中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
 今年度の受験シーズンがピークアウトし、3月からいよいよ合格発表の日を迎えます。受験に欠かせないのが塾や予備校。日本の教育産業は、子供の数が減っていることや公立学校の教育方針の変更、保護者の意識の変化によって地殻変動を起こしています。

 それに合わせて、塾や予備校、教育サービスの明暗がくっきりと分かれました。

◆一定の需要を持ち続ける教育産業だが…

 矢野経済研究所によると、2022年の教育産業全体の市場規模は2兆8499億円。2023年は横ばいの2兆8632億円とみられています。

 コロナ禍は塾や予備校など対面型サービスが打撃を受けたものの、オンライン授業でそれを補うなどの対策ができたため、市場は大きく沈むことなく堅調に推移しました。たとえ環境が激変しても、一定の需要を持つ産業なのです。

 ただし、保護者の教育に対する意識は着実に変化しています。朝日新聞社とベネッセ教育総合研究所は、全国の公立学校に通う保護者に対する意識調査を実施しています(「学校教育に対する保護者の意識調査」)。

 その調査によると、2018年の満足度(「とても満足している」「まあ満足している」)は77.8%でした。2004年は63.9%。満足度は14年ほどで10%以上増加しています。教科の学習指導に対する満足度は小学生、中学生ともに年々増加しています。

◆中間層に起きた変化に翻弄されるベネッセ

 いわゆる「ゆとり教育」は、2002年から2011年の間に義務教育を受けた世代だと言われています。先ほどの調査で、「とても満足している」との回答は2013年から2桁を超えており、教育方針の転換が満足度向上の要因の一つとなっているでしょう。

 また、2000年からは学力試験を課さないAO入試が普及し始めており、受験を取り巻く環境も変わりました。意識変化の背景には、学力一辺倒の受験戦争という時代が終焉を迎えたことも関係していると考えられます。

 この変化の煽りを受けているのが、ベネッセホールディングス。2023年4-12月の「進研ゼミ」の売上は、前年同期と比べて46億円減、「こどもちゃれんじ」は10億円、それぞれ減少しています。売上減少の主な要因は延べ在籍数(※)の減少。進研ゼミ小学講座の延べ在籍数は、前年同期と比べて102万7000人減の959万8000人。同中学講座の延べ在籍数は、前年同期と比べて25万2000人減の247万人。同高校講座の延べ在籍数は、前年同期と比べて9万人減の70万人。また、国内こどもちゃれんじ講座延べ在籍数は、前年同期と比べて104万8000人減の521万3000人。会員離れが止まらないのです。(※延べ在籍数は各年4月から12月までの月次在籍数の累計)

「進研ゼミ」は、学校の勉強だけでは十分でないと考える保護者が、学力底上げを目的として入会する性格が強いものでした。しかし、保護者が「学校の勉強さえしていれば大丈夫だ」と考えるようになると、その地位が揺らいでしまいます。

 ベネッセホールディングスは現在、非上場化に向けたTOBを行っています。非上場化を行う背景の一つに、中間層をターゲットとする旧来型の通信教育の市場が縮小していることを挙げています。

◆「塾・予備校」は、どれだけの実績を作れるかが勝負

 その一方で、塾や予備校を運営する上場企業トップスリーの業績は好調です。「東進ハイスクール」「四谷大塚」のナガセ、「TOMAS」のリソー教育、早稲田アカデミーの3社は、今期の業績が予想通りに着地すると3期連続の増収。各社ともに今年度の売上高は7〜8%伸びる見込みです。

 難関校を突破した実績を持つ塾に人気が集まっているのは、教育熱心な家庭が多額の教育費をかけているためでしょう。今や中間層は瓦解し、二極化が進んでいるのです。ハイレベルなポジションをとっていた3社が、有利な状況に置かれました。

 ソニー生命は、大学生以下の子供がいる保護者に対する調査を行っています(「子どもの教育資金に関する調査2022」)。それによると、2022年の中高生の子供に対する学校以外での教育費は月額20580円。2016年と比較して3割(4771円)増加しています。小学生も2022年は15394円で、2016年比で同じく3割(3709円)増えました。

 少子化で塾産業は先細りになるという悲観的な声もありました。しかし、人口の減少分は支出増で抑制されています。大切に育てた子供の将来の活躍に期待し、学校以外での教育にお金をかけようとする家庭は少なくありません。塾や予備校は、多額の資金を投じても構わないと考える保護者の価値観と合致したサービスを提供する必要があります。その点、有名校への橋渡し実績は強力な武器になるのです。

 ナガセの営業利益率は10%を超え、リソー教育と早稲田アカデミーも8%程度あります。もちろん広告宣伝費はかけていますが、利益を圧迫するほど過剰な広告を出しているわけではありません。教室数を拡大しつつ、実績作りに邁進するという難しいかじ取りが求められています。

◆ベネッセは傘下の塾も苦戦中

 苦戦しているのが東京個別指導学院。ベネッセグループの傘下にあり、個別指導型の塾を運営しています。2022年度は3.1%の減収でした。2023年度は増収を見込んでいるものの、1.7%の伸びに留まる見込みです。なお、2023年3-11月の売上高は、前年同期間比0.8%減の151億9600万円でした。

 同社はコロナ禍からの反動で、2021年度の売上高が17.5%増加し、営業利益は4倍に跳ね上がりました。営業利益率は3.2%から10.7%まで上昇します。しかし、そこからは2期連続の営業減益となる見込みです。

 東京個別指導学院は主力となる高校生の生徒減少、停滞に悩まされています。

◆子供の主体性に合わせる方針が弱みに?

 もともと個別指導型の塾は、学校の授業に追いつけない子供のためのものという位置づけでした。しかし、そのポジションに固執すると、少子化と教育費の二極化の煽りをもろに受けてしまいます。そのため、多くの個別指導型の塾は難関校突破の看板を掲げるようになりました。東京個別指導学院も例外ではありません。

 個別指導型の塾という点では、TOMASと同じ形態。明暗が分かれているのは、スタンスの違いが関係していると考えられます。TOMASのホームページには「志望校合格逆算カリキュラムを作成」と書かれています。一方、東京個別指導学院は「担当の先生がお子さまの性格・現状・目標に合わせて伴走」とあります。

 これを文字通りに受け取ると、TOMASは難関校を突破することに重きが置かれていますが、東京個別指導学院はあくまで生徒の主体性に任せています。つまり、個別指導型の塾というポジションが多分に残されているのです。

 ベネッセが非上場化することにより、東京個別指導学院の経営体制や組織形態は大きく変わる可能性があります。塾業界の中で、転換点を迎えている会社の一つだと言えるでしょう。

<TEXT/不破聡>



【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界