2023年に日本で公開された作品を対象にした「第97回キネマ旬報ベスト・テン」の表彰式が18日、東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールにて開催。日本映画作品賞(ベスト・テン第1位)を受賞した阪本順治監督の『せかいのおきく』をはじめ、15の賞の受賞者ならびに関係者が一堂に会した。

■『せかいのおきく』阪本順治監督が23年ぶりの日本映画作品賞に喜び!

『せかいのおきく』は、江戸時代末期を舞台に喉を切られて声を失った女性おきく(黒木華)と、紙屑拾いの中次(寛一郎)と下肥買いの矢亮(池松壮亮)が出会い心を通わせていく姿をモノクロの映像で描いた阪本監督のオリジナル脚本による時代劇。阪本監督作品が日本映画作品賞を受賞するのは『顔』(00)以来23年ぶり、また『半世界』(19)以来4年ぶり3度目の日本映画脚本賞にも輝いた。

日本の映画製作チームと世界の自然科学研究者が協力して様々な時代を生きる人々を描く「YOIHI PROJECT」の第一弾作品となった同作。阪本監督は資金集めのために短編を制作したがうまくいかなかったことを明かし、その短編で描いた内容をクライマックスとしてつながるように長編の脚本を執筆したと説明。「携帯電話のない時代の物語を描くのは楽しかったです」と振り返り、「時代劇は多々あれど、こういう糞尿まみれの脚本で賎民を描く大胆な企画をやった者はいないと思う。なので自信を思ってこの賞をいただきたいです」とスピーチ。

主演女優賞は塚本晋也監督の『ほかげ』(公開中)で、戦争によって家族を失い、戦争孤児の少年との出会いに光を見出す主人公を演じた趣里が受賞。残念ながら体調不良のため表彰式を欠席した趣里に代わって登壇した塚本監督は「趣里さんは体全体が鋭敏なアンテナでできているような方で、すばらしい力をもった俳優さん。その迫力のある演技をカメラで逃さないようにするスリリングなコラボレーションをさせていたいただきました」と語り、「“本物の俳優”とお仕事ができて光栄に思っています」と称賛の言葉を送った。

また、第96回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされている『PERFECT DAYS』(公開中)のキャンペーンのためロンドンに滞在中の役所広司は、同作と『ファミリア』(22)、『銀河鉄道の父』(23)の3作品で2年ぶり4回目の主演男優賞を受賞。会場にビデオメッセージで喜びのコメントを届けると、その映像に日本映画監督賞に輝いたヴィム・ヴェンダース監督がサプライズで乱入。会場を大いに沸かせていた。

■7作品で受賞の磯村勇斗「誰からなにを言われようが背負っていくつもりで臨んだ」

実際に起きた障がい者施設での殺傷事件をベースにした辺見庸の同名小説を、『舟を編む』(13)や『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)の石井裕也監督が映画化した『月』。同作で障がい者施設で働く坪内陽子役を演じた二階堂ふみが助演女優賞を受賞。

「社会的にも個人的にも消化することのできないテーマを扱った作品で、映画を通して多くの方々に問うことができる作品になったと思います」と受賞作について語ると、「制作するという話を聞いた時には、本当に作っていいものなのだろうとも考えたのですが、我々が当事者であるという意識をもって向き合っていこうということが大事だと感じ、忘れ去られていったり過去の事件になってしまうことが一番良くない。参加することで自分自身にもちゃんと問い続けたいと思いました」と作品に臨むうえで抱いた心境を吐露。

また、同じ『月』で障がい者を殺傷する青年さとくんを演じ助演男優賞を受賞した磯村も、「やると決めたからには覚悟を持ち、この作品を最後まで撮りきりたいと思っていました。誰からなにを言われようが背負っていくつもりでしたし、自分になにかがあったとしても受け入れていこうという気持ちで臨んでいたので怖いものはありませんでした」と俳優としての使命感の強さをあらわに。そして「ただ一つ怖いと思っていたのは、この映画を観て“第二のさとくん”となる人が誕生してしまうこと。そうならないように石井監督と試行錯誤をしながら作っていきました」と語る。

磯村は『月』以外にも、『正欲』(上映中)と『渇水』(22)、『最後まで行く』『波紋』『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』(すべて23)の計7作品で同賞を受賞。「作品と作品の間では役を切り替える準備期間を設けるようにしていますが、切り替えるのは決して得意ではありません。『月』が難しい役だったこともあり、終わったら時間をあけようと思っていたのですが、『正欲』というすばらしい企画に出会ったがために、期間をあけずになんとかやりきりました」と多忙なスケジュールならではの苦労を明かした。

そして新人女優賞は岩井俊二監督の『キリエのうた』(上映中)でスクリーンデビューを飾ったアイナ・ジ・エンドが受賞。「この場に立たせていただき本当に夢みたいです。岩井俊二監督に見つけていただいたが、こんな私が映画に出れるのか不安でたまりませんでした。でもお芝居の教科書みたいな広瀬すずちゃんが出す波動についていくことでお芝居が楽しくなっていきました」と笑顔で語ったアイナは「この賞を自分一人でいただけたとは思っていません」と、広瀬や岩井監督らキャスト・スタッフ陣、作品を観てくれたファンの方々への感謝を述べ、深々とお辞儀をした。

また、新人男優賞は『ほかげ』で戦争孤児の少年を演じた塚尾桜雅が受賞。現在小学2年生で8歳の塚尾は撮影当時まだ小学1年生。キネマ旬報ベスト・テン史上最年少の受賞に「これを励みにしてこれからもお芝居を続けていきたいと思います」と述べ、「この映画でヴェネチアに行った時に英語に興味を持ちました。将来はハリウッド俳優になりたいと思っています」と大きな夢を掲げ、あたたかな拍手に包まれていた。

■<第97回キネマ旬報ベスト・テン受賞結果>
■作品賞
日本映画作品賞(ベスト・テン第1位)『せかいのおきく』
外国映画作品賞(ベスト・テン第1位)『TAR/ター』
文化映画作品賞(ベスト・テン第1位)『キャメラを持った男たち 関東大震災を撮る』

■個人賞
日本映画監督賞:ヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』
日本映画脚本賞:阪本順治『せかいのおきく』
外国映画監督賞:トッド・フィールド『TAR/ター』
主演女優賞:趣里『ほかげ』
主演男優賞:役所広司『PERFECT DAYS』『ファミリア』『銀河鉄道の父』
助演女優賞:二階堂ふみ『月』
助演男優賞:磯村勇斗『月』『正欲』『渇水』『最後まで行く』『波紋』『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』
新人女優賞:アイナ・ジ・エンド『キリエのうた』
新人男優賞:塚尾桜雅『ほかげ』
読者選出日本映画監督賞:瑠東東一郎『Gメン』
読者選出外国映画監督賞:マーティン・スコセッシ『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
読者賞:川本三郎 連載「映画を見ればわかること」

文/久保田 和馬