グーグル(アルファベット)の強さの裏に経済学者の力がある、アマゾンなどの米国先進企業も同様であり日本企業が見習うべき点は多くある。そう説くのが、近刊書『あの会社はなぜ、経済学を使うのか? 先進企業5社の事例でわかる「ビジネスの確実性と再現性を上げる」方法』。気鋭の経済学者たちがビジネスに学知を活かす方法を論じた『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』の続編である(共に日経BP刊)。著者であり、経済学者集団の会社を起業した今井誠氏に経済学をビジネスに活かす方法を聞いた。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪亮)

経済学の活用法を説く前著。
企業の活用事例を示す新著

――『あの会社はなぜ、経済学を使うのか?』(以下、新著)、そして前著『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。』(以下、前著)の執筆経緯を教えてください。

 2020年6月に当社エコノミクスデザインを、3人の経済学者、坂井豊貴・慶應義塾大学教授、星野崇宏・慶應義塾大学教授、安田洋祐・大阪大学教授(それぞれ現在の役職)と私の4人で創業しました。その事業である「経済学のビジネス活用」についてビジネスパーソンに理解してもらうため、前著を執筆・編集しました。「最新の経済学、実はビジネスにこんなふうに役に立っています」という趣旨です。

 一方、新著は、企業視点の経済学活用法です。経済学をビジネスに活用しているサイバーエージェント、AppBrew(LIPS)、Sansan、デューデリ&ディール、デロイト トーマツを取材して、その実例を挙げました。「どういうシチュエーションで使おうと思ったのか」や「使い始めたきっかけ」を書いています。前著で経済学の有効性を感じて頂いた読者の皆様がビジネスで活用するきっかけになればと思っています。実際に、私たちが一緒にビジネスしたときの課題感なども書きました。

――学者とビジネスパーソンの関係だと、先生と生徒になってしまいがちですが、そうではなく対等の立場で教え合う関係が有効だと書いていますね。具体的なノウハウは後半に伺いたいと思いますが、そもそも今井さんがビジネスに経済学を活用することになったのはなぜだったのですか。

 私は、不動産会社の役員だった時期がありました。主事業は不動産の売買ですが、その会社では売却方式として主に「競り上げ式」オークションを活用していました。不動産のオークションビジネスは、極端に言うと誰でもできると思っています。人気のある不動産があり、買いたいお客さまが2人以上いれば、オークションは成立します。「いくらで買いますか」と呼びかけ、せりをすればいいのです。この仕事に関わり始めた時は、私も見よう見真似でやっていましたし、同じようにオークションで不動産売買をする会社も同様だったと思います。たぶん、他社も美術品のオークションやヤフオクなどのやり方から見よう見真似でやっていたと感じています。

 そうした状況で、この見よう見真似のやり方が長期的に続けられるだろうか、と疑問を感じていました。日本の人口は減少傾向、不動産市場は寡占化しつつあり、不動産売買仲介業の競争は激化していました。自社の生存戦略を考えた中での答えは、「なんとなく」のオークションからの脱却、つまり「オークション理論」という経済学の知見の活用でした。この考えに至ったのは、中学・高校時代の友人が経済学者となり、オークション理論を研究していたからです。彼の著書や論文を読んで、グーグルなど欧米の先進企業がオークション理論をビジネスに活用していると知りました。

 相談に行くと前向きに考えてくれて、不動産オークションでの経済学の活用に至りました。

――実際、経済学はどのようにビジネスに使えるのでしょうか。不動産オークションの事例は、本書にも書かれていますが、概要を教えてください。

 不動産売買取引は、日本では、「相対取引」が主流です。この取引では、不動産所有者が、物件の売却希望価格や諸条件を提示し、それを不動産仲介業者がインターネットなど様々な方法で周知します。その情報を得た購入希望者が不動産仲介業者に連絡すると、仲介業者がそれぞれの条件を調整し、合意できれば売買が成立するという形です。

 条件が折り合わなければ、売り手は別の買い手、買い手は別の物件を探すことになります。手間と時間がかかる手続きになります。

 また、債務返済不能などの事情で差し押さえられた不動産を裁判所主導で売却する「不動産競売」は、オークション手法の一つになります。裁判所が公示した不動産物件に対して、一定期間内に、入札価格を封印し、購入検討者がそれぞれ1回だけ入札します。入札期間終了後にすべての入札が開示され、その中で最も高い価格を記載した入札者が落札する、「第一価格方式」というオークションの手法です。

 しかし、この取引では、売り手には「本当に一番高く売れたのか」、2位価格の入札者は「もっと価格を出せば落札できた」という思いが残ったりします。入札時に他の入札者の価格がわからないため、それぞれの入札価格は保守的になりがちです。落札結果を見てみると、1位価格以上の価格でも入札できたのにという気持ちになることも多々あります。

 これに対して、私たちが行っていた「競り上げ式」オークションでは、売り手が不動産情報や諸条件を、購入検討者たちに一斉に開示します。購入検討者は検討後、インターネット上のオークション会場に集まり、一斉に購入希望価格を提示していきます。他者の入札価格を見て、それ以上でも購入したいと思えば、さらに上の価格を入札する。「競り上げ式」オークションは購入検討者同士で競い合い、最後の入札を行った検討者が最後に入札した価格で落札となります。

 この「競り上げ式」オークションだと、各購入検討者は自分の入札できる最も高い価格(真の評価額)で入札することが最善策となり、最後まで入札できた検討者が落札することになります。透明かつ公正に、最大評価した購入者を発見できる方式となっています。売り手も買い手も、他の方式に比べて納得感が高まります。

 私たちは、経済学のオークション研究を活用して、不動産オークションを行っていく中で、不動作業界に合ったオークションを提案し、顧客満足度の高い取引を目指し、取引方法を調整していきました。

優秀な経済学者を活用できた
グーグルの経営者

――どのような調整があるのですか。

 例えば、2000年代前半ごろの話になりますが、スナイピング(ギリギリ入札)問題の対策というものがありました。インターネット上の「競り上げ式」オークションの問題として、締め切り時間直前に駆け込み入札が多くなるという現象があります。この場合、締め切りギリギリに入札できた入札者が落札し、最高値入札の意思をもった人が落札できないことが起こりえます。こうなると、不動産所有者にとって損失となりますし、各入札者にも不満が残ります。さらには、売り手、買い手だけでなく、場の運営者である不動産仲介業者にとっても損失になります。

 この課題の対策としては、入札時間の延長ルールを導入しました。例えば、締め切り10分前に入札があったら、さらに10分間延長していく。入札者が最後の一人になるまで延長していく設計にすることで、最高値入札の意思を持った人が落札できることになるのです。延長戦が長々と続くこともありますが、これにより入札者はそれぞれの真の評価額まで入札を行い、最大評価をした入札者が購入することになります。

 その他にも、入札検討時間やスタート価格、入札参加者の人数など、細部を丁寧に調整することで、よりよいオークションが実現できます。その調整においてベースとなったのが、経済学の知見なのです。

 ただし、経済理論はビジネスにおいて万能というわけではありません。学者からの提案が、商習慣と合わないこともあります。学者の学知とビジネスパーソンの知見を、うまく組み合わせることが肝要です。そのために、経済学者とビジネスパーソンは先生と生徒の関係ではなく、フラットに意見が出し合える関係が重要なのです。

――理論が単純に通用しない例としては、どんなことがありますか。

 不動産オークションでは、競り合って、熱が入りすぎてしまうことがあります。競り勝つことが目的化してしまい、予算を超えた価格で入札してしまう個人顧客も過去いらっしゃいました。そして、最終的に落札しても、後になって購入資金が準備できないということもありました。資金が用意できないと、不動産売買が成立しません。その間に、2番目に高値を提示した入札者は他の不動産を購入していて、購入検討者を再度探すことになることもありました。経済学では、こうした落札後の業界商慣習については研究されていません。

 不動産事業者のように反復継続する入札者の場合、業界特有の事情を経済学に考慮していく必要があります。例えば、そのような事業者が買い手の立場に立つと、各事業年度の予算も考慮した入札行動が起こります。一般の方が自宅などを購入する場合は、目の前のオークションのことだけ考えて、とにかく自分の予算内で他者よりも高い価格を提示しますが、事業者の場合は事業計画に合わせて入札していきます。時には、計画達成のため、予算を越えた入札をすることもあります。逆に、少しでも安く購入するため、他の入札者と調整をすることがあるかもしれません。こうした様々な事情を抱えた売り手、買い手の皆様が満足して取引に参加していただけるオークションを設計する必要があります。そこに、学知とビジネス知見の双方が必要になるのです。

――反対に、そういうビジネスの肝を経済学者が知って、経済理論の確立や発展に活かすということもあるのですか。

 その可能性は大いにあると思っています。実経済のデータを活用するからこそ、見えてくる世界というものもあります。このビジネス課題でこの研究テーマを紐づけると新しい研究に繋がるかもしれないという声を、弊社の研究者からも聞きます。若手の研究者から「次の研究テーマにしたい」とか「論文執筆の新たな視点が見つかった」と言われたり、そこから論文化に繋がるケースも出てきています。

――経済学の理論を取り入れて経営学は発展し、経営学は誕生当初からビジネスに役立ってきたと思いますが、今井さんたちのエコノミクスデザインが「経済学のビジネス活用」を今、うたうのはなぜですか。

 近年、経済学は、急速に発展し、変化しています。日本企業で今活躍されている経営者やビジネスパーソンが、かつて大学で学んだ経済学とは異なってきています。このことが、米国企業に比べて日本企業での経済学活用が遅れた要因、さらには競争力の差に影響していると考え、経済学の価値を再認識してもらいたいと思うのです。

 経済学は現実社会の問題に対して、従来のサイエンスの面からだけでなく、エンジニアリングで解決するアプローチも進んできています。この点は、前著の第1章で安田洋祐さんが詳しく書いています。

 この流れは、2002年にアルヴィン・ロス氏という学者がThe Economist in Engineer という論文を発表してから、勢いづいてきました。ちなみに、彼は腎移植マッチングや研修医制度の設計などで多大な貢献をして、2012年にはノーベル経済学賞を受賞します。

 また、著名な経済学者のハル・ヴァリアン氏は、グーグルの検索連動型広告の販売オークションを設計しています。彼はカリフォルニア大学バークレー校やハース経営大学院などで教授職などの要職を務めつつ、グーグルでコンサルタントやエコノミストとして活躍したのです。

――経済学のビジネスでの活用は、なぜ米国で先行したのでしょうか。

 経済学のビジネス活用企業として有名なのは、グーグルやアマゾンなど1990年代以降のスタートアップです。彼らの成功要因の一つには、当時から劇的に増えたデータの蓄積をうまく活用したことにあります。グーグルは検索でユーザーのデータを、アマゾンは販売で消費者のデータを、短期間に膨大に蓄積していきました。そして、それら膨大なデータを活用して、ビジネスモデルを進化させ、競争優位を高めていきました。その過程で、経済学の活用が進んだのです。

 もう一つの成功要因は、そうした経済学の学知をビジネスに取り込むには、最先端の理論を研究した経済学者や、経済学修士・博士の人材の価値を理解し、多く採用した経営陣がいた、ということです。

 つまり、グーグルでヴァリアン氏が時代に先駆けて活躍したのは、創業経営者のラリー・ペイジやセルゲイ・ブリンがスタンフォード大学の博士課程で研究していて、学知の価値を理解していたからだと思います。

企業に経済学を供給する
プラットフォーム

――大学新卒から企業内で徐々に昇格して経営層に就く日本企業だと、経済学の学識を持つ人材を使う意義がわからなかったり、使える能力がなかったりという面はあるのでしょうね。

 日本の40-50代のビジネスパーソンが学生時代に学んだ経済学は、理論のための学問という面が強いでしょう。前述したサイエンスとしての経済学ですね。したがって、現在の日本企業の経営層では、そうした学識をビジネスで活用しようとか、経済学修士や博士のように専門性を高めた人材を採用して活かそうという発想にはならなかったのかもしれません。

 ただ最近、データ活用の重要性への認識は、経営層や一般ビジネスパーソンにも浸透してきています。それにともなって、データサイエンティストという言葉に象徴されるデータ分析・活用の人材の価値は日本経済全体で高まってきています。データサイエンス学部や関連する大学院が新設され、その卒業生を積極採用する流れになってきていますね。その延長線において、日本の先進企業でも、グーグルのように経済学者や経済学の学知をビジネスに活用して、事業や製品の付加価値を高めていくとことになっていくのではないでしょうか。

――そうした流れを加速する上で、御社が触媒のような存在になるかもしれません。

 経済学の専門知をビジネス界に供給するため、企業と研究者をマッチングさせるプラットフォームとしての機能は確実にあると思っています。その結果、ビジネスとアカデミアの人材交流が頻繁になり、先端学知を学んだ経済学修士・博士といった人材がその学知に見合った待遇で企業に採用され、先端学知が企業成長に貢献し、さらにその状況を見た学生たちがもっと研究してから社会に出たいと考える、そういう世の中になったらいいなと考えます。

 当社は、ここまでお話ししてきたように、経済学をビジネスに実装するコンサルティング事業と共に、もう一つ、経済学を中心にビジネスに活用できる専門知の教育事業も展開しています。先端の経済学や、エンジニアリングとしての経済学を、各専門分野の研究者から学ぶ動画授業です。各コンテンツは、サブスクと講義テーマごとの個別学習として有償提供しています。実際に経済学をビジネスに活用するための素地作りとして、ビジネスパーソンに学んで頂きたいと思っています。

 当社のウェブサイトを見て頂くとわかりますが、「データサイエンスの経済学」、「経済学とデータで解き明かす、ジェンダーギャップ」、「フューチャー・デザインと経済学:持続可能性と将来可能性」、「サステナビリティ、ESG開示のコスト&ベネフィット」、「行動プライシング入門」、「ビジネスに活かす行動経済学」など、ビジネスに直結する講座を提供しています。無料コンテンツもあるので、参考に視聴してもらえれば、今回の2冊の本で伝えたかったことが、さらに具体的にわかると思います。 (了)

今井誠(いまい・まこと)
エコノミクスデザイン共同創業者・代表取締役
1998年関西学院大学卒業。金融機関を経て、アイディーユー(現・日本アセットマーケティング)にて不動産オークションに黎明期から従事。東証マザーズへの上場に貢献。2000件以上の不動産オークションを経験。その後、不動産ファンドにて1000億円以上の不動産投資を実行。2009年不動産投資コンサルティング企業を創業し、代表取締役に就任。2018年不動産DX関連企業代表取締役や不動産オークション会社取締役等に就任し、不動産業界での経済学のビジネス実装に取り組む。2020年エコノミクスデザインを創業し、代表取締役に就任。