのプロセスの一過程と受けとめ、想定もしていなかった成長にもつながるという希望も持って、真摯に取り組んでいくことが大切だと思います。

 このT字モデルの横軸と縦軸を一度に同時に拡張する機会は、CFO機能では、海外現法の業績結果責任を担う経理財務責任者(CFOの役割)への異動です。業績結果責任に重点を置く中で、海外現法のCFOとして、IRを除く財務関連4機能を担当することは、CFO視点と視野修得の貴重な機会になります。

 次に、1職務担当期間に達成が期待されることを守破離プロセスで見ていきましょう。経営の時間軸が速まっている現在では、守破離の標準サイクルを1職務3年間とすることが効果的で効率的と思います。

 守破離の各段階を見ていくと(図表6-3参照)、

 :最初の守(実務修得)の段階では、コンプライアンス順守の観点からの抜け漏れを生じぬよう、できれば1年目スタート時点からの拙速な業務改革着手は控え、上司・前任者の指導の下でいち早く現状の実務と業務プロセスの修得と課題把握に努めます。同時にOFF-JTにも取り組みながら、業務のベンチマークやベストプラクティス調査を行い、2段階目の業務改革BPRに備えて業務プロセスのTO BEモデルとBPRプランを描きます。

 破:2年目の破(BPRと効率化)の段階では、守の段階で描いたBPRプランに沿って、積極果敢にBPR(業務改革・業務革新)を断行し、その成果を評価します。

 :3年目の離(標準化と形式知化)の段階では、BPR完了後の革新的な業務について、自身の属人的なノウハウにとどめぬように標準化、形式知化、マニュアル化をして後任者への引き継ぎもスムーズに行います。

 このような守破離のプロセスにより、BPRと業務の標準化、ノウハウの共有を行うことで、組織/会社にとっては業務の効率化や高度化が進みます。と同時に、個人の育成とキャリアパス形成をウイン・ウインで進めることが可能になります。

 ところで、この守破離プロセスの考え方は、筆者が新卒配属先の三菱電機の神戸製作所で、経理から入社前からの希望だった営業部門へ異動したい一心で、取り組んだのが発端です。早く異動できるように、先ずは、担当の経理業務をきちんとこなす。次に、自助努力による業務改革を行って効率化を実現する。業務改革完了次第、属人レベルに留まらぬように業務標準化と速やかな引き継ぎ用にマニュアル化する。結果、異動がかない、速やかな引き継ぎを行う――というストーリーを想定したものだったのです。

 結果として、異動先は、営業ではありませんでしたが、もう一つの希望であった海外(英国)勤務が早い時期に実現したという経緯です。

 CFOを務めた会社で、守破離プロセス説明の数カ月後に、業務改革(BPR)の報告を受けることが何度もありました。それは、業務効率化実現とやり遂げたメンバー(管理職とスタッフ)の成長を目の当たりにするプロフェッショナル冥利に尽きるひとときとなります。

 図表6-4は、T字モデルと守破離プロセスジョブローテーション(OJT)と社内教育と自己啓発(OFF-JT)の統合によるキャリア開発と形成のひとつのイメージモデルです。ジョブローテーションによる担当職務(黒字)とOFF-JTテーマ(赤字)を併記しています。

 モデルを見ていきます。キャリアの初期段階で、現場・現物・現実の3現主義修得を意識して、工場のFP&Aをスタートに、制度会計(単体)、税務、財務、海外子会社CFO、本社制度会計(連結)、IR、本社FP&Aの順でキャリアを重ねていくモデルです。

 上記CFO人財育成のイメージモデルに加えていなかった項目があります。

 リスクやクライシス(修羅場)体験です。自身の成長を振り返ると連載第1回に記載のクライシス(修羅場)体験は、一部痛みも伴いましたが、プロフェッショナルとしての自覚を高め、思索を深め、成長に有益なものでした。

 その経験則に基づくと、“Calculated Risk/Crisis(顕在化確率と最大損失規模があらかじめ想定されるリスクや危機)”対応は、一つの成長機会です。危機耐性力の観点から、社員個人と会社にとって許容範囲内のリスクやクライシス(修羅場)体験の機会提供は、慎重な対応が求められますが、検討に値すると思います。

 具体的なCalculated Risk/Crisisの例には、事業撤退の「しんがりの闘い」も想定される、製品サイクルや事業サイクルで成熟期から衰退期の事業を担当する機会などが挙げられます。教科書に答えのない、すべてが応用問題の局面で、自己責任で業績結果責任を担うことは、より実践的(実戦的)な人財育成につながります。

 ところで、このような“Calculated Risk/Crisis”の機会提供をする組織においては、前提として人事評価制度を減点主義から加点主義に転換しておくことが重要と考えます。シリコンバレーでよく言われてきた「ベンチャーキャピタリストは、失敗経験のある起業家に優先度高く資金提供をする」ことは、失敗体験の重要性を物語っています。懐の深い対応が人財を活性化させ、優秀なプロフェッショナルを育んでゆくことは覚えておきたいことです。

OFF-JT(理論および事例学習):
企業と社員個人

 いままで論述してきたようにメンバーシップ型からジョブ型への移行に伴い、ジョブセキュリティーからキャリアセキュリティーへの移行も進んでいきます。社員一人ひとりが自分のキャリアを守りレベルアップを図るためにみずから成長を続けていくことが求められる時代、プロフェッショナル社会への移行が進みます。

 OFF-JT(理論および事例学習)で、企業に求められていくのは、ジョブ型への移行と業務のプロフェッショナル化に対応した、リスキリングの機会の提供や継続的学習の風土醸成となっていくでしょう。

 継続的学習の風土醸成は、MITサルマ教授提言の

“The Future of Work is Learning.”“Learning is the new secret sauce.”

が潮流となっていくと思われ、参考になると思います。

 企業はジョブ型への移行のためリスキリングの機会の提供と、充実した研修や自己啓発支援プログラム導入により企業内に「継続的な学習の風土」を醸成し、「学び続ける組織」への変革を進めていくことが、社員の能力と定着率向上のためにも求められていきます。

 一方、個人にとっては、自己責任による継続的な自己啓発がいっそう重要になっていくと考えます。自己啓発では、スキル向上の観点から、財務会計講座、FP&A機能に関する集中講座、英語などのビジネス外国語、そしてゼネラルマネジメントの観点からは、前述のMITブートキャンプのような短期(あるいは、ハイブリッド)MBAプログラム、短期リーダーシッププログラムなどが検討対象になっていくでしょう。
 
 それらの結果、企業に継続的学習の風土が醸成され、学び続ける組織への変革が進み、OFF-JTプログラムと支援プログラムの充実化が進むと、社員は持続的な成長を実感することになり、モチベーションも向上していくでしょう。

 連載1回目で言及したスティーブン・R・コヴィー著“The 7 Habits of Highly Effective People” (邦訳『7つの習慣』、フランクリン・コヴィー・ジャパン訳、キングベアー出版)の中の「時間管理のマトリックス」における「能力を向上させる『自己啓発』などが入る『重要だけれど緊急ではない』領域に時間を投資する重要性」の気づきにつながるからです。 

 T字モデルと守破離プロセスによるジョブローテーションでのキャリア形成とこのようなOFF-JT教育制度の充実化が進むと人的資本経営の好事例となり、社内のCFO人財育成の促進と社外からも優秀なプロフェッショナルの中途採用等が可能になっていく職場風土が培われていくことにつながるでしょう。

 社員個人としても、高度専門性を有するプロフェッショナルとして持続的に成長し活躍していくことができるはずです。

CFO人財の確保

 最後に、CFO人財の確保について、社内でのジョブローテーション、社外からの受け入れ、中途採用の面から考えていきます。

 ・社内のクロスファンクショナルなジョブローテーション

 CFO機能内のジョブローテーションに加えて、多くの企業でその他の機能とのジョブローテーションが行われていると認識しています。CFO機能の中で事業関連の知見が求められるFP&AやIR、また税務の移転価格関連などで事業部門との異動が功を奏した事例を数多く見てきました。

 CFOの役割を再定義した上で、この社内のクロスファンクショナルなジョブローテーションを推進すると、CFO機能人財の確保と育成に関して新たな展開が可能になっていくと思われます。

 ・外部プロフェッショナルの受け入れ(出向受け入れや民間企業間の人事交流)

 CFO機能人財のプロフェッショナル化とレベル向上の一環として、日本電産とブリヂストンでは会計監査人以外の監査法人からプロフェッショナル会計士を派遣していただきました。その結果、CFO組織の社員との連携により、経営管理の高度化に向けたシナジーが現場で生まれました。

 派遣会計士の配属は、経理や内部監査部門をはじめFP&A、財務、税務企画と各CFO機能にわたり定量的経営管理における専門性発揮と新たな視点による業務改革で大きな成果が生まれました。また、派遣会計士と監査法人にとっても、クライアントのニーズを知って、その要請に応えながら、監査効率とレベルの向上につながり、派遣された会計士のスピード成長にもつながったとのフィードバックが届きます。まさに事業会社と監査法人のウイン・ウインの“産監”連携の事例となりました。

 筆者自身も、上記のようなウイン・ウインの関係構築も含めて、監査法人の幹部、パートナーの方々からは多くの気づきをいただいてきました。特に、若い時期に3カ国の海外駐在をした当時は、時差に加えて通信手段の制約もあり本社とのコミュニケーションの機会は限られていたことから、現地における監査法人の方々との適切な情報交換は、貴重な学びの機会となっていました。

 “産監”連携に加えて、今後重要になってくるのは、民間企業間の人事交流と考えます。ジョブ型への移行や、プロフェッショナル人財の育成、定着率の維持向上などが課題となってくる日本企業では、企業間の人事交流は効果的に機能する可能性が高いと思います。企業間の人事交流導入には、さまざまなハードルも予想されますが、利害関係のない異業種間の人事交流などを軸に検討の余地と効果の大きい取り組みといえます。

 ・プロフェッショナル人財の中途採用

 労働市場のプロフェッショナル化の進展と流動性の上昇を背景に、重要な機能のキーとなる社員の流出を経験する企業も増えていると推察します。前項までに論考してきた「CFOの役割の再定義」「T字モデルと守破離プロセスによるジョブローテーション」「OFF-JT教育制度の充実化」等により、労働市場から高度専門性のあるプロフェッショナルの中途採用は促進できると考えます。

 プロフェッショナル市場のあり方を垣間見て、人財育成にも参考になる事例を記載します。
連載第1回と第4回に詳述した、1987年に赴任した三菱電機ロンドンエンジニアリングセンターでは、事業遂行のコアコンピタンスを担う英国人エンジニアの定着率/流動性は英国標準並みながら、当時の日本の退職率と比べると相当高いレベルにありました。

 そのような環境で費用対効果の観点から、高額の教育投資を続ける是非について、英国人トップに尋ねたときのことです。

「たとえ、高額な研修派遣直後に優秀なエンジニアが退職し、今後も退職リスクがあっても、教育投資は重要であり継続する必要がある。それは、社員の能力開発と定着率の維持向上に寄与するとともに、会社としてきちんとした教育投資を行っている姿勢がプロフェッショナルな労働市場において評価される。社内の教育・育成環境が維持向上されれば、他社で十分な教育を受けた優秀なエンジニアの採用にもつながる」との答えは深く得心するものでした。 

 企業内の教育が、高度専門性を有するプロフェッショナルなエンジニアを育む。優秀なエンジニアがそれぞれのキャリアステージで、次のキャリア形成の機会に転職を選ぶこともある。それは、流動性のある労働市場の中で、一企業を超えて産業界全体で優秀なエンジニアを育み続ける“生態系(エコシステム)維持のための企業責任”である、と想起させられました。ダイナミックなプロフェッショナル労働市場を俯瞰する、視座の高い大局観に基づく説明と受けとめました。

 労働市場の大きな潮流の中で、リスキリングの教育投資を進める企業側にも意識改革とバランス感覚が求められていくと思います。CFO機能においても、視座を高めて大局観を持ったCFO人財の育成と確保が求められる局面となってきていると感じています。

 本稿、この連載第6回の前半にT字モデル関連で引用した、若手プロフェッショナルからのフィードバックからは、自身のキャリア形成に真摯に向き合う姿勢が伝わってきます。そのような有能なプロフェッショナルの持続的な成長を支援し、同時にモチベーションを上げて定着率の維持向上を図るため、企業は常時人財育成の観点から機会提供と育成に当たる重要性を改めて認識します。

 “The Future of Work is Learning.”を踏まえた学びの風土の醸成と学び続ける組織への変革、T字モデルと守破離プロセスによる社内の人財育成。社内のクロスファンクショナル異動、民間企業間の人事交流、高度専門性を有するプロフェッショナル人財の中途採用等による人財確保。

 このような人財育成と人財確保施策の同時並行の推進が、CFO機能の向上、ひいては日本企業(製造業)の競争力向上につながっていく好循環を生んでいくと考えます。

 CFO機能人財の活性化と人財育成が進み、数多くのプロフェッショナルCFOが日本企業のトランスフォーメーションと持続的な企業価値向上のリーダーシップを発揮していくことを心から願って、今回の連載を終わらせていただきます。

(創業)経営者からの学び

 今回の連載は、筆者自身の40年にわたる経歴の詳細を振り返る機会ともなり、改めて数多くの良縁と機会(運)に恵まれてきたことに、執筆途中に感謝の念が湧き上がってきました。特に、創業者と経営者との出会いに恵まれてきました。

 三菱電機の志岐守哉元社長は、筆者の英国駐在当時に現役社長として来訪され、筆者も謦咳に触れる機会をいただきました。

 志岐元社長の言葉「仕事が人を育て、人が仕事を拓(ひら)く」は、「仕事と正面から真剣に向き合って取り組むことが自己成長につながる。そして、成長を遂げたら、今度は仕事のレベルを飛躍的に上げて、後任/後進に引き継ぐ」と筆者は解釈しました。それは、本稿で言及の守破離プロセス(業務修得・BPRと効率化・標準化と形式知化)の思想にも通じるものです。至言として受け止め、退職後も困難な局面に遭遇した際など、折に触れ思い出し鼓舞されてきた、心の琴線に触れる言葉です。

 また、「三菱グループの経営理念」として1930年代に記されたという「三綱領(所期奉公・処事光明・立業貿易)」は、社会貢献、公明正大、グローバルな視野に立脚した事業展開を謳い、それは現在のDE&Iの概念にも通じ、三菱グループは常に進取の精神で経営が推進されてきたと筆者は解釈するものです。

 サン・マイクロシステムズの創業者スコット・マクネリー元CEOは、スタンフォードOBで3人の仲間と「Network is the Computer(ネットワークにつながってこそコンピューターだ)」をビジョンに掲げ、後にシリコンバレーの象徴的な一社といわれるサンを起業します。サンは、スティーブ・ジョブズ不在時期のアップル買収の有力候補としても報じられましたが、マクネリー元CEOは、そのようなサンの成長を導きました。

 ITバブル崩壊直後には、非常にアグレッシブな経営姿勢で知られた創業CEOみずからが、危機対応として“Cash is King!”を前面に、手元流動性の高さと、キャッシュフロー経営の重要性を訴えました。また、マクネリー元CEOは、筆者のパロアルト本社出張時の個別面談申し入れにも、オープンでフランクなシリコンバレーの流儀そのままに応じてくれるなど、現在のDE&Iと同義といえる多様性を重んじ、率直な意見交換を可能にする文化を体現していました。

 サン関連では、スタンフォード経営大学院留学中の学部長マイケル・スペンス教授は、筆者の入社前にサンの社外取締役を務められていたご縁もあり、香港開催の同教授のノーベル経済学賞受賞祝賀会兼同窓会での談笑はサンにも及びました。それは、シリコンバレーの産学連携のレベルの高さと、それが生み出す質の高いイノベーション/オープンイノベーションについての認識を新たにしてくれました。

 日本電産(現ニデック)永守重信社長(現会長兼最高経営責任者)からは、筆者の役員在任10年間に本連載にも一部引用をした次のような言葉をはじめ、心に残る無数の学びの機会をいただきました。

 ・経営は結果がすべて、経営は数値管理、経営はリスク管理
 ・高い目線、低い固定費、闘う気概
 ・経営上の難しい問題を解決するために経営幹部はいる
 ・三大精神(情熱・熱意・執念、すぐやる・必ずやる・できるまでやる、知的ハードワーキング)
 ・ハンズオン、短周期サイクルの詳細確認(筆者表現)、任せて任さず
 ・「甘く、遅く、中途半端」を戒め、「厳しく、早く、完璧に」

 など、経営者の気概を前面にして経営幹部を鼓舞し、「科学的で合理的」な側面を兼ね備えた経営と実践的経営哲学は、今後体系化の進展とともに、日本の企業経営者育成に活用される機会が増えていくと考えます。

 今回の論考は、同社の公表事実と筆者在任中にIRやメディア対応の際に説明をしてきた内容を基に再編集していますが、ニデックの経営については、機会があれば最新の状況も踏まえて、体系的な考察を進めていきたいと考えます。

 ブリヂストン(1931年創業)の創業者、石橋正二郎氏は、売上高4兆円企業に成長した同社に加えて、日本合成ゴム(現JSR)とプリンス自動車(統合を経て現日産自動車)の設立にも大きく寄与した、日本人離れしたスケールの大きな構想力と度量、視座の高い大局観を持った起業家であり経営者と受け止めています。

 筆者は同社のグローバルCFO就任を機に、経営理念、創業者関連施設(福岡県久留米市)訪問、著作物、語録、社内の口伝などから浮かび上がる経営者としての心得、統率力、人格などについて学びを得ました。

 1988年買収の米国ファイアストンを含め海外の売上高構成比が7割を超えるブリヂストンには、社是の「最高の品質で社会に貢献(英文表記:Serving Society With Superior Quality)」がしっかりと根づいています。

 また、「会社は公器。創業者による『脱同族路線の展開』」(『見・聞・録による石橋正二郎伝』、大坪檀著、静岡新聞社)という当時では進んだ考え方が、グローバル企業への成長をもたらしました(注:創業者と同姓の現CEOは血縁関係にないと報じられています)。

 このような卓越した創業者や経営者の背中を見て、謦咳に触れながら、信念に裏付けられた経営力と指導力などを直接学ぶことは、まさに実践的な経営の学習機会です。

それらは、縁と運も介在した「直伝」と「口伝」による学びであり、心に深く長く残るもので「理論と実践の融合による科学的で合理的な経営」を探訪する経営人財の育成には、かけがえのない学習機会になると筆者は考えます。