『エンジン』蔵出しシリーズ/アルファ・ロメオ篇。今回は2006年秋のパリ・サロンで発表された世界限定500台のスペシャル・モデル、60年代の華麗なるムードたっぷりのイタリアンGT、アルファ8Cコンペティツィオーネに初試乗したENGINE2009年10月号のリポートを取り上げる。

エンジンがかからない!

赤い宝石に乗り込むと、そこは華麗なる男の浪漫の世界だった。キーをひねってセンター・コンソールの丸くて赤いエンジン・スタート・ボタンを押す。450psのフェラーリ製4.7リッターV8を目覚めさせるべく、スターター・モーターがキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルッと回る。現代のクルマだったら、即座にかかるのが常識だ。いつもよりよけいに回っている。なのに、かからない! 一瞬あせる。赤いボタンをさらに押す。押し続ける。大丈夫かぁ。と不安になりかかったころ、突然バフォンッ!! と文字通り爆裂音が炸裂。フロント・ミドに搭載される90度V8は目覚めるや、さらにグオンッ! とひと声吠え、そののちグッド・ヴァイブレーションを伴いながらアイドルを開始する。

8Cの技術的な注目点は、スチロール製のフロアをカーボンファイバー製パネルで上と下からモナカよろしく挟み込んだ特殊なボディ構造にある。これにより、軽くて強度が高く、理想的な前後重量配分、重心を得ているのだ。バンパーやフェンダー等は樹脂製となる。全長×全幅×全高=4376×1892×1340mm。ホイールベース2646mm。車重1575kg(カタログ値)。最高速290km/h。0-100km/h4.2秒以下。

まるでキャブレターの高性能エンジンを目覚めさせた気分。キーONでジー、カチャカチャカチャという電磁ポンプの音が後ろから小さく聴こえてくる。アクセル・ペダルを2、3回奥まで踏んで、おもむろにキーをグイッと回す。セル・モーターがクククククッと回って、ブオンッと来たところでもってアクセルをタイミングよく踏み込む。そういう儀式が60年代の高性能GTではドライバーに求められた。「あ、うん」の呼吸。それを習得してはじめて機械が応えた。その旧き良き時代の人間と機械のやりとりをアルファ8Cコンペティツィオーネは自動演奏機みたいに演じてくれる。

GTカーの演出にこんな手があったとは! なんたるエンスー! アルファ・ロメオは死なず! とエンジンをかけただけで、このクルマが好きになった。往年のTZや33ストラダーレ、あるいはカングーロをちょっと思わせる、レトロな衣装をまとった8Cは、単なるマゼラーティの着せ替え版では断じてなかった。私は誤解していた。2年前の東京モーターショー会場で見たときも、妙に大きく見えて、ちっともいいと思わなかった。違っていた。浪漫なんだよぉ。男の浪漫。60年代GT浪漫の21世紀的自動演奏マッキナだったのだ、アルファ8Cコンペティツィオーネは!

アルファの伝統に則ったインテリアは男の浪漫。ダッシュボードはカーボンファイバー製、シルバーに輝くセンターコンソールのパネルはアルミ削り出し。薄いレーシーなシートは長時間ドライブでも腰が痛くならない。


サウンド・オブ・チューニング

私は8Cに東北自動車道の佐野SAから乗ったのだが、走り出すや、エンジン・サウンドのチューニングにシビれた。アルファV8は2000rpm台では低音でうなる程度。それが3000rpmに達すると1オクターブ上がり、7500rpmまでテノールで朗々と歌いあげる。音域が広い。アクセルを緩めると、バラバラバラバラッとGTマシンのバックファイアのような排気音が後方から巻き起こる。4.7リッターV8は、アクセル操作に応じて、いやそれ以上に感じちゃって、過敏かつ過激に反応し、歌い、絶叫し、嗚咽して、枕を涙で濡らす。いやぁ、困っちゃったなぁ。

ギアボックスはシーケンシャルの6段セミATで、「Q-セレクト」と名づけられている。このシステムのおかげで、運転はきわめてイージー。マニュアルでのギアチェンジはステアリング・コラムに固定されたパドルでのみ行うが、自動変速もしてくれる。シフト時間を短くする「スポーツ」もある。ノーマルとの違いはたいしてない。であれば、スポーツを選ぶのが男というものだ。Q-セレクトは09年型マゼラーティ・グラントゥーリズモSのセミATほど速くもショック皆無でもないけれど、8Cのキャラクターには合っている。そんなにシフトが速くない。ちょっとゆったりしている。そこが味わいになっている。

4.7リッターV8は最高出力450psを7000rpmで、最大トルク48.9kgmを4750rpmで発生する。全域トルキーで、大げさにいえばギアチェンジなんか必要ない。どこからでも分厚いトルクを生み出す。Q-セレクトはエンジンの変速機というより、変音機である。


私の太陽

乗り心地は日本の公道でも素晴らしい。可変ダンパーの類を一切持たない足回りは硬い。低速で荒れた路面を走ると、当然ゴトゴトガタガタ揺すられる。タイヤは前245/35、後285/35の、いずれもZR20というスーパーカー規格。揺すられもするだろう。ところが直接的な突き上げ、不快な振動は一切伝わってこない。ボディが強固で、サスペンションのチューニングが絶妙だからだろう。飛ばせば飛ばすほど、乗り心地はフラットで快適になる。

フィアット・ミラフィオーリ工場でつくられるスチール製のプラットフォームを、カーボンファイバー製ボディでモナカのように挟みこんだ特殊なボディ構造を持つ8Cは、カタログ上の車重が1575kgしかない。日本の車検証だと1680kgまで増えてしまうけれど、前後荷重配分は830kg対830kgと完全50対50を実現している。絶対値もさることながら、フロアがスチールでボディがカーボンだから重心が低い。

往年の名車、TZやカングーロを思わせるリア・ビュー。60年代の丸みを帯びた線と面が美しい。タイヤはピレリのレース部門との共同開発による専用設計のPゼロ。ブレンボ製の4ポッド・ブレーキは重量軽減のためにモリブデン入りの合金を開発、あえて小径のディスクを採用した由。

さらに私はパワートレインとサスペンションを同じくするグラントゥーリズモSに乗ったことがある。あちらは300kg重くて、ホイールベースが30cm長い。さまざまな要因が重なり、アルファ8Cは走り出すと、スペック以上にコンパクトで軽快なクルマに感じられる。とりわけ山道を走っていると、4.7リッターの大排気量V8を操っている感覚がない。まるで4気筒みたいだ、というと安っぽいクルマに受け取られるから慎重に言葉を選ばなければならない。それぐらいマスの大きさを感じさせない。全体のバランスがいい。ロール感はあるけれど、ロール自体は深くないから、自信をもってコーナーに入っていける。アクセルを踏み込むと、ドライバーのお尻の後ろにあるPゼロがグッと大地をつかんで蹴り出すダイレクトなフィールがある。

私は思う。このクルマが欲しい、と。車両価格2259万円。到底無理である。200万円のクルマしか買ったことないのだ、私ときたら。200万円のクルマを2台持ったことはある。それでも400万円。あと、9台もいっぺんに買う財力と度量、胆力、エンスージアズムが必要とされる。生産台数は世界限定500台。日本の割り当て分はわずか67台で、今年3月の発表ではすべて完売。うらやましいのである。2度とこんなクルマは生まれない。撮影で乗った2日間、8Cは私の太陽であった。

文=今尾直樹(ENGINE編集部) 写真=望月浩彦

(ENGINE2009年10月号)