海も山もある、「ほどよい田舎」角田浜

新潟市の中心地からは30キロほど離れた角田浜。古い家屋が多く残るこのエリアで、10年前に古民家を購入し、リノベーションして暮らすのが吉沢さん一家です。写真スタジオを経営するフォトグラファーの浩二さん、美容師の麻貴さん、そして6歳のお子さんと秋田犬のコロ助で暮らしています。

かつては新潟市西区に住んでいました。歩いてショッピングモールに行けるような、いわゆる便利な立地。

「当時はアパートに住んでいました。そこもわりと部屋は広かったのですが、僕が34歳のときに大病を患いまして、それが完治したタイミングでがらっと価値観が変わってしまったんです。仕事を中心にするのではなく、いわゆるワーク・ライフ・バランスの“ライフ”を充実させたい。そこでゆっくり過ごせる場所を探し始めました」

広々としたリビングダイニング。
壁や天井の漆喰はそのまま、床は板張りで仕上げた。

広さや周辺環境、そして予算を考えていくと少しずつ遠くへ。ちなみに吉沢夫妻は、角田浜にある人気のワイナリー〈カーブドッチ〉で結婚式をあげています。そんなご縁もあって角田浜エリアを気に入り、土地と家を探し始めたといいます。

「このあたりのほとんどの家の敷地は1反(約300坪=1000平方メートル)。田んぼの単位なんですよね。うちは購入したときは築144年の古民家でした。3年前まで前の家主が住んでいて、そのあとも親族がきれいに手入れされていたので、状態は悪くありませんでした」

友人につくってもらったというダイニングテーブル。

まだリノベーションという言葉がそこまで普及していなかった頃。リノベーション後の姿を想像することは難しかったと思います。それでも新築という選択肢はありませんでした。麻貴さんはこう言います。

「私があまりピカピカの家が好きではなくて。汚してはいけないと神経質になりたくなかったんです。子どもが柱に何かをぶつけたって、もともと傷ついていますし。もしピカピカだと、『やめて〜!』ってなるじゃないですか」

古民家をフルリノベーションし、平屋で広いリビング・ダイニングを確保した間取りは、子育てにもマッチしています。

「リノベーションして、子ども部屋は一応1部屋確保していますが、自分の部屋を持ちたがるのが小学5、6年生から中学生くらいかなと思うので、まだ先だと思っています。今はリビングで絵を描いたり、走り回ったり、自由に過ごしていますね」

壁を抜いたシンプルな構造なので、走り回りやすい。

家具のひとつひとつは大きいものが多いですが、部屋の構造がシンプルで、スペースに余白があるので、走り回ることができます。

「子育てにおいて、走ってはいけない、大声を出してはいけないというのはかわいそうでしかありません。好きなことをやってほしいし、好きに過ごせる空間になっていると思います」と麻貴さん。

「庭も広いんですよ」と続ける浩二さん。
「200坪くらいあって、ちょっとした公園みたいです。なぜか小山があるんですよ。走り転げたりできる。娘も公園に行かないで庭でいいと言いますね」

屋内・屋外にかかわらず、なんでも好きにやっていい、その自由を奪わないことが重要。自分たちがリラックスして過ごせる家づくりは、結果的に子育てにもいい影響を与えることになったようです。

扉は回転扉になっている。両手が埋まっているときは足で開けることも!?

「箱」であれば、
子どもの成長に合わせて変えていける

定位置に座って絵を描くのが好きというお子さん。「こんなに自然に囲まれているのにインドア派」と麻貴さんも笑います。

「確かにあまり出たがりません。でも、それも家が窮屈ではないからだと思うんです。静かにしていなければいけないような家だったら、もっと外に出たいんだろうと思うんです」と浩二さん。

お母さんと一緒にお絵描きが大好き。

もともと開放感のあるようにリベーションしましたが、住み始めてから4年後にお子さんが産まれました。それによって家の中で大きく変えた部分はないそうです。

「ペレットストーブが危ないから柵をつくったくらいですね。ほとんど変えていないです。結構、そういうアレンジもやりやすい家だと思います。家は“箱”でいいと思っているんです」

ペレットストーブの周辺は唯一障害物があるところ。

家族構成の変化によっては、「リビングをまたリノベーションすればいい」と話します。箱であると考えていれば、その中身はアレンジしやすい。お子さんが中学校、高校と進学していけばそれに従って変化していけばいいし、家から巣立ったあとはまた自分たちの使いやすいようにアレンジすればいいのでしょう。「どのようにもできる」家は、子どもの成長や家族の変化にフレキシブルに対応してくれそうです。

玄関ホールだけでこの広さ。

家だけでなく、「田舎」ならでは人付き合いも、吉沢さんは魅力に感じています。

「このエリアには豊かに暮らしている人が多くて、自分の畑で採れた野菜をくれるおじいちゃん・おばあちゃんもたくさんいます。それが本当においしいんです。釣った魚を持て来て捌いてくれる人もいます。いつもそういうありがたい体験をできる。そしてそれを娘にも体感させてあげられるんです」

アウトドア派の浩二さんとインドア派の麻貴さん。実は好バランス。

お子さんは4月から小学生。このエリアでは1学年が10人前後です。それだけに地域で子育てを行う意識は高いそう。

「集団登校を見守る地域のボランティアのおばちゃんがいて、その活動が活発なんです。子どもたちはおばちゃんたちと話しながら通学しています。田舎の人付き合いがめんどくさいという話はよくあるじゃないですか。

正直にいうと私もあまり得意とはいえません。でもここはちょうどいい。自分の孫のように、地域の宝のように扱ってみんな名前も覚えて声をかけてくれるけど、グイグイくるわけでもない。ちょっと歩いていたら、わらしべ長者みたいに焼き芋とかスイカとか、いろいろなものをもらってきますよ(笑)」(麻貴さん)


地域に若者と子どもを増やす

吉沢さん一家が角田浜エリアに移住してきて子どもが増えたことで、地域のお年寄りが元気になったといいます。やはり子どもは地域の宝。子どもがいるだけで不思議とみんなの活力になる。さらに吉沢さん一家がほかにも移住者を呼び込んだことで、効果もより大きくなっています。

「僕たちが移住してから、10組くらい移住してきているんですよ。メディアに取り上げてもらったり、角田浜の暮らしに興味を持ったといって連絡くれる人もいました。それで一度うちに遊びに来てもらうと、みんなこの地域が好きになります」

そのうち5組には子どもがいます。地域に若い血を入れたことに感謝されるそうです。

キッチン前の電球に、浩二さんは「イカ釣り漁船みたいでしょ」と笑う。

一度来ると好きになる。角田浜の魅力とはどんなものでしょうか。まず気候面は大きいようです。前述したように、徒歩圏内にワイナリーの〈カーブドッチ〉があります。彼らがこの土地を選んだのは、新潟圏内でもイタリアと気候が似ていて、ブドウの生育にいい環境だから。

「雨の多い日本海側なのに、ここはピンポイントで晴れが多いんです。あと海と山の関係性で雪も積もりにくい。新潟県内でも一番気候のいい場所なんじゃないかなあ」

海も山もあり自然豊か。家の敷地も広くて、「周囲へ迷惑をかけてしまう」「子どもに我慢をさせてしまう」と考える子育て世代にとっても申し分ない環境です。

どこでゴロンとしてもいいんです。

「僕たちは不便を楽しめるタイプだし、そもそも大して不便と思っていません。不便というスイッチを切ってしまえばいいんだと思っています。新潟市の中心地の人に角田浜に住んでいることを話すと、『コンビニあるの?』『スーパーは?』『草むしり大変じゃない?』などといわれます。それを不便と思うかどうか。

コンビニにはあまり行く必要はないし、好きな音楽を聴きながら草むしりするのは幸せじゃん、って。便利イコール幸せではないと思います」

都心部にある児童施設などより、家のほうが広くてのびのびできる。だから行く必要性もないという浩二さん。そういう意味での「便利さ」とは価値観が違うようです。

もともと敷地にあった蔵を改装して、麻貴さんのヘアサロンとしてオープンした。

価値観を変えれば、都会にない幸せが田舎には山ほどあります。中心地からたった30〜40分走るだけでこの環境が手に入るのは、新潟ならでは。実際に浩二さんは毎日中心部まで車で通勤しています。

「たまに中心地で友だちと食事することもありますが、『こんな遠くまで来てもらっていいの?』と言われます。実際、ぜんぜん遠くない。向こうからは遠く感じるんでしょうね、知らないから。でも来てみるとそんなに遠くないし、道を楽しめばいいじゃんと思う」

自分たちが心地よく、子どもものびのびできる。さらに地域へ活力を与え、地域みんなで子育てしてもらえる。子どもを介した素敵な循環がありました。

credit  text:『にいがたのつかいかた for Family』編集部 photo:今井達也