バス業界、再び騒然

 またバス業界が騒然としている――。横浜市が本日(4月22日)から市営バスの平日運行本数を77本減らすと発表したからだ。減便するのは保土ケ谷営業所(保土ケ谷区)が運行する12路線である。

 バス利用者の減少は1985(昭和60)年ごろから続いていたが、モータリゼーションの進展により営業収入が減少し、結果、バスドライバーの給与は他産業に比べて低くなっている。

 そして人材不足はバス業界にとって“猛毒”となり、ドライバーの離職率と新規採用者数は減少の一途をたどった。新型コロナは在宅勤務の普及と定期券収入の激減を招き、バス業界そのものが日本全国で危機にひんしている。

 加えて、バス業界は「2024年問題」で、バスドライバーの働き方改革となるが、退社から出社までのインターバルをこれまでの8時間から最低9時間、推奨11時間に延長することを迫られている。

 重要な朝7時〜9時の運行を維持しようとすれば、夕方以降のラッシュ運行本数を減らさざるを得ない。今後、減らして対応するのか、新たな労働力の確保などで運行本数を維持するのかの判断が必要になる。

路線バス(画像:写真AC)

給与改善とバス事業の現実

 今回、横浜市の問題が注目されているのは、4月1日に一部路線を減便したばかりだからだ。つまり、

「1か月の間に2回」

もダイヤ改正をする異例の事態なのである。筆者(西山敏樹、都市工学者)は長い間バス事業を研究しているが、このようなケースは見たことがない。横浜市は、保土ケ谷営業所のドライバー9人が退職したため、ドライバー不足が加速したとしている。

 同市の山中竹春市長も4月18日の定例記者会見で、バスドライバーの大幅な不足は

「社会全体で受け止めなければならない深刻な課題」

との認識を示した。しかし、バスドライバーの数を増やすこと自体が非常に難しい問題だ。彼らの給与水準が上がればそれに越したことはない。しかし、国土交通省の「2022年版交通政策白書」によれば、2020年度には乗り合いバス事業者の99.6%が赤字になっている。

 既報のとおり、広島バス(広島市)は3月以降入社のドライバーの初任給を

「3万4500円」

引き上げた。このニュースが報じられると、中国バス協会(同)は

「初任給をここまで大幅に上げるバス会社は珍しいのではないか」

とコメントしている。筆者にとって、経営が苦しいなかでの相当な努力であることは想像に難くない。

 今後、ドライバー希望者はさらに減少することが予想され、人材の確保・定着のためには、広島バスのように基本給を上げたいのはどの事業者も同じだろう。しかし、財務状況から、国内ではこれを認められないのが通例となっている。

路線バス(画像:写真AC)

交通税と社会的合意

 バスドライバーの給料を上げることは、現在の財政状況では立ち行かない。大学生に教えていると、

「路線バスの運賃を上げればいいじゃないか」

という質問をよく受ける。これは至極当然の質問だが、バス業界は鉄道駅のバリアフリー運賃制度に倣い、同制度を採用すべきかどうかと話題になったことがあった。そのときも、利用者の減少につながる可能性があるため、消極的な意見が目立った。

 つまり、運賃の大幅値上げは乗客の流出を加速させるというのが路線バス業界関係者の大方の見方なのだ。著者は学生たちに対し、彼らの意見は過去の経験に基づくものであり、

「軽率に路線バスの運賃を上げるわけにはいかない」

と答えている。

 筆者は以前、当媒体で交通税の導入を提案したことがある。要するに、バスの運行維持の目的税として生活者に一律の交通税を払ってもらい、その税金でバスドライバーの給与を改善し、その結果を「見える化」してフィードバックするという政策である。

 しかし交通税の議論では、

「私はバスを利用しないから払いたくない」

という声が根強い。筆者の交通税に関する記事も賛否両論あり、難しい政策であることは十分理解している。しかし、私たち人間はいつ自家用車を運転できなくなるかわからない。けがや病気の可能性は常にある。

「転ばぬ先のつえ」(事前に注意していれば、間違うことはないという例え)

という言葉を理解し、みんなが移動できる環境を維持することが大切ではないか。先進国のなかでも日本は特に税負担に対する考え方が否定的であり、教育による価値観の転換も必要だと感じる。

路線バス(画像:写真AC)

バス整備への憲法的アプローチ

 筆者がこれまで当媒体で論じてこなかった方法論のひとつに、憲法上の期待というものがある。私たちはよくモビリティという言葉を口にするが、これはもともと

「移動の権利」

という意味合いを持っている。すべての人の移動の権利を基本的人権の平等に位置づければ、当然、公共交通を維持するための税金の活用も展開しやすくなる。また、バスドライバーの給与の一部を税金で賄うことを支持する社会的風潮も生まれやすくなるだろう。SDGs(持続可能な開発目標)の時代において、移動環境から

「誰も取り残されない社会づくり」

に貢献する手段でもある。国会議員のマニフェストを見ても、公共交通を前面に打ち出しているものは少ない。経済や福祉に比べ、公共交通は票を獲得しにくいからだ。

 しかし、基本的人権の平等とあらゆる人の移動の権利への配慮は、今後大きな政治課題になるだろう。2050年には、人口は約1億400万人(約16%減)になると予想される。そのような時代を見据え、交通の維持に

「憲法の力」

を活用することも検討する必要があろう。

 私たちの生活に直結するバス整備の問題を、法学、経済学、人口学、都市計画学など非常に広い視野から考えなければならなくなった。これは社会全体が考えるべき困難で重要な問題であることを、読者の皆さんにぜひ再認識してもらいたい。