静岡が誇る歴代最高のキャプテンが40歳での決断です。
藤枝市出身でドイツ・フランクフルトに所属するサッカー元日本代表の長谷部誠選手が今シーズン限りでの現役引退を表明。恩師がねぎらいの言葉を送りました。

藤枝市出身 長谷部誠選手
「いつか引退の瞬間が来るだろうとここ5〜6年で感じていました。体力的にも回復するのに時間がかかり、今が引退の時だと思いました」 

 すべて流ちょうなドイツ語で行われた会見。
藤枝市出身のサッカー元日本代表の長谷部誠選手(40)が今シーズン限りでの現役引退を表明しました。

 名門・藤枝東高校では攻撃的な選手として活躍し、インターハイで準優勝。

 2002年に浦和レッズに加入。

 2004年のジュビロ戦では…。

 およそ50メートルのドリブル突破からスーパーゴール。

 サポーターを魅了するプレーで、J1優勝などチームの黄金期を支えました。

 2008年からはドイツ・ブンデスリーガへ。

 2014年に現在まで所属するフランクフルトに移籍すると、公式戦300試合以上に出場し、クラブの“レジェンド”の一人に。

 日本代表では、ワールドカップに3大会連続出場。
 およそ8年間はキャプテンとしてけん引し、そのキャプテンシーあふれる姿から、“歴代最高のキャプテン”として愛されてきました。

 地元への思いも強く、定期的にサッカー教室を開催。

 藤枝にフランクフルトのアカデミーを設立するなど、後進の育成にも力を入れてきました。

長谷部誠選手

高校時代の恩師、服部康雄さん

 服部先生「長谷部が一年の時、ライン引きが得意で・・・・笑い」

 高校時代の恩師、服部康雄さん。4月8日に本人から国際電話で引退の報告があったといいます。

元藤枝東高校サッカー部監督 服部康雄さん
「やっぱり試合に出る機会が少なくなったので、節目として決めましたということで、40歳ですのでここまでやればということで、お疲れさんと返しておきました」

「いつかそういう時が来るのは覚悟していましたけど、やはり寂しいものはありますね」

 高校時代の長谷部選手については―

元藤枝東高校サッカー部監督 服部康雄さん
「2年の途中から、私もいつから試合に出たのか覚えてないくらいですね。それが本当にぐんぐんぐんぐん上がっていって、日本代表の選手になり、そしてキャプテンをやり、それがワールドカップに3回も出て、現在もドイツは本当の本場中の本場でプロとしてやっていて、頭が下がります。いろんな形でサッカー界あるいは藤枝市に対して恩返しっていうんですかね、してもらいたいなと思います」

服部康雄さん

アスルクラロ沼津の中山雅史監督

 藤枝東高校の先輩で、日本代表としても活躍した
アスルクラロ沼津の中山雅史監督は―

アスルクラロ沼津(藤枝東高校出身)中山雅史監督
「えっ、という感じですね。まだまだやるんだろうなと思っていましたから。日本代表のキャプテン像というものを、長谷部誠がひとつのキャプテン像というものを確立させたのかなと」

Q.最近では代表のシンボルでしたね

「いやー、もういい男ですしね。常に心を整えているんだろうなと思います」 (笑い)

アスルクラロ沼津  中山雅史監督