NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)の「虎に翼」は、日本初の女性弁護士となる三淵嘉子(1914-1984年)をモデルとし、その生涯を描く物語として今年4月にスタートした。

 (画像:『虎に翼』NHK公式サイトより)伊藤沙莉が演じる主人公・猪爪寅子(いのつめ・ともこ)にはこれまでの“朝ドラあるある”を捨て、アップデートされた人物造形が多々見られる――と指摘するのは、漫画家の瀧波ユカリさん。

ご自身も漫画家として数々の登場人物を生み出してきた瀧波さんだが、寅子をはじめとする“トラつば”登場人物には、毎日のように驚きや発見があるよう。

 瀧波ユカリさん 著書に『臨死!! 江古田ちゃん』や『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』など

「現代的」な主人公

たとえば第6回、法律を学ぶため大学の女子部に入学した寅子たちを、同じ法学部の男子学生が「魔女部(まじょぶ)!」「嫁のもらい手がなくなるぞ」とからかう場面を観て、X(旧Twitter)にこうポストした。

〈「これが母の言う地獄なら、ずいぶん幼稚な地獄」

 男子学生たち(見た感じも口ぶりもわかりやすく低俗)にからかわれて主人公が抱く感想が……直球!

 主人公にも視聴者にもモヤモヤやきもきさせない、いちいちまわり道しないところが気持ちいい。〉

――2024年4月8日

SNSの朝ドラ考察文化の役割

寅子は、その時代において“常識”とされていることに「はて?」と疑問をいだく。それをわからないこととして放置せずに自分で考え、具体的なアクションにつなげる――ゆえにその人物造形が「現代的」であると評されることも多い。

 ©NHKSNSで「#虎に翼」「#トラつば」と検索すれば、寅子への共感の声、「よくぞ言ってくれた!」というような支持の声がずらっと並ぶ。この現象を、瀧波さんはどう見ているのか。

「いろんな人から意見を聞いてみないとなんとも言えませんが、このドラマの新しさを感じ取り『すごい』と思っている層と、なんとなくいつもと違うけどなんだろうとはっきりわからないまでも『面白い』と感じている層と、さらに、面白いのかどうかわからないと思っている層……などがいるのではないかなと思います。

そんななかで、10年以上前からTwitter〜Xでつづいている、朝ドラ考察クラスタの文化の存在は非常に大きいと思います」(瀧波ユカリさん 以下カギカッコ同じ)

瀧波さん自身、視聴後に必ずといっていいほどハッシュタグをつけて投稿している。



「朝ドラはあまりつづかないタイプなので、考察の常連メンバーではないのですが」と前置きしたうえでこうつづける。

「この展開にはこういう意味があるとか、今回の見どころはここだったとか、ドラマを見て言語化するスキルを持った考察クラスタの人たちの言葉を見ること含めての楽しみになっているし、視聴者の理解度の底上げにつながっていると思います。

私の投稿するポストへの反響もとても大きく、このドラマのことをもっと知りたい、理解したいという視聴者の思いの強さを感じています」

あるあるではない「前向き」

昨今は、公式アカウント(@asadora_nhk)もそれを見越しているかのようで、視聴者は知り、理解することで、翌日の放映への期待を高めるという仕組みができている。

 ©NHK「ドラマのなかで寅子と学友たちが同じ志を持ち高め合っているように、視聴者たちも“考察”をとおして意見を交換し、学び合っている……そんな不思議な現象が起きている、というのは言い過ぎでしょうか。でも、そんな感じがしています」

超人的なメンタリティ

4月第3週現在、寅子は大学の女子部で、新入生勧誘のための法廷劇に挑戦している。常に前向きな主人公は“朝ドラあるある”だが、寅子のそれは若干、性質を異にしているようだ。

女性が法律を学ぶと決めた、血を流す覚悟もある。でも、それで死ぬとは思っていない。自分の可能性を信じているがゆえの、前向きさだ。

「寅子はまわりにどう思われるかということを、ほとんど気にせずに生きているように見えます。ある意味、そこだけは作り込みというか、フィクションの要素が強いのかもしれません」

と分析する瀧波さん、そこから目線を現代の女性たちに移す。



 ©NHK「女性がそういうメンタリティを持って生きることは、現代であったとしても非常に稀有(けう)なことだと思います。でも現実的にはそこまで振り切っては生きられないからこそ、超人的なメンタリティを持つ寅子を視聴者は安心して見ていられる、ということもあるのかなと思います。

ウチでは中学生の娘も視聴していますが、この“どう思われるかをほとんど気にしないメンタリティを持つ女性主人公”は、彼女にとってすばらしいロールモデルになっていると思います」

名もなき女性たち

人からどう思われるかよりも、自分がどうしたいのかが大事。相手が家族でも、自分を疎(うと)ましく思っている同級生でも、目上の男性でも、寅子は率直にものを言う。

「それが創作物であったとしても、“どう思われるのかなんて気にしなくていい”という力強いメッセージを若い世代は特にまっすぐに受け取っているはずです。それこそが彼女たちの未来への可能性を広げていくと思います」

 ©NHKもうひとつ、瀧波さんのポストを紹介しよう。

〈聖橋((編集部注:お茶ノ水付近のほかの橋の可能性もあります))の上で、重い荷物を背負った老婦人(2回は出てきたはず)、思い詰めた様子で橋の下を見つめる女性……

 「あれ?なんか気になるな」くらいの匙加減で、ふつうは「モブ」と呼ばれる存在の女性たち、女性ひとりひとりの人生が視界に入るように作られている。こんなドラマあっただろうか〉

――2024年4月5日

女性の痛みを取りこぼさない

本ドラマはオープニングでも、女性がいくつもの役割を果たしながら老いていく様がアニメーションで描かれ、また主人公がさまざまな職業の女性たちと踊っている。こうした“名もなき”市井の女性の描き方について、瀧波さんが「虎に翼」の今後に期待することとは?

『虎に翼』© NHK「“モブ”の女性たちについても、オープニングで描かれる女性たちについても、ままならない人生を歩んできたであろう、名もなき女性たちのことをできるかぎり取りこぼさない、という作り手の強い意思を感じます。

物語って、どうしても主人公の成長やストーリー展開のために“名もなき人”を利用する……言葉を選ばず表現すると、捨て駒にする、消費するようなことが往々にしてあるのですが、このドラマではそういうことはしないだろうし、むしろ誰の痛みも取りこぼさないように進めてくれるだろうという期待があります」

はじまったばかりの「虎に翼」。寅子の前にはさまざまなものが待っている。婦人弁護士を認める法改正は先送りされたし、戦争もある。そして終戦後、男女は平等であって性別で差別されないと定める、日本国憲法が施行される。

それによって寅子と、それを取り巻く人と、名もなき市井の女性たちはどう変わっていくのか……楽しみにしながら見守りたい。

【瀧波ユカリ】漫画家。1980年札幌市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、2004年に24歳のフリーター女子の日常を描いた4コマ漫画『臨死!!江古田ちゃん』でデビュー。同作はアニメ・ドラマ化。現在は『わたしたちは無痛恋愛がしたい』を連載中。モトカレマニア/ありがとうって言えたなら/あさはかな夢みし等、漫画とエッセイ、TVのコメンテーター等幅広い活動を展開。

<構成・文/三浦ゆえ>

【三浦ゆえ】
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)、『リエゾン-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』(三木崇弘著、講談社)、『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社)などの編集協力を担当。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。