先ごろ行われた統一地方選挙において、伸び悩む野党を尻目に大躍進を果たした維新。とは言え未だ全国規模で政権与党を脅かす存在とは言い難く、何より自民との差別化が図れていないのも現状です。この先維新は、どこに向かい進んでゆくべきなのでしょうか。政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さんは今回、現在の「保守層取り込み」という戦略が誤りであることを解説するとともに、狙うべき層を具体的に提示。さらに彼らが党として目指すべき方向と訴えるべき改革案等を提案しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

統一地方選で大躍進。維新は今後「自民党との区別化」を打ち出せるのか?

統一地方選挙で、日本維新の会・大阪維新の会(以下、維新)が躍進を果たした。大阪府知事・市長・府市議会を完全制圧し、悲願の全国政党への脱皮に着実な一歩を進めた。

4月9日に投開票された前半戦では、大阪府知事・大阪市長のダブル選で維新の吉村洋文知事が再選、維新新人の横山英幸氏が初当選した。また、奈良県知事選挙では、維新公認の山下真氏が当選し、大阪以外で初めて維新公認の知事が誕生した。

大阪府議選では、前回に続き過半数となる55議席を獲得し、大阪市議選では46議席で初めて過半数を達成した。41の道府県議会議員選挙では、兵庫県で選挙前の4議席から21議席に大きく伸ばすなど、合計で124議席を獲得し、選挙前の59議席から倍以上に議席を増やした。

さらに、4月23日に投開票された統一地方選挙後半戦で、維新所属の全国の首長・地方議員の合計は774人となった。馬場信幸代表が自らの進退をかけて掲げた「600議席」の目標を大きく上回った。

維新は、大阪府知事・市長・府市議会を完全制圧した。774人中505人が近畿圏ではあるが、悲願の全国政党への脱皮に着実な一歩を進めた。今回は、統一地方選で維新が躍進した意味を、日本政治・社会の構造変化に争点を当てて考えてみたい。

まず、維新以外の政党の選挙結果の検証から始めたい。自民党は、道府県議会議員選挙で大阪府議会を除く40の議会で第一党を維持した。しかし、合計1,153議席は選挙前から86議席減となった。一方、市議選では710議席獲得し、前回より12増えた。

統一地方選後半戦と同時に行われた衆院補選で4勝1敗。だが、和歌山一区では維新新人・林佑美氏に敗れた。前述の奈良県知事選の敗北を含め、自民党内には選挙に勝利したという実感は少なく、微妙な空気が流れている。

立憲民主党(以下、立民)は、統一地方選全般で存在感を示すことができなかった。道府県議会議員選挙では、合計185議席を獲得し、選挙前から7議席増、市議選では合計269議席で72議席増となった。だが、それは労組など従来からの支持基盤の「過去の遺産」によるものにすぎないだろう。

北海道知事選は、唯一の与野党全面対決となったが、立民が推薦した前衆院議員は大差で敗れた。福井、島根などの県知事選は与党との「相乗り」となり、自民党が3つに分裂した徳島県知事選では、候補者を擁立すらできなかった。

衆院補選では、3補選しか公認候補を擁立できなかった上に、全敗を喫した。特に、「野党統一候補」を擁立した大分選挙区でも勝利できなかったことは、今後の「野党共闘」推進に暗雲をもたらした。

共産党は、41道府県議会で99議席から75議席に激減した。新潟、福井、静岡、福岡、熊本の5県からは1人も当選することができず、空白県に転落した。市議選では55議席減の560議席にとどまった。共産党の「牙城」であった京都でさえ、府議選で3議席、市議選で4議席減らし、まさに「歴史的な敗北」となったと言わざるを得ない。

「社会安定党vs.デジタル・イノベーション党」という新しい対立軸

立憲民主党、共産党など「左派野党」の退潮は、自民党の内政における「左傾化」による左派野党の存在感の低下に原因がある。

安倍政権以降、「全世代への社会保障」「子育て支援」「女性の社会進出の支援」「教育無償化」など、本来左派野党が取り組むべき社会民主主義的な政策が次々と打ち出されてきた。その流れは、岸田政権でより加速化している。

岸田政権は、「新しい資本主義」という経済政策のコンセプトを掲げている。その基本的な内容は、アベノミクスが置き去りにした中小企業や個人への再配分を強化することだ。

また、岸田政権は「異次元の少子化対策」を打ち出した。

児童手当を中心とする経済的支援強化 幼児教育や保育サービスの支援拡充 働き方改革の推進

の三本柱を「異次元」の予算規模で実行するものだ。

さらに、岸田政権は国民が苦しむ物価高への対処などを盛り込んだ経済対策を次々と打ち出している。国民の眼は、「政府がなにをしてくれるか」に集中し、実際に予算を扱えない野党の存在感は薄れてしまった。

これは、「包括政党(キャッチ・オール・パーティー)」という自民党の特徴がなせる技である。自民党とは国民のニーズを幅広くつかむ、政策的にはなんでもありの政党だということだ。野党との政策の「違い」を明確にするのではなく、野党の政策にかぶせて、野党の存在を消してしまうというのが、自民党の伝統的な戦い方なのである。

安倍政権以降、その特徴がいかんなく発揮された結果、左派野党は存在意義を消された。左派野党が「弱者救済」を訴えれば、岸田政権は「野党の皆さんもおっしゃっているので」と、躊躇なく予算をつけて実行する。そして自民党の実績となる。左派野党は「自民党の補完勢力」になり下がってしまったのではないだろうか。それが、統一地方選で、左派野党が衰退した本質的な理由である。

このような、自民党の左傾化と、左派野党の「自民党の補完勢力化」が起きた背景には、新型コロナ感染症のパンデミックへの対策としてさまざまな国民生活への支援策を躊躇なく打ち出してきた過程がある。日本のみならず、世界中の政府が「大きな政府」となったのだ。

一方、コロナ過はリモートワークの発展などを通じて、デジタル社会の進歩を急激にも進めることにもなった。その結果、政府の役割は、デジタル社会の急激な変化についていけない人たちを守る「シェルター」となることに特化したのではないか。いわば、「弱者救済」だけが政治の役割となる。社会を変革するイノベーションに政治がかかわることは少なくなる。むしろ、それは政治の外側で起きるようになってきたのではないだろうか。

言い換えれば、現代社会は「弱者」が与党となり、競争社会に生きる「エリート」が野党となったということかもしれない。これは、「新自由主義」が席巻した80年代から2000年代前半までとは逆転した構図といえるだろう。

そして、この構図の下で、今後の政治の対立軸は、従来の「保守vs.革新(リベラル)」ではなくなるのではないか。私は、「社会安定党vs.デジタル・イノベーション党」という新しい対立軸が浮上してくると考えている。

「社会安定党」とは、自民党・公明党の連立与党があり、それを立憲民主党・社民党・共産党・れいわ新選組が補完するグループだ。政策は、平等・格差の是正を軸に、弱者・高齢者・マイノリティー・女性の権利向上、社会民主主義的な雇用政策・社会保障・福祉の拡充、教育無償化、外国人労働者の拡大、斜陽産業の利益を守る公共事業などである。これが今後の「与党」となっていく。

狙うのは都市部中道層の「サイレントマジョリティ」

これに対しては、「自民党は保守化している」という批判があるかもしれない。確かに、思想的には保守化しているのかもしれない。しかし、保守化しているからこそ、国内政策については左傾化するのだ。なぜなら、歴史をひもとくと、保守主義は貴族・富豪・地主などから起きたものであり、「貧しき者には分け与えよ」という思想から格差是正に取り組んでいくことになるからだ。

一方、立民、共産党など左派野党は労働者階級にルーツを持っている。「労働者の権利拡大」を主な目的に格差是正に取り組む。要するに、政党の由来や支持基盤の違い、背景にある思想が真逆であるにもかかわらず、保守とリベラルは、似たような「格差解消」に取り組んでいくことになる。

それは、50〜60年代の欧州の民主主義国家で、保守と革新の間で政権交代が起きても「福祉国家建設」で政策が変わらなかった「コンセンサス政治」のような状況に近いといえるかもしれない。

そして、このような自民党も左派野党も似たような政策に取り組む状況になると、圧倒的に有利なのは、実際に予算をつけて政策を実行する自民党である。左派野党側が、「格差解消の取り組みが手ぬるい」と自民党を批判すれば、自民党は「野党の皆さんも言われるので」と言ってさらに予算を拡大する。そして、その手柄はすべて自民党のものとなる。だから、左派野党は自民党の「補完勢力」なのである。今後は、「社会安定党」として自民党と同じグループを形成していくことになるのだ。

一方、社会安定党への対抗勢力はなにか。市場での競争に勝ち抜いて富を得ようとする人たちの集団になりつつある。具体的には、SNSで活動する個人、起業家、スタートアップ企業・IT企業のメンバーなどであろう。これを「デジタル・イノベーション党」と呼ぶ。

彼らは政治への関心が薄い。「勝ち組」を目指す人たちにとって、格差是正は逆効果になるからだ。彼らの関心事は、日本のデジタル化やグローバリゼーションを進めることである。彼らは、普段は政治に興味がない。政治を動かす必要があると判断すれば、現政権を批判する政党を時と場合に応じて支持する。これが今後の「野党」となっていくだろう。

現在のところ、デジタル・イノベーション党と呼べる、SNSで活動する個人、起業家、スタートアップ企業・IT企業のメンバーなどが支持できる政党は日本にはない。だが、弱者救済に徹する自民党の政治に満足できない層が、都市部を中心に少しずつ現れてきている。それが、維新の台頭につながっているのではないか。

ただし現在のところ、維新の全国政党としてのアピールは、自民党よりもラディカルな「憲法改正」「安全保障政策」などにとどまっている。保守層を取り込むという戦略だが、それは正しく方向性ではない。

もちろん、安全保障政策を争点化しないことはよい。欧州では、保守政党と社会民主主義政党の間で政権交代が起きても、安全保障政策の変更はない。日本でも、安全保障政策は党利党略を超えて一貫したものであるべきだ。

だが、維新が取り込むべきは保守層ではない。保守層を取り込む戦略では、自民党に吸収されてしまう。むしろ、狙うのは都市部の中道層の「サイレントマジョリティ」ではないだろうか。

この層は、安倍政権の巧妙な戦略で、左派野党から切り離され、自民党に取り込まれた。しかし、自民党が左傾化し弱者救済のシェルターを作っていくことに特化していくことに不満を持ち始めているのは確かだ。

目指すべきはよりラディカルな社会の変化に対応する党

維新は、改革を標榜(ひょうぼう)する政党ではある。だが、改革の中身は地方主権・行政改革・規制緩和という「90年代っぽさ」「古さ」を感じさせるものだ。「新自由主義」を連想させ、格差拡大をもたらしたという負のイメージがある。また、自民党と異なる明確な「国家観」を構築できていないのも残念だ。

現在の状態では、サイレントマジョリティの自民党への不満を吸収する存在ではあっても、積極的な支持は広がらない。それだけではない。

もちろん、維新は「公文書の総デジタル化と、ブロックチェーン技術による改ざん防止」「インターネット投票の実現」「中央デジタル通貨の研究開発」といった政策提言を行っている。だが、この程度の政策ならば、おそらく自民党は「右傾化」して予算をつけて実現してしまうだろう。維新も自民党の「補完勢力」にされてしまうのだ。それが、「世界最強の包括政党」自民党の強さだ。

実際、自民党は「デジタル庁」を立ち上げて、マイナンバーカード関連をはじめとするデジタル政策を推進してきた。また、岸田首相は4月上旬、対話型AI「ChatGPT」を開発したOpenAI社のサム・アルトマンCEOと官邸で会談した。一国の首相が、海外企業のトップと会談の場を設けるのは異例である。

しかし、自民党が維新を飲み込む形でデジタル化が進むのには問題がある。さまざまな支持者や利益集団に配慮した、原形をとどめないような骨抜きの政策になってしまうからだ。

自民党は、政策の「総合商社」か「デパート」のようなものである。一応すべての政策課題への対応策を並べている。だが、この連載でも指摘してきたように、問題は政策が「Too Little(少なすぎる)」「Too Late(遅すぎる)」「Too Old(古すぎる)」であることだ。

それは、例えばコロナ過で日本のデジタル化の遅れが露呈してしまったように、そもそも欧米や中国などではすでに何年も前に進んでいることを、「これからやります」といって胸を張ってしまうことが多いのだ。

どうしてそうなるかというと、結局、自民党は「社会安定党」だからだ。自民党が新しい政策課題に取り組むときは、その影響を最小限にとどめ、日本社会の伝統・文化・慣習などを守るためのものになるからだ。

それは、「少子化対策」「LGBTQの権利保障」「選択的夫婦別姓」などの進展の遅さをみれば明らかだ。自民党はこれらの新しい政策課題を拒絶はしない。しかし、現在の日本社会を壊さない範囲内で折り合いをつけようとする。

デジタル化でも同じことが起こるだろう。デジタル化に対応できない層を守ることが政策の主眼になってしまうのだ。

維新が、自民党に飲み込まれて「社会安定党」に一部になることなく、自民党に対抗する政党として生き残るためには、よりラディカルな社会の変化に対応する「デジタル・イノベーション党」を目指すべきではないだろうか。

地域が世界と独自のネットワークを築く。維新が描くべき「新しい国家像」

私はすでに、維新に対してさまざまな提言をしてきた。まず、自民党とはまったく異なる「国家像」を長期構想として打ち出すこと。既に、道州制による「地域主権」は打ち出している。それならば、維新が「一院制」を主張するのはおかしい。

道州制のような分権が進んだ「連邦国家」は、すべて「二院制」だからだ。その上院は、「ドイツ連邦参議院」のように知事など地方政府の代表が国会議員を兼務する国がある。維新も、憲法改正して参院を「連邦国家型上院」に改革することを訴えたらどうか。

「地方主権」では、アジアの都市と日本の各地域の主要都市が直接結びつく経済圏の構築を構想してはどうか。大阪や福岡が、東京に次ぐ第二、第三の国際金融市場を持つ。そして、上海、新セン、大連、台北、香港、シンガポール、ジャカルタなどと直接経済圏を作る。

ウクライナ戦争が終結し、将来北朝鮮が民主化するようなことがあれば、新潟、金沢、札幌などがロシア・北朝鮮、韓国などと環日本海経済圏を構築するのもいいだろう。

要するに、地域が東京の顔色ばかりを伺う中央集権でない、地方主権で、それぞれの地域の特色を生かして成長著しいアジアなどの都市と独自のネットワークを築き経済・社会を発展するモデルを構築することだ。

維新の中心地である大阪は、IRを誘致することが決定した。IRはカジノばかりが強調されるが、国際会議場が設けられて、さまざまな国際会議が招致される予定だ。そして、大阪は万国博覧会を開催する。これらの機会を、地域が世界と独自のネットワークを築く好機とすべきだろう。

要するに、小さな島の中に固まって衰退を待つだけの国になるのではなく、成長著しいアジアの一部となって、存在感を発揮していく「新しい国家像」を描くことである。

image by: 日本維新の会 − Home | Facebook

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