JR西日本イノベーションズ取締役シニアディレクター春名隆志氏

西日本旅客鉄道(JR西日本)<9021>の子会社でCVC事業を展開するJR西日本イノベーションズ(大阪市北区)は2024年2月に、大阪で魚の陸上養殖を手がける陸水(大阪府堺市)に出資した。

関西の住民はもとより大阪・関西万博や大阪IR(統合型リゾート)で大阪を訪れる観光客にも新鮮で安全な陸上養殖魚を食べてもらうのが目的の一つという。なぜ鉄道会社のCVCが陸上養殖に力を入れるのか。

JR西日本イノベーションズ取締役シニアディレクターの春名隆志氏に出資の狙いや今後の事業展開などについてお聞きした。

JR西日本イノベーションズ取締役シニアディレクター春名隆志氏

CVCと自社事業の両方を推進

―2024年2月に大阪で陸上養殖に取り組む陸水に出資されました。狙いを教えて下さい。

出資目的は大きく2点あります。1点は地域の活性化で、2点目が持続可能な社会を作ることです。この2点について陸水さんとは価値観が合致しています。

また弊社はCVCですが、同時に自社で事業にも取り組んでいます。その一つが陸上養殖による魚の販売です。すでにプロフィッシュというブランドでマサバ(お嬢サバ)や、ヒラメ(白雪ひらめ)、サーモン(クラウンサーモン)、トラフグ(大吟雅とらふく、陸水トラフグ)など8種の魚を販売しています。

陸水さんは弊社のプロフィッシュの生産から販売までを幅広く手がけることができるため、この点が出資の決め手となりました。

―今後はどのような取り組みを計画していますか。

プロフィッシュの事業を伸ばすには、養殖場の整備が必要だと考えています。陸水さんへの出資を機に、互いのノウハウを使って養殖場を整備したいと思っています。実際に陸水さんは、大阪府の岬町に新たな養殖場を建設されます。

また陸水さんとは、プロフィッシュの共同販売や、水産物の加工、物流などについても、いっしょにやりたいと考えています。

―これまでもプロフィッシュで協業されている企業がありますが、今回は出資をされました。これまでとは何が違うのでしょうか。

これまでは業務提携し、魚を相互に仕入れ、販売させていただいていました。今回は関西にお住まいの方々に新鮮な魚をお届けすることと、大阪・関西万博や大阪IRなどで関西の外から来られる方にも、大阪で育てた水産物を食べていただきたいと考え、そのために養殖場を作るという点が、これまでとは大きく違うところです。

―関西万博などで関西を訪れた方は、どのようにすればプロフィッシュを食べることができるのですか。

プロフィッシュは回転ずしなどで食べることができるほか、スーパーなどでも購入することができます。陸上養殖で生産される魚は寄生虫のアニサキスなどがなく、非常に安全です。また、今回の取り組みは、大消費地の大阪で生産する“都市産都市消”型陸上養殖のため、物流の時間が短く新鮮です。社会問題となっている物流の長距離輸送による人手不足への対応や二酸化炭素排出量の軽減にも寄与できると考えており、今後こうした点をアピールしていく計画です。

収益の柱に育つ成長の芽を見出す

―今回大阪で養殖場を作られます。その他の地域はいかがですか。

まずは大阪の養殖場を成功させて、ノウハウを得ながら各地に広げていきたいと考えています。具体的な計画を立てているわけではありませんが、JR西日本のエリアにとらわれず、全国展開する計画です。

―全国展開は今回と同じように出資をすることで実現するのですか。

まずは陸水さんとの関係をしっかり持ちながら、陸水さんが成長し拡大していく中で、我々の事業も拡大していくというイメージです。いろんな企業に出資をする考えはありません。

ただ、一緒に養殖場を整備したり、生産拡大に取り組んでいただけるような企業が現れれば、もちろん歓迎します。陸水さん以外の企業とはまったくやりませんということではありません。地域の活性化や、持続可能な社会の実現に向かって一緒にやれる企業であれば大歓迎です。

―養殖以外の分野での投資もお考えですか。

まず養殖事業を拡大することに力を入れています。その中でサプライチェーンや、加工、物流などで足りないところがあれば、そこを補ってくれる相手とアライアンスを組むことは積極的に検討していきたいと思っています。

また養殖事業を通じて得られる知見を生かしながら、さらにそこから成長するような分野などが見えてくれば、そこに対しても力を入れていくことになると思っています。

―ところで御社はCVCでありながら自社で事業にも取り組まれています。なぜ、このような形になったのでしょうか。

弊社は2016年にCVCからスタートしました。外部の技術やノウハウを積極的に活用することで鉄道事業の課題を解決することが狙いでした。

この方針に沿って、鉄道事業の生産性向上につながるような分野や、MaaS(次世代の交通サービス)、地域ビジネス、エネルギーなどの分野で投資を行ってきました。

ところがコロナ禍の中、JR西日本の収入が大きく減少したため、2021年に新たなミッションとして、収益の柱に育つ成長の芽を見出していく事業が加わりました。

種まきを行い、成長の柱となりそうな事業に育て、その後、JR西日本がM&Aなどを行い、将来の収益の柱に育てていくという流れです。

CVCの事業は従来通り続け、これに自社で営む事業が加わり現在の形になったのです。

JR西日本イノベーションズ取締役シニアディレクター春名隆志氏

春名隆志(はるな りゅうじ)氏
1995年、西日本旅客鉄道(JR西日本) 入社
2009年、大阪支社森ノ宮電車区助役
2012年、鉄道本部車両部検修課担当課長
2018年、金沢支社金沢総合車両所長
2021年、ビジネスデザイン部勤務(JR西日本イノベーションズ出向)
1969年生まれ、大阪府出身

文:M&A Online

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