最近お笑い芸人の「ファン事情」に注目が集まっています。

見た目に惹かれて推し始める「顔ファン」やネタを深堀りして考察する「ネタファン」、そしてその中でも目立った暴走をして周囲に迷惑をかけてしまう「痛ファン」など。昨今ではファンの在り方について、応援される芸人たち自身も様々な意見を発信しており、たびたび論争が起きています。

ステージマイク

ネタに上から目線で本人にダメ出しするファンも

先日、とあるお笑い芸人のファンが、ライブを見に行ったけれどネタがつまらなくて帰りの新幹線の中で泣いたというテキストをnote記事として公開してSNS上で「例のnote」として話題になりました。驚いたのは、このファンがSNSの投稿やリプライで、わざわざ本人や他のファンに伝わるような方法で日常的にダメ出しをしていたということ。

しかし、このファンでなくとも、賞レースやネタ番組で芸人が披露したネタに、独自のジャッジをしてダメ出しをするファンは少なくありません。中には「上から目線」であることも。

アイドルやアーティスト、俳優のファン界隈において、歌や演技についてここまで直接的にダメ出しをするケースはあまり見受けられません。なぜお笑いファンの間では、こうしたことが当たり前のように行われているのでしょうか。もしかしたら、他の芸能人とは違う、芸人とファンとの距離感や関係性が作用しているのかもしれません。

昨今のお笑いファンの現状について、M-1グランプリのファイナリスト経験もあるお笑いコンビ・馬鹿よ貴方はの新道竜巳(しんどう たつみ)さんにお話を伺いました。

お笑いファンは芸人を「自分たちのもの」

 馬鹿よ貴方は 新道竜巳さん――YouTubeチャンネル『馬鹿よ貴方は、新道竜巳のごみラジオ』にて、ファン事情について数々の言及をしている新道さんは、長年にわたってお笑いシーンを見てきたライブ芸人さんの一人です。こんなにもお笑い界でファン論争が起こっている現状をどう考察していますか?

「お笑いファンって、もともと芸人を『自分たちのもの』と捉えている感覚が強いと思うんですよ。今は芸人側も情報発信が活発なので、劇場に足を運ぶことはカジュアル化してきていますけど、昔のお笑いライブっていうのは普通の生活をしていたらなかなかたどりつかないような場所だったわけですから。

特に小さい劇場に出ているような芸人であれば、物理的に距離がものすごく近いし親しみも感じやすいでしょうしね」

――なるほど。「お笑い芸人=他の芸能人よりも近しい存在」という考えが根底にあると。

「近年はコロナ禍もあって出待ちもできなくなったから、芸人とお笑いファンの直接的な距離は少し遠くなったかもしれないです。それでもライブに加えて、SNSや配信がある以上、テレビタレントよりはまだ身近なのでしょう。だからこそ、その分だけ芸人の変化に過剰な反応を示すことが多いんです」

――具体的にどのような反応があるのでしょうか。

「例えば、ライブでウケていたネタをブラッシュアップしてテレビに出演した場合、『なんでそういう改変をするの』と不快感を露わにするんです。芸人が出るメディアによって表現方法を変えることは当たり前のことなんですけどね」



顔ファン=悪というのは違う理由

劇場 観客 拍手 ファン――慣れ親しんだ『自分たちのもの』が奪われたように感じられるのかもしれませんね。以前に比べて「顔ファン」や「ワーキャー人気」についての言及も増えているように思いますが、新道さんは芸人の立場としてこれらをどう感じていますか?

「ひと括(くく)りに顔ファンとはいっても、実際は常識を持って応援している人がほとんどなんですよ。ただ、一部によくない人がいて、顔ファン全体が批判される状況になっているような気がします。たとえ推しの芸人が、顔ファンNGを匂わせたからといっても、顔ファン=悪というのは違うと思いますよ」

――意外にも新道さんは顔ファンについては絶対的な否定派ではないのですね。

「そうですね。ただ、顔ファンがついていて、なおかつ顔ファンを嫌がっている芸人にも、それなりの言い分はあるのだと思います。

おそらく、そういう芸人たちの根底には『ネタで認められたい』という強い想いがあるんですよ。でも、頑張りが報われないことで顔ファンの存在がストレス化してしまっているのではないでしょうか」

他の芸人からイケメンイジりに耐えられないから顔ファンがストレス

――「ネタで評価してもらわないといけない」というプレッシャーもあるのかもしれませんね。

「実はそれって、他の芸人仲間からの見た目イジりに耐えられないからってことも多いんですよ。ネタがウケていないと、そういうイジリにも上手く返せなくてストレスが増大することもあると思います」

――なるほど、イケメンってことでイジられるんですね。根本的な解決策はネタを磨くことでしかないのでしょうか。

「でも、僕はそこについては、見た目が良い悪いの問題ではなく、見た目の印象がノイズ化しないネタづくりを模索すべきだと考えていますよ」



見た目の印象がノイズ化しない「自分の見た目に合った表現」が大事

舞台、劇場、シアター、公演――見た目の印象のノイズ化とは?

「例えば漫才で『相方に女の子を紹介してあげる』ってネタをしている芸人がいたとして。紹介する側が、あまりにも女の子の知り合いがいなさそうな見た目だと、このネタって成立しなくなっちゃうんですよね」

――なるほど!「モテないのが悩み」なんてネタを、いかにもモテそうな見た目の芸人がやっていても然りですね。

「ネタが上手くハマらない芸人って、そういうところがそぐわっていないパターンが本当に多いんです」

――M-1グランプリ2023チャンピオンの令和ロマンの髙比良くるまさんも、そのためにスキンケアに注力したり、アゴにヒアルロン酸を入れるなどのビジュアル改革をしていたと聞きました。新道さんの言っていた「ノイズ除去」に通じるものがあるように思います。

「芸人たちは顔ファン云々を語るよりも前に、『自分の見た目に合った表現』について考えることが大事だと僕は思いますよ」



ネタ考察ムーブメントもお笑い文化の盛り上がりの一つ

――顔ファン問題とは別の話になりますが、ネットでネタの批評や考察を展開している「ネタファン」の存在についてはどう思いますか?賞レースでのウケの量が増減するなどの弊害が起こっているようですが。

「芸人の立場として言うと、客にすでにネタバレしている状態でのパフォーマンス対策はぜんぜん可能だと思います。だから僕は現在のネタ考察のムーブメントを止めることはしなくていいという見立てですね。お笑い文化の盛り上がりの一つとして捉えています」

――お笑いファンに対して多くの考察をしてきた新道さんならではの見解をたくさん聞かせてもらいました。そういえば、先日推している芸人からブロックされたファンの「例のnote」の件が広がったのも、新道さんがご自身のYouTubeで取り上げたことが発端といってもいいと思いますが、あれはどういう意図があっての配信だったのでしょうか。

「純粋にヤバそうだったから関わってみようと思ったんですよ。でも、結果的には意外とちゃんと人の話を聞ける人だったな、と。もっとヤバかったら直接会ったりしてみようと思っていたんですけど(笑)」

――最終的には、かなり真摯に書かれた反省文のようなnoteをアップしていましたね。

「あのファンの方は、多くの人の目に晒されて自分を見つめ直すことができたんだと思います。実はすごくラッキーだったんじゃないですかね。

今回の件を通して感じたことは、『痛ファン』という存在は、すぐに『痛い』と結論づけるのではなく、過程をくんであげるのも大事であるということ。そこに至るまでの理由もきっとあると思うから」

――ありがとうございました!

<文&撮影/もちづき千代子>

【もちづき千代子】
フリーライター。日大芸術学部放送学科卒業後、映像エディター・メーカー広報・WEBサイト編集長を経て、2015年よりフリーライターとして活動を開始。インコと白子と酎ハイをこよなく愛している。Twitter:@kyan__tama