春のお彼岸の時期になった。墓石のある一般的な墓をつくらず、樹木葬や海への散骨といった自然葬の一つとして、遺骨を宇宙に送る「宇宙葬」が身近なものになりつつある。手掛ける企業は海外の代理店も含めて国内に複数あり、ある企業での費用は50万円ほど。依頼するのは富裕層ではない「ごく普通の人」が多いという。現在は海外のロケットで宇宙に運ばれているが、国内で民間ロケットの打ち上げが実現すれば、ニーズはさらに広がると期待される。
* * *
米フロリダ州のケープカナベラルで2022年4月、イーロン・マスク氏が率いるスペースX社のロケット「ファルコン9」が打ち上げられた。
ロケットの先端に搭載されていたのは、人工衛星「MAGOKORO」。それには日本人5人とペットの遺骨、メッセージカード、折り鶴などが収められており、炎を吹き出しながら宇宙に向かって飛んでいくロケットを、家族ら20人が見守った。
遺骨は衛星に乗って数年間、地球を周回し続けた後、大気圏に再び突入。最後は流れ星になって輝きながら、燃え尽きることになる。
遺骨を宇宙に送る「宇宙葬」は、国内でも複数の企業が依頼を受け付けており、すでに多くの利用者がいる米国から宇宙に打ち上げられている。
人工衛星「MAGOKORO」での宇宙葬を手がけている茨城県つくば市のSPACE NTK社の代表取締役社長兼CEOの葛西智子さんは、
「(利用者は)宇宙が好きな、ごく普通の人ばかりです」
と話す。
旅行が好きだったという母親を最後に宇宙旅行に行かせてあげたいと、費用を出し合った3人姉妹。
「自分が死んだら骨の一部を宇宙に散骨してほしい」と言い残したおじいさんの家族。
7歳で病気で亡くなった女の子の夢をかなえたという人もいる。
「その子は『天の川に行きたい』という言葉を残して天に召されたそうです。それで、生きていたら二十歳になる22年に、ご両親とおばあ様の髪の毛と一緒にご遺骨を打ち上げました。今もご家族で宇宙旅行を楽しんでおられると思います」
保護犬の死をみとった後、「毎晩、夜空にいる犬と話がしたい」と宇宙葬を選んだ人も、ごく普通のサラリーマンの家庭だったという。
■最後は「流れ星」に
衛星「MAGOKORO」は現在もロケットの最上段に取り付けられた状態で、高度500〜600キロの軌道上を周回している。契約を結んだ利用者は、その位置をリアルタイムで、スマホの専用アプリで確認できる。
「でも、その方角に向かってお祈りするというより、夜空を見上げて故人さまを偲ばれているようです。寝たきりのおばあちゃんでも自宅のベッドの上から星になったおじいちゃんと毎晩会えるのがいい、と言ってくださります」(葛西さん)
宇宙へ送り出す遺骨は、パウダー状にして縦約13センチ、直径約5センチの円筒形のカプセルに納められる。
費用は、50グラムほどの遺骨で55万円。カプセルいっぱい200グラムでは110万円。ほぼ一人分の遺骨(約2キロ)は770万円になる。そのほか、さらにメッセージカードは1万6500円、髪の毛(約10本まで)や爪などは2万2000円だ。
同社では今のところ、墓は建てずに宇宙葬だけ、という利用者はいないが、「墓じまい」の方法のひとつとしても問い合わせが増えているという。
「人は宇宙から生まれ、また宇宙に帰っていく。壮大な輪廻転生です。なので、仏の道には背かないと言われています」
と葛西さんは話す。
■「骨壺ごとでもいいよ」
葬儀業界で30年以上、企画や司会を務めてきた葛西さんがSPACE NTK社を設立したのは17年。翌年、米ロサンゼルスで開催された国際宇宙開発会議でスペースXの技術者と出会ったことをきっかけに、同社との交流が始まった。
20年夏、宇宙葬を行う資金調達のめどがついたことを連絡した1週間後、自宅にいた葛西さんのスマホが鳴った。国際電話の番号だった。恐る恐る電話に出ると、「イーロン・マスクの代理人です」と、流ちょうな日本語で男性は名乗った。
マスク氏はスペースXの創業者で、ロケットの打ち上げを政府から民間主導へと変えた人物だ。主力ロケット「ファルコン9」の打ち上げ回数は今年2月、300回を超えた。
「すぐ後ろにイーロンがいるのですが、宇宙葬をやるなら人1人分のご遺骨も打ち上げられる、これまでになかった宇宙葬をやろうと言っています」
従来の宇宙葬は「数グラム」の遺骨を打ち上げるものだった。葛西さんはスマホからの声に息をのんだ。
「マスクさんからそんな提案をされたら、断れないじゃないですか。わかりました、と返事をしました」
宇宙葬を行うには専用の人工衛星を作る必要があることも伝えられた。
「ぼくらのロケットは大きいから、骨壺ごと入れてもいいよ、柩くらいの大きさでも大丈夫だよって。もちろんそれはマスクさんのジョークなんですけれど」
葛西さんは愉快そうに振り返る。
■宇宙葬は国内でも広がるか
宇宙葬は、すでに海外では多くの「実績」がある。国内でも今後、普及していくのか。
米国で宇宙葬を手掛けるセレスティス社の正規代理店である大阪市の銀河ステージ社によると、セレスティスは1回の打ち上げで150〜300人の遺骨を乗せてロケットを打ち上げている。そして日本人の遺骨もこれまでに8回、計40人以上を宇宙へ送り出してきたという。
萬好(まんよし)勝成本部長は、
「宇宙が好き、宇宙に行ってみたいという、本当にさまざまな人が利用されています」
と説明する。
「国内の打ち上げであれば、家族や親せきが気軽に見送りに行ける」
SPACE NTK社の葛西さんのところには、そんな声も届いている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工からは「日本で遺骨を乗せた衛星を打ち上げる予定はありませんか」と、国内でのサービス展開への問い合わせもあったという。
しかし、国内には現在、遺骨を宇宙に届ける能力がある民間ロケットはなく、和歌山県串本町の「スペースポート紀伊」から打ち上げられたスペースワン社のロケット「カイロス」も、打ち上げ直後に爆発する結果となった。
国内での打ち上げの可能性について、葛西さんはこう話す。
「まずロケットの信頼性が確保されて、費用面も含めて、お客様のご理解が得られてからですね」
現在、今年10月の打ち上げに向けて、スペースXと調整を進めているところだ。5月中に遺骨が届けばこれに間に合うという。
「人は亡くなったら、星になるのよ」
幼いころに母親に言われた言葉が、葛西さんが宇宙葬を始めるきっかけとなったという。そして、宇宙へ遺骨を届けた次は、月面に納骨堂を建てる計画も考えている。
「星になって輝くって、ワクワクするじゃないですか。そんな思いで申し込んでいただければ、とてもうれしいです」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)