『ボヘミアン・ラプソディ』(18)のルーシー・ボイントンと、『アフター・ヤン』(21)のジャスティン・H・ミンが共演したサーチライト・ピクチャーズ作品『グレイテスト・ヒッツ』がDisney+で配信中だ。ボーイントンが演じるハリエットは、とある音楽を聴くと過去にタイムスリップしてしまう。それらの楽曲と思い出を共有する元彼、そして新しく出会ったデイヴィッド(ジャスティン・H・ミン)の間で揺れ動くハリエットは、このタイムループから抜け出すことができるのだろうか?監督・脚本を務めたのは、『ラブストーリーズ エリナーの愛情』『ラブストーリーズ コナーの涙』(ともに14)のネッド・ベンソン。3月のサウス・バイ・サウスウエスト映画祭でプレミア上映されたのち、米国では劇場公開されている。LAプレミアを前に、主演のルーシー・ボイントンとジャスティン・H・ミン、そしてネッド・ベンソン監督がインタビューに答えてくれた。

■「特定の音楽を聴くと、人生の特別な瞬間にワープするような感覚があります」(ベンソン)

音楽を聴くと、その曲を聴いていた時、場所、一緒にいた人について思いを馳せてしまう。そんな体験がある人も多いと思う。ルーシー・ボイントンが演じたハリエットは、それらの思い出の曲を聴くとタイムスリップしてしまうため、街中で不意にでくわさないように、いつもヘッドフォンをしている。ベンソン監督が今作の脚本を執筆していたのは、パンデミックの最中。好きな音楽に触れる時間が増えたとともに、必然的に人類が置かれている状況についても思いを馳せていたという。「神経科学者のオリバー・サックス博士は、著書の『Musicophilia』で、音楽を聴くと幻影が見える現象において脳の動きと音楽の相互作用について論じています。僕自身も特定の音楽を聴くと人生における特別な瞬間にワープするような感覚があって、とても興味を惹かれました。その2つの理由から、音楽が持つ感傷的な威力、そして人間が持つすばらしい能力――人生の次のステージに進むために、過去を手放すことができる力について描きたいと思ったのです」と、企画の発端について語る。

主人公のハリエットを演じたルーシー・ボイントンとジャスティン・H・ミンは共演まで初対面だったが、撮影前に数週間行われたリハーサルでケミストリーを築いていったという。ボイントンは、「舞台だったらそれくらいのリハーサル期間をもらえるけれど、セットで顔を合わせる前にリハーサルができるのは映像作品では珍しいこと。そして、それがスクリーン上の相性となって違いが生まれるものです。セットで『初めまして』と言ってギクシャク始めるのではなく、共演者の特別なところや演技に対する温度感を理解しあえる。カメラの外でそういう関係が作れていると、とても安心して楽しく撮影に臨めるというものです」と語る。そうして築かれた関係はカメラの外側にも影響を与え、撮影が休みの時はベンソン監督の自宅で食事をしたり、キャストで集まってカラオケをやったりしていたそう。その効果は中盤のカラオケシーンで見ることができる。

■「悲しみに十分に向き合えたら、それを手放す勇気も必要」(ボイントン)

ハリエットは辛い記憶へタイムスリップしてしまう特殊な体質を克服するため、記憶を断つ決意をする。彼女を見守るデイヴィッドもまた、悲しみを抱えている。ミンもボイントンも、撮影を通じて気づきがあったという。「悲しみを克服し前に進むことは、プロセスの一つでしかないと、撮影が進むにつれて感じるようになりました。最終地点ではなく、そして、ある日突然逆戻りしてしまう。人生とは過程であり、進行中のプロセスなんです。そんなことを撮影中に考えました」とミンが言うと、「そうですね。自分ではすべてわかっていると思っていたことについて、あたらしい視点を得る行為というか。そして、十分に向き合えたと感じられたら、悲しみを手放す勇気も必要なのです。この映画の中でハリエットにとって大きな教訓になっていたし、この役を演じることで私も擬体験できて、本当に有益で興味深い体験でした」と、ボイントンは語る。

■「LAの街も映画のキャラクターの一つになっています」(ミン)

音楽の記憶と共に、この映画の重要な要素はロサンゼルスの街。イーストLAと呼ばれる地域でロケを行い、『ラ・ラ・ランド』(17)や『(500)日のサマー』(09)といったLAを舞台にした傑作ラブストーリーと肩を並べる。ベンソン監督自身もLAに住み「この映画をLAへのラブレターにしたかった」とし、「LAは建築だけ見ても、魅力的でロマンチックな街です。でも、今作においてはハリエットやデイヴィッドがどんな街で暮らしているかの背景が重要だと考えました。そして、エコーパーク、ボイル・ハイツ、ハイランド・パークといった街で撮影することで、まだ観たことのないLAを感じてもらい、この物語や登場人物に独特な雰囲気を持たせたいと考えました」と、ロケーションに対する思いを語った。

LA近郊の街に生まれた米系韓国人二世のミンも、「LAに住んでいる人にとっては、この街を再発見するようなものです。まだあまり知られていないLAの小さな街を紹介することができて、街も映画のキャラクターの一つになっています」と、ベンソン監督のアイデアに賛同していた。音楽と記憶の関係にタイムスリップを結びつけた脚本に、ルーシー・ボイントンとジャスティン・H・ミンの抜群のケミストリー。サーチライト・ピクチャーズが得意とする、少し風変わりなストーリーテリングを楽しんでほしい。

文/平井伊都子