鉄道の未来を担う若い世代

 コロナ禍が一段落するとともに旅行需要も復調し、JRの特急や新幹線に旅行客の姿が戻ってきた。

 目立つのはインバウンド(訪日外国人)やシニア層だ。それぞれ、新幹線を含めたJR全線が乗り放題の「ジャパン・レール・パス」や、運賃などが最大3割引きとなるシニア向け会員サービス「ジパング倶楽部」など、優遇策が用意されている。

 一方で気になるのは、

「若い世代」

の存在だ。乗車券の学生割引や、学校の休暇シーズンに発売される格安乗車券「青春18きっぷ」などはあるものの、学生の遠出を後押しする安価なサービスは「乗車券」「列車」いずれも十分とはいえない。

 鉄道による旅行経験の少ないまま、彼らが年齢を重ねたとき、現在のシニア層同様に新幹線や特急のヘビーユーザーになってくれるだろうか。JR各社は、若い世代の鉄道旅行者をもっと育てるべきではないか。

若者の旅行計画イメージ(画像:写真AC)

国内旅行を支えるシニア層の存在

 ジパング倶楽部とは65歳以上が入会でき、全国のJR線の乗車券・特急料金などが最大30%割引で利用できる会員サービスである。会員数は全国に約160万人に上る。

 JR各社に関連した特典があり、例えばJR東日本の「大人の休日倶楽部」は対象年齢を50歳以上に拡大し、年3回の期間限定ながら北海道・東日本エリアが新幹線も含め乗り放題の「大人の休日倶楽部パス」(普通車用2万7620円)などの優待券が購入できる。同パスの利用期間には、東京を午前中に出る便利な時間帯の新幹線などが混雑する。

 JR全線の普通列車に乗れる格安乗車券として広く定着している青春18きっぷも、「青春18」の名称とは対照的に、この二十数年はむしろ

「中高年など学生以外の利用者」

が多数を占めるという。これまでの新聞報道などによれば、青春18きっぷのJR6社の発売枚数は、年によって増減はあるものの、60万〜70万枚台で推移している。

 新幹線を利用したスピーディーな鉄道旅行も、18きっぷのゆったりとした鉄道旅行も、中高年層が支えている。これらの背景のひとつとして、彼らの若い頃の

「鉄道旅行経験」

が挙げられる。学生が気軽に利用できた安価な割引乗車券や長距離列車の存在である。

『エンジニアの新発見・再発見』(画像:共同文化社)

旅行需要を支えるカニ族世代

 1960年代後半から1970年代にかけて、カニ族と呼ばれる若者のバックパッカーが北海道を中心に隆盛を極めた

「カニ」の名は、現在主流の縦長の登山用ザックとは異なり、両端にポケットの付いた横長のキスリング型ザックにちなむ。駅の改札口や列車の通路を通る際、幅の広いザックがぶつからないよう、横向きで歩く姿がカニのようだという説や、そもそもザックがカニに似ていたなどの由来がある。

 当時20歳前後だったカニ族世代は、現在60代後半〜70代。まさに「ジパング倶楽部」や青春18きっぷの利用を支えている世代である。朝倉俊一の小論「「カニ族」の見た北海道」(共同文化社刊『エンジニアの新発見・再発見』所収)は、カニ族の特徴の第一に「鉄道の利用」とりわけ

「周遊券」

の利用を挙げた。

 周遊券とは1998(平成10)年までJRが発売していた国鉄時代からの割引乗車券で、最盛期には年間700万枚以上の売り上げを数えた。なかでも、方面別に用意された「ワイド周遊券」は、往復運賃と目的地エリア内の乗り放題がセットになった格安かつ便利なものだった。

 例えば「北海道ワイド周遊券」は北海道内の特急自由席が乗り放題で、東京から学割で3万円弱。同様に「九州ワイド周遊券」も、九州島内の特急自由席が乗り放題で、学割ならば東京から2万円台半ばだった(いずれも廃止時の値段、ルール)。

 有効期間は、最終盤には北海道、九州とも14日間だったが、カニ族の時代は20日間と長かった。この切符を手に、北海道や九州の島内で運行されていた追加料金不要の夜行列車の座席や、夜通し開放されていた駅の待合室で仮眠し、宿泊費を浮かしながら格安旅行を続ける猛者が数多くいた。

 1947(昭和22)年生まれのカニ族世代による体験的小説『カニ族の青春―知床の夕日―』(独好自然著、文芸社)には、夏休みの旭川駅の活況がつづられている。

「(駅待合室は)カニ族でいっぱいだった。あるグループは床に置いたリュックにもたれて雑談しており、あるグループは北海道の地図を広げて、次はどこへ行くのか相談していたり、ベンチで夜食を食べる者、またベンチでうたた寝する者もいて、まるで不夜城のように騒々しい場所であった」

『カニ族の青春―知床の夕日―』(画像:文芸社)

青春18きっぷ環境の変化

 青春18きっぷは1982(昭和57)年の発売開始以来、40年以上にわたって親しまれている格安乗車券である。新幹線や特急には乗れないが、JR各社の普通列車(快速なども含む)ならば乗り放題という効力も、春夏冬の季節ごとの発売頻度も大きく変わらない。しかし、利用環境は大きく変わり、利便性は低下しつつある。

 大きく変化したことのひとつは、整備新幹線の開業にともない並行在来線がJRから分離、第三セクター化し、青春18きっぷで乗れなくなったこと。もうひとつは、青春18きっぷで利用できる夜行の長距離列車が皆無になったことである。

 15年ほど前までは、青春18きっぷの利用シーズンになると、お得な夜行列車が臨時運行されていた。東京〜大垣間の「ムーンライトながら」を筆頭に、最盛期には新宿〜新潟、京都〜博多、同〜松山、同〜高知、同〜出雲市、同〜下関、上野〜仙台、函館〜札幌など、各方面へ夜行列車が運行され、活況を呈した。

 それらの設備は、現在の夜行バスに比べれば見劣りのするものも多かったが、18きっぷに数百円の指定券をプラスすれば、宿泊費を節約しながら長距離移動ができた。「ムーンライトながら」で京都観光に出掛けた関東在住者や、九州から「ムーンライト九州」に乗り、甲子園で高校野球観戦を楽しんだ人など、鉄道ファンに限らず使い方は多様だった。

 これらの夜行列車は2009(平成21)年までに順次姿を消し、最後に残った「ムーンライトながら」も2020年を最後に運行が停止された。現在、青春18きっぷで乗れる夜行列車は存在しない。JRは車両の老朽化を運行停止の主な理由に挙げたが、採算性の悪さはいうまでもないだろう。あるJR関係者は、かつて函館〜札幌間に運行されていた夜行快速「ミッドナイト」は

「(採算性よりも)サービスのための列車だった」

と振り返ったことがある。

 青春18きっぷ自体は、前述の通り年間60万〜70万枚単位で発売されており、JR6社の収入は70億円を下らないと見られるが、一方で、上記の夜行列車はJRにとってメリットが薄かったというわけだ。

 しかし、その「実入り」の少ない夜行列車の存在で、現在の30代後半以上の世代は、鉄道を使ってより安く、より遠くへ旅行できたともいえる。JRの格安サービスに「育てられた」世代といえるだろう。

「大阪発サイコロきっぷ」(画像:JR西日本)

今の若者に受ける旅の形

 もちろん、JRは若い世代の旅行需要喚起を巡り、何もしてこなかったわけではない。

 1990年代半ばには、JR東日本が北海道や東北を複数人で旅行するのにお得な「北海道ユースきっぷ」「東北ユースきっぷ」をリリース。またJR九州は25歳以下を対象に、101km以上の鉄道利用が4割引きになる会員制の「ナイスゴーイングカード」を1996(平成8)年からスタートし、翌1997年には四国も「ヤングウィークエンドカード」と銘打ち同様のサービスを展開した。

 しかし「東北ユースきっぷ」などは試行的な発売で長続きせず、JR九州、四国の会員制サービスも2010年代に順次姿を消した。

 現在、若い世代を特にターゲットとしたJRの運賃・料金は乗車券・定期券の学生割引を除けば、JR九州の期間限定の「ガチきっぷ」など一部にすぎない。優遇ではないが、若い世代を対象に旅行需要喚起を図る取り組みは、例えばJR西日本が展開しているポータルサイト「アオタビ」などが挙げられる。JR各社とも、若者向けの商品展開と情報発信の試行錯誤を続けていることがうかがえる。

「若者が旅行しなくなった」

とちまたいわれることがあるが、そんなことはない。特にコロナ後の復調は、シニア世代よりも若い世代の方が早かったという一面もある。

 例えば、JR西日本が2021年に発売したエリア全域乗り放題の「どこでもきっぷ」は、購入者の3割近くを10〜20代が占めた。これを踏まえ、同社はサイコロの出た目で行き先を決める「サイコロきっぷ」をリリース。価格設定は5000円と格安で、ゲーム性も高い。Z世代を中心とした若者をターゲットにした鉄道旅行の提案だ。

ローカル鉄道の風景(画像:写真AC)

乗車券と列車の洗練が必要

 2024年2月にリリースされた、若い世代の旅を巡る調査が興味深い。

 JTBコミュニケーションデザインと伊藤忠ファッションシステムによる「Z世代の旅に関する共同調査」である。Z世代の旅には

「令和的非日常 = 快放されるひととき」

が求められる、と結論づけた。

「快放」とは「日常の人間関係・情報・タスク等から心理的に離れ、自分自身が心地よくいられる状態」を指すという。日常生活と異なる空間や、異なる生活習慣を味わうことなどが指向されると捉えられる。「非日常」や「地域」がキーワードとなる「快放」の考え方は、距離的な遠さや有名観光地巡りとは一線を画す価値観といえるだろう。

 ここに、若い世代を鉄道に呼び込むヒントが読み取れる。全国の日常を結んで走る鉄道は、誰かにとっての非日常を味わうには最適なメディアだからだ。観光地に限らず、小さな地域をたどるように旅行できる青春18きっぷとも親和性があるだろう。なればこそ、若い世代が気軽に鉄道を利用するための仕組み、すなわち

「乗車券と列車という商品を洗練させる」

必要がある。

 乗車券でいえば、かつての周遊券のように、「それさえ買えば目的のエリアへ行ける」という切符は、現在ほとんどない。乗車券と料金券(特急券、指定券、グリーン券など)をセットで購入しなければならないJRの運賃体系は、目的地までの運賃が明確な航空機や高速バスなどに比べ複雑に見え、ハードルが高い。多少の知識がなければ目的のチケットを入手できないばかりか、思いがけず割高な運賃を払ってしまう恐れもある。

 列車の点でいえば、リーズナブルに乗れる長距離列車に欠けている。夜行列車があれば便利だが、前述の「ムーンライト」のような旧来の夜行列車は、夜行高速バスの設備が年々充実している現在、もう受け入れられないだろう。長時間乗車しても疲れにくく、

「移動と居住性を楽しむような設備」

が必要だ。その条件を満たすのは、今や豪華な観光列車ばかりだが、“リーズナブル版”があってもいい。

若い時代に鉄道利用に慣れ、楽しさを経験してもらうことを通じ、鉄道旅行者を「育てる」。それでこそ、長じて彼らに経済的余裕ができたときに、豪華クルーズトレインにも目が向くだろう。誰もが気軽に、安価に旅行できる。それも鉄道の重要な使命であるはずだ。