クルマのエンジンといえばV型12気筒が最上位ですが、かつてV型16気筒を搭載したセダンがBMWにあったのです。どのようなモデルなのでしょうか。

“多気筒戦争”のなか登場したBMW「V16セダン」とは

 クルマのエンジンで最高峰といえばV型12気筒エンジンが思い浮かびます。
 
 しかし、1980年代にBMWはV型16気筒エンジンを積んだ高級車の発売を考えていました。それはどのようなエンジンで、どういったクルマだったのでしょうか。

 大排気量車・高級車の証でもあるマルチシリンダーエンジンには、直列6気筒・V型8気筒(V8)・V型12気筒(V12)などがあります。

 なかでもV12エンジンは、多くの市販車が採用した歴史があり、現在においても、依然として乗用車エンジンの最高峰に位置付けられています。

 ところが、その上にはさらに16気筒エンジンが存在します。

 古くは1930年代のキャディラック「シリーズ452A」、1980年代にはチゼータ「V16T」などがV型16気筒(V16)を載せていました。そしてブガッティ「シロン」などは、さらに特殊な設計のW型16気筒(W16)エンジンを搭載しており、こちらは現在も生産されています。

 しかし、サイズが巨大になってしまう16気筒を積むクルマは数える程しかなく、特殊なエンジンと言っても差し支えありません。

 かつての高級車は“マルチシリンダー・ウォーズ”(=多気筒戦争)、つまり「排気量や気筒数が大きいほうがより立派である」という風潮がありました。

 そのためドイツのBMWは、ライバル車を圧倒するクルマを作るべく、V16エンジンの開発をかつて行っていたことを2019年にフェイスブックで公表。ちょっとした話題を呼びました。

 BMW初のV16エンジンは、1986年に登場した2代目「7シリーズ」(E32型)に設定の5リッターV12エンジンに4気筒を追加して誕生。排気量は6.7リッターで、トランスミッションは6速マニュアルというのは意外です。

 最高出力は408psに達しましたが、現在では400psオーバーのクルマは珍しくないため、さほど驚かない数値かもしれません。

 しかし、ベースのV12エンジンが300psだったことを考えると、大幅な出力向上を果たしていました。

 そしてこのV16エンジンは、7シリーズのうちV12エンジンを搭載する最上位モデル「750iL」に積まれてテストされることになりました。

V16搭載の「7シリーズ」改良型も登場していた

 ところが、V12が収まる長いエンジンベイを持つ750iLをもってしても、V12エンジン比で約30cmも長いV16エンジンの搭載は、さすがに無理がありました。

 通常なら、エンジンの前面に設けられる冷却装置のスペースがなくなってしまったのです。

 そのためリアのトランクルームにラジエターを設置せざるを得なくなり、サイドには半ば強引にエアインテークを置いて対処しました。

 その“エラ”のような造形から、このプロトタイプには「Goldfisch(ゴールドフィッシュ)」というコードネームが与えられました。また、排気量から「767iL」と称されることもあります。

 数年後の1990年、BMWはV16エンジンを載せた2番目の7シリーズプロトタイプを開発しました。

 この事実も、BMWが2024年に明らかにしたものです。最初のプロトタイプでは、後部ラジエターのためトランクルームが使えないという問題がありましたが、これを解決するため、冷却機器は前面に戻されました。

 サイドビューから察するに、ホイールベースが延長されてラジエターをフロントに載せ直したように見受けられます。

 キャビン後部が立ち気味の造形なのも、独特のスタイルを作り上げていました。なおこちらのV16エンジンは最高出力348psに抑えられ、5速オートマチックを組み合わせていました。

 このように、2回にわたりV16エンジンの高級車を模索したBMWですが、結局このプロジェクトは継続しませんでした。

 しかしそれからたった2年後の1992年、初代「8シリーズ」(E31型)に追加された「850CSi」のV12エンジンは5.6リッターから381psを絞り出し、さらに後年、6リッターや6.6リッターからターボ無しで400ps以上、ツインターボ装着ではなんと600psを超える高出力を実現しています。

 これらのことから鑑みると、巨大で重いV16エンジンのリリースを見送った判断は、間違っていなかったのかもしれません。

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 実はこのマルチシリンダー・ウォーズには、まだ話の続きがあります。

 ライバルのメルセデス・ベンツは、6.7リッターV16エンジンをさらに超える、最高出力490psもしくは680psをマークする8リッターW型18気筒(W18)エンジンの開発を行っていたそうです。

 これを3代目「Sクラス」(W140型)に搭載して、「800SEL」を名乗る予定だったとのこと。

 しかしこちらもV12で十分という判断をされたためか開発は頓挫。陽の目を見ることなく終わっています。

 排気量と気筒数を増やして競い合うなんて夢のまた夢―――。そんな現代の風潮を見ると、16気筒や18気筒を積んだ量産車が今後出現する可能性は低いと思います。

 だからこそ、767iLのような高級車が魅力的に感じられるのではないでしょうか。