よしながふみの“男女逆転”『大奥』(NHK)の盛り上がりのあと、期待を背負ってはじまったフジテレビの『大奥』(脚本:大北はるか)は男女逆転とは違った逆転に次ぐ逆転があった。

 (画像:『大奥』フジテレビ公式サイトより)とりわけ最終回は驚きの連続でいくつもの爪痕を残して有終の美を飾った。

最初の逆転は倫子と家治の関係を史実から…

フジテレビの『大奥』は、御台所と側室の住居としての大奥そのものの物語で、小芝風花を主演に抜擢し、十代将軍・家治(亀梨和也)に嫁いだ皇族の五十宮倫子(小芝)が、陰謀渦巻く大奥で格闘する。

(以下、ネタバレがあります)



最初の逆転は、倫子と家治の関係。史実では仲睦まじい夫婦であったと言われるふたりの出会いを、ドラマでは冷めたものにした。さらに家治に出生の秘密があって……。

そして、倫子と松平定信(宮舘涼太)との関わりを濃く描き最終回まで引っ張った。最終的には、倫子と家治に強い絆が生まれ、定信の陰謀を倫子が封じるという痛快な展開だった。

逆転の最たるものは、家治が倫子に託した思い

家治が最終回の冒頭で病が悪化して亡くなってしまうことにはさみしくあったが、家治は死してなおとても重要な部分を担っている。逆転の最たるものは、家治が倫子に託した思いであった。

初回からずっと、倫子は大奥で家治の寵愛と彼の子供をもうけることを最大の目的にした女たちの戦いの渦に放り込まれてもがき苦しむ。そのなかで流産するというとても悲しい経験もした。

家治の望みは、いがみ合ったお知保(森川葵)とお品(西野七瀬)と倫子の3人を「3つ葉葵」の3枚の葉に見立て、将軍家を守ってもらうこと。



お品が産んだ、家治の忘れ形見である貞次郎を死んだことにし、名を変えこっそり育てさせる。倫子の猫を増やすという考えに対して、家治が猫を隠すアイデアを考えついたという流れは良かった。

こっそり育てられた子はやがて11代将軍・徳川家斉となる。それを演じたのが鈴木福というのもサプライズだった。ほんの少ししか出てこないのに印象的だし、ありがたい感じすらするのはさすがである。





60年代から『大奥』ドラマ化のフジテレビ、令和にどう描いた?

さんざん大奥での女性同士の陰湿な虐めを描いたすえ、芽生えた女性たちの連帯の象徴を三つ葉葵に見立てるという冴えたアイデア。

このラストをまず決めて、逆算して作ったのかもしれない。前半の虐め描写の数々が執拗過ぎたことも、最終回、女たちが足を引っ張り合うのではなく連帯する時代への希望のためだったのだろう。



前半はなかなかしんどい描写も多かった。60年代から『大奥』をドラマ化してきたフジテレビが、令和では大奥をどう描くかと期待したら、ファッション業界の壮絶な女の戦いを描いてヒットした『ファーストクラス』(14年)の時代劇バージョンのような雰囲気で、ハラスメントにはうるさく、女性の連帯がトレンドの令和において、あえてのキャットファイトが展開されたのだ。

 『ファースト・クラス』ポニーキャニオン将軍の継承者たる男子を生むことが女性のゴールで、正室といってもそれができなければ、男子を産んだ側室の立場のほうが上になる。

女のプライドに懸けて、家治の寵愛を我が物にすべく自分磨きを頑張るならまだしも、子供ができないように薬を毒に取り替えたり、子供を暗殺しようとしたり……。倫子が家治の床に呼ばれる晴れ舞台の日、お風呂で身を清めようしたら、汚物を入れられていたというエグいエピソードまで。

長らく倫子に尽くしてきて唯一信頼できたお品が家治の子を身ごもる愛憎劇に至っては、よくここまでしんどい描写を書いたなあと思った。でもこういう通俗性はネット漫画ではよくあり愛読されているし、近年、敷居が高くなっている時代劇に新しい層を呼ぶうえでは最適解かもしれない。

凛とした小芝風花。亀梨和也、宮舘涼太ら男性陣にもナットクの見せ場が

そして、小芝風花は、どんなにしんどい目にあっても、最後まで清く正しく凛としていた。

倫子に女の子が生まれ、その子をとても大事にしている表情にもほっとした。



思うところあって真意をなかなか見せない家治を演じた亀梨和也は悲劇の将軍を見事に演じていたし、宮舘涼太はヒールの松平定信を演じきり、配信されているスピンオフでは主演をつとめるほどだ。

女性が主役のドラマながら、男性陣にもナットクの見せ場があった。とりわけ勝手に功労賞を差し上げたいのはこのふたり。田沼意次役の安田顕と、猿吉役の本多力が鮮烈である。



安田顕、転落する悲劇の悪役。夢に出そうな凄まじさ



安田顕は、第1話からやけに悪代官のように陰湿そうな田沼を熱演していたのだが、最終回も完全にかっさらった。

いろいろ策を講じて政治の中枢をなそうとした田沼だったが、結局、失墜、悪名ばかりが残ったが、やがて時代が変わると田沼政治が懐かしいと思われてしまう皮肉めいた役割で、キャラクターとしては深堀りがいのありそうなおもしろい役だ。

田沼は歴史的観点からしても、かつては賄賂(わいろ)政治を行った悪者のようにも思われていたが、家治を補佐して江戸の貨幣経済の礎を築いた点は高評価とされている。『大奥』では徹底的に策略家で、因果応報、転落する悲劇の悪役となった。燃え盛る大奥のなかで、自刃するときの顔が歌舞伎のにらみのような凄まじさで夢に出そうだった。



昨今、さらりとナチュラルな演技をする人が多いなか、安田のように舞台演技のようなことができる俳優は貴重だ。しかも、型をつくってそこにちゃんと感情を入れていくということができて、その型も感情も尋常じゃなく突き詰めているように感じる。

今回もちょっと笑える域までいってしまい、『大奥』って誰が主役でなんの話だったっけ?と、田沼しか覚えてないほどになってしまうことが良いのか悪いのかよくわからないが、安田顕は時として、「舞台あらし」と呼ばれた北島マヤのようになってしまう俳優なのだ。それが作品を思いがけないものにしてすごくいいのだ。

本多力 実は雇われ暗殺者だったが最後は…



本多力は現在放送中の大河ドラマ『光る君へ』に、藤原道長(柄本佑)の使用人・百舌彦(もずひこ)役で出ている。

『大奥』では朴訥(ぼくとつ)な使用人かと思わせて、大河『鎌倉殿の13人』で人気だった善児(梶原善)のような役回りで驚かせた。定信に雇われ暗殺者のような仕事をしていたが、最後は善の感情が勝り、定信に意見して果てるというとても見せ場の多い役となった。

わりとほのぼのした役の印象のあった本多だが、新たな可能性を提示したのではないだろうか。



小芝風花と安田顕、まったく違う雰囲気でさっそく共演

 『天使の耳〜交通警察の夜』(画像:NHK公式サイトより)小芝風花と安田顕は、4月期は、 NHKの現代劇、『天使の耳〜交通警察の夜』でまったく違う雰囲気役で共演。亀梨和也はテレビ朝日の恋愛ミステリー『デスティニー』に出演する。これらもチェックしたい。

最後に、西野七瀬さん、ご結婚おめでとうございます。

<文/木俣冬>

【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami