新チームにもすぐに溶け込んだ(写真:アフロ)

 野球にすべてを捧げている大谷の素を知るものは少ない。『米番記者が見た大谷翔平 メジャー史上最高選手の実像』(朝日新書)のなかで、「ロサンゼルス・タイムズ」記者のディラン・ヘルナンデスと、「ジ・アスレチック」記者のサム・ブラムが、取材のなかで垣間見た大谷の意外な一面をクスッと笑えるエピソードと共に紹介する。

※記事中の「トモヤ」は在米ジャーナリストの志村朋哉さん。3人による会談は昨年中に行われました。

■素の大谷翔平

トモヤ クラブハウスなどフィールド外での大谷選手について、印象に残っているエピソードはある?

サム  彼がどんな人間で、どんなことを考えているのか、ほとんど明かしてくれないのは、逆に彼を興味深い人間にしている。多くのファンが大谷の人間性について何も知らないのは、彼がいかにメディアと話したり関わる機会が少ないかということ。でもファンの人たちは、大谷のプレーを見られれば、それで満足している。あれだけの活躍をしていれば、メディアに話そうが話すまいが関係ないからね。アンソニー・レンドーンのように怪我をしてほとんどプレーしていない選手の場合は、何も語らなければファンも気にするけど。

チームメートと(写真:アフロ)

 エンゼルスを取材していて気づいたのは、いかに大谷がチームメイトに愛されているか。普通、大谷のようにメディアに対応しないで、代わりに周りが毎日のように大谷についての質問ばかりを受けるような状況だったら、嫌がる人も出てくると思う。でも、エンゼルスでの大谷に限って言えば、そんなことはなかった。それだけ周りが彼に敬意を持っているんだと思う。フィールドやベンチでの様子を見ていると、大谷はいつもジョークを言って楽しそうにしている。

サム 記者への接し方についていえば、彼は軽い挨拶をするような時ですら、タイミングを選んでいると感じる。普段は僕らが存在すらしていないような扱いだから。日本語で「こんにちは」と「さよなら」を学んで、彼が通りかかった時に使ってみたことがある。そしたら振り向いて笑い出したんだ。他の選手には近寄っていって普通に話すことができるけど、大谷はあまりにもちゃんと交流する機会がないから、そうしたわずかな人間同士としての交流にも感動したよ。大谷は選手なんかには普通の人として接するけど、僕らメディアとは、よほどのことがないと交流しようとはしない。

 だからこそ彼が接してくれた時は感動した。職業柄、普段から近くにいる野球選手を見て緊張したり特別な気持ちを抱いたりはしない。でも大谷が僕の「さよなら」という日本語を聞いて、「パーフェクト」と言った時は、「よし、彼を感心させたぞ!」と喜んだよ。

 大谷は謎めいていて理解するのが難しい。でも、彼の些細なやりとりを見ていると見えてくることもある。ルーカス・ジオリートがエンゼルスに移籍した時に、二人とも同じくらいの身長で、大谷がジオリートの身長を当てようとしているのを見た。確かジオリートが少し高かったのかな。

 セントルイスでラース・ヌートバーに聞いた話なんだけど、彼が大谷に「ランチを食べに行かないか」とテキストメッセージを送ったら、大谷は「寝ている」と答えたんだって。可笑しかったよ。だって、テキストメッセージに返信したってことは、起きているんだから。

 大谷は遠征中は外出はしないみたい。バスでホテルと球場を行き来するだけ。人目につきたくないんだろうね。たとえ一緒にWBCを戦った仲間とのランチでさえ。野球界の数少ないスーパースターの一人だから仕方ない。その後、大谷とヌートバーは結局、どこかで会ったとは聞いたけど。

ディラン  大谷はユーモアのセンスがあると思う。彼の会見は、まずは現地メディアによる英語での質問に答えてから、日本メディアからの日本語での質問に移る。僕は日本メディアの会見にも残ってやりとりを聞くんだけど、質問内容が違って面白いんだ。

塁上でポーズ(写真:アフロ)

 日本の記者は技術的なことを細かく聞く。たとえば、「いつもより手の位置が3センチくらい下がっているように見えましたけど」とか。そういう質問が5、6個続いた後に、ちょっと変わった質問をするようにしているんだ。彼がどう反応するかを見たいから。

 カブスがアナハイムに遠征に来た時に、鈴木誠也が「野球を教えてって言っても全然教えてくれない。ケチ谷って呼んでいます」と言っていたから、大谷に「鈴木選手がケチ谷って呼んでましたけど」と言うと、笑いながら「人に教えられるほど、良いバッティングはできていない」みたいなことを答えた。でも、表情とか声のトーンから、ユーモアを理解しているなと感じた。通訳の一平をいじるのも好き。一平が兜を被った時に、似合ってないみたいなことを言ったり。時々、そういうお茶目な面を見せる。

カブス・鈴木誠也と(写真:アフロ) 

 笑った表情が良いというのもポジティブな印象を与えていると思う。それにすごく礼儀正しい。攻撃的になることもない。オールスターゲームの時に、多くの記者が、シーズン後にフリーエージェントになることについて聞いていた。僕もそれに関して直球でその質問を投げかけてみた。その時は聞こえなかったんだけど、あとで音声レコーダーを聞いてみたら、「何なんだ今の質問は?」と呟いているのが記録されていたよ。彼をイラつかせていたことに全く気付かなかった。

お茶目な一面も(写真:アフロ)

 日本人選手は、日本メディアと奇妙な関係にあることが多い。彼らは、母国でどう見られているかの方が気になるから。たぶん僕やサムのようなアメリカの記者が英語で何を書いているかは気にしていないと思う。日本語の記事は、日本で友達や家族も読んでいるから、日本の記者とはちょっと緊張した冷たい関係があるんだと思う。日本の記者たちは、試合中のカメラに映し出される大谷の感じが、自分たちへの態度に比べて、いかに温かみがあるかをいつもジョークにしている。