ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の年間来場者数は1200万人を超えるとされている(2022年推計、出所:「Theme Index Museum Index 2022」)。近年は、『ハリー・ポッター』シリーズや『ミニオンズ』『スーパーマリオブラザーズ』といったコンテンツと続々コラボ。こうした工夫により新たな客層を開拓し、好調な集客につなげている。

 しかし、USJ好調はこれらの要因だけでは語り切れない。単なるアトラクションやコンテンツの新規性、来場者である「ゲスト」へのもてなしだけではなく、パーク内やオフィスで働く約1万人のクルー(従業員)への“もてなし”も重視しているのだ。

●1食360円のクルーカフェ

 クルーへのもてなしとして代表的な取り組みが「クルーカフェ(従業員食堂)」だ。全6カ所を運営し、日替わりの「ヘルシーメニュー」や「バリューメニュー」、週替わりの「USJ メニュー」を中心にうどんやそば、カレーといった定番メニューも提供する。

 ヘルシーメニューはメイン料理にみそ汁、さらにパンか白米、雑穀米の3種類から主食を選び、サラダバーがセットになっている。健康的なだけでなく、ボリュームや満足感もあるメニューだ。

 一方、バリューメニューはヘルシーメニューよりボリュームのあるメイン料理に、ヘルシーメニュー同様みそ汁と主食がセット。こちらはサラダバーのセットはない。学生クルーなど、しっかり食べてエネルギーを補給したい人に好評だ。

 これら2つの定食メニューと比較して、よりUSJらしさが表れているといえるのがその名の通り、USJ メニューだ。こちらはUSJのパーク内で提供しているフードを再現して提供。ホットドッグやピザ、パスタなど10種類弱をローテーションしている。

 驚くべきは、これら3種の定食はいずれも360円で販売している点だ。原材料や燃料費の高騰で各所の値上げが続く昨今、クルーにとってはありがたい価格といえる。USJを運営するユー・エス・ジェイの鎌田佳弘氏(人事部 次長)は価格設定について「クオリティーの高いメニューを低価格で提供しようと、目安としては学食よりも安い程度の価格をイメージしました」と話す。

 もちろんこれらの他にも、ミニトマトやブロッコリー、レタスといったオーソドックスな野菜も提供。豆類やキャロットラペなどもそろえたサラダバー、小鉢、デザートといったメニューも豊富に用意している。

 価格だけでなく、一部のクルーカフェでは午前1〜4時の深夜営業にも対応する。パークがクローズした後の深夜に作業をするクルーもおり、重宝しているという。

●23年に「内製化」 きっかけは経営体制の変更

 クルーカフェのポイントは、安さや営業時間の長さだけではない。これまでは運営を外部の事業者へ依頼していたが、23年6月から内製化を始めた。

 そもそも、クルーカフェはUSJのグランドオープン時から存在していた。ただ、これまでのクルーカフェは「ザ・食堂」(広報担当者)といった形で、現在のように隅々までクルーに気を配った運営に振り切れていなかった。

 そこでまず、クルーカフェの内装をリニューアル。例えば6カ所あるうちで最大規模の「DECKカフェ」は、映画をイメージし、フィルムのような仕切りを作るなど、まるで映画のワンシーンのようにおしゃれな空間へと作り替えた。

 ここまではハード面の改装だが、その後は4カ所のクルーカフェを内製化。DECKカフェを含む残り2カ所は同年7月にリニューアルを終えた。

 しかし、なぜ開業から20年以上が経過したこのタイミングなのか。ポイントは、経営体制の変更だ。転機が訪れたのは15年。米国でケーブルテレビなどのメディア事業を手掛けるコムキャスト社が、株式の過半数を取得する形でUSJを買収した。14年にオープンした新エリア「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」などの好調により、集客能力が高まったことがきっかけとされる。

 経営体制の変更により、事業のもうけはもちろんながら、従来以上に全社的に人材への投資を積極的に行う体制へシフトチェンジ。その中で日々のクルーの「食」体験を変えようと、クルーカフェの刷新へと段階的に踏み切った。

 「実は以前から、何度かクルーカフェをリニューアルして内製化しようという話はありました。ただ、これまで社内で従業員食堂の運営経験がないことから、メニューの検討や体制、コストなどの面で頓挫してきた歴史があります。それが経営体制の変更をきっかけに、内製化することになりました」(鎌田氏)

●退職した総料理長を招へい

 リニューアルに当たって特に工夫した点について、鎌田氏は「ただの食堂にはしたくなかった」と振り返る。そこで、開業当初から長らくパークの総料理長を務めてきた石束(いしづか)拓夫氏を招へいした。

 「石束さんは、従業員食堂の食事体験をもっと良くできると考えて、これまでも内製化を訴えていました。何より毎日の食事に関する満足度を高めることが、クルーの満足度やパフォーマンスのクオリティーを高めると考えていたそうです。

 ただ、その道半ばで退職され、実家の喫茶店に戻って仕事をされていました。クルーカフェを内製化できるとなったとき、社内では『石束さんの力を借りない手はない』となり、ご家族の理解もあり、アドバイザーに就任してもらうことができました」(鎌田氏)

 石束氏という力強いメンバーも迎え、念願の内製化を果たしたクルーカフェ。鎌田氏が語ったように「普通の食堂」にとどまらず、旬の食材を使った季節メニューなどにも取り組む。先述の通りに安価な価格も、値上げラッシュの中で維持し続けている。

 これまでと違い、クルーカフェで働くメンバーも社外のスタッフから、同じ社内のクルーとなったことで、お昼時の利用者に対して「午後も頑張ってくださいね」といった形でコミュニケーションが生まれるなど、ホスピタリティの向上効果が見られている。クルーカフェから少々離れたオフィスで働くクルーも、わざわざクルーカフェへ足を運んで食事する機会も増えており、期待していた効果はすでに表れているようだ。

 実際に筆者がクルーカフェを訪問したところ、昼のピークタイムを過ぎた午後2〜4時ごろでもさまざまなクルーでにぎわい、おのおのが食事など憩いの時間を楽しんでいた。ちなみにこの日はヘルシーメニューが売り切れ。サラダバーも盛況を見せており、健康志向のクルーも納得の食堂となっているようだ。

 冒頭で紹介した調査結果(Theme Index Museum Index 2022)によると、USJの2022年における来場者数は1235万人。これは米フロリダ州のマジックキングダム・パーク(1713万人)、同じくカリフォルニア州のディズニーランド・パーク(1688万人)に次ぐ世界3位の数だ。

 USJは01年にオープン。初年度に1102万人の来場者数を記録したものの、2年目は700万人台へと大幅に低下。その後も800万人台で推移していた。13年度には01年度以来12年ぶりとなる1000万人超を記録すると「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」エリアのオープンを迎えた14年度は1200万人を超え、初年度の数字を塗り替えた。

 さまざまなコンテンツの世界観を再現したフードで来場者をもてなすだけでなく、社内クルーの食体験にも注力するUSJ。クルーの働きがいある環境づくりが、活気のあるパーク運営を支えている。

(鬼頭勇大)