【立岩陽一郎 漂流するメディア】

《謝罪しろ》《自称ジャーナリストの立岩陽一郎が最も酷い》――こうした声が私に届けられる状況が続いている。ドジャースの大谷翔平選手の元通訳で、違法賭博にはまり銀行詐欺の疑いで訴追された水原一平容疑者の件についてだ。正確には、この一件に関する大谷選手についての私のコメントへの反発だ。

 それだけではない。コメンテーターなどメディアに関わる著名人からも、同じような指摘がなされている。もちろんそれは私を名指ししたものではなく、大谷選手の対応に疑問を呈した人間全般への「謝罪要求」という形で出され、それがうねりをつくり出していると言ってよいだろう。

 被害者である大谷選手に、なぜ金を盗られたのかを語らせることは「人の道」に反すると説く人もいる。こうした中で、「最も酷い」といわれる私への批判は当然強まる。分かりやすい構図だ。

 では「最も酷い」という私の発言とは何だったのか。その内容は日刊ゲンダイDIGITALの4月6日公開の記事を読んで欲しい。大谷選手が日本時間3月26日に声明を出した際、なぜ大谷選手が全く知らずに水原容疑者が資金を動かせたのかという点について疑問が残ったという印象を語ったものだ。

 とはいえ、明確に答えなければ不正が疑われると言っているわけではない。4月9日放送の「めざまし8」(フジテレビ系)での私の発言をデイリースポーツが以下のように報じている。

《立岩氏は『頑張って欲しいんだけど、それには今回みたいに、聞かれたことに答えるということを普通にやることが、多分大谷選手にとっていい結果になると思う』と、求められた取材に応じ、それに率直に答えることが結果にもつながるのではないかと推測。『こういうのをフランクに、率直にやってほしい』と願っていた。》

 私が伝えたのは、わからないことはわからない、話せないことは話せないと明確にすることで大谷選手は説明責任を果たしたことになるということだ。それは、問題に触れないというのとは違うということを語ったもの。これは普通のことを言ったまでだ。私には、一連の謝罪要求に合理性があるとは思えない。

■「謝罪しろ」と発言する人たちは訴状を読んだのか

 私の疑問に戻ろう。水原一平氏の違法な送金が大谷選手の全く知らないところでどうやって行われたのか、それが分からないと言っているだけのことだ。

 その後にアメリカの捜査当局が裁判所に提出した訴状が公になった後に「謝罪しろ」騒ぎが起こったわけだが、そうした発言をする人々はそもそも訴状を読んでいるのか? まさかコメンテーターが他人に謝罪を要求していて、その訴状を読んでいないとは思わないが、どうだろうか。実は、訴状では、この私の疑問は解消されていないと書いたら、驚くだろうか。

 この訴状は4月11日に連邦地裁に提出されたもので、水原容疑者の銀行に対する詐欺容疑について日本の国税庁にあたるIRS(内国歳入庁)の捜査員がまとめたものだ。Affidavitと書かれており、正確には捜査員がまとめた供述調書だが、ここではメディア全般が報じている通り、訴状としておく。

訴状では、以下の点について概要がまとめられている。

①違法賭博に対する捜査。
②違法賭博が実施された証拠。
③水原氏が行った違法スポーツ賭博に関するメールの内容。
④水原氏が億単位の規模で負けたことを示す記録。
⑤x5848口座から億単位の資金が動いた記録。
⑥当該銀行(Bank Aと記載)と水原氏との関係を記した記録。
⑦水原氏が当該銀行の行員を騙してx5848口座から資金を動かした状況。
⑧被害者A(大谷選手)が水谷氏のx5848へのアクセス容認を否定。
⑨被害者A(大谷選手)の代理人たちは、水原氏からx5848口座へのアクセスを拒否されたと証言。
⑩x5848アカウントからの購入に関連情報は、偽名で水原氏宛で届けられていた。
⑪水原氏はx5848口座からの資金移動について報道機関に対して被害者A(大谷選手)から借りたものだったと虚偽の主張をした。
⑫被害者A(大谷選手)は彼の携帯電話の確認を捜査員に許可した。
⑬水原氏は被害者A(大谷選手)から資金を盗んだことを認めた。

 これらが表紙を入れて37枚に書かれている。訴状で主張されている通り、大谷選手は被害者であり、それが故に、少しでも大谷選手の対応に疑問符をつけた人間に謝罪を要求する流れとなっているということだろう。なぜなら、水原容疑者が大谷選手の口座から資金を盗んで違法賭博を行っていたことは明らかだからだ。大谷選手から盗む際に大谷選手が口座を持つBank A(以後、A銀行)を騙した。それがこの訴状に書かれている内容だ。

訴状をつぶさに読んで分かったこと

 では、私が抱いた疑問についてはどう書いているのか。

「2022年の2月2日頃、水原氏がA銀行に電話をかけて、ネット送金のためにx5848口座へのアクセスを要求した」となっている。その結果、どうだったか。

「水原氏はA銀行との電話中、被害者A(大谷選手)を名乗り、車のローンのためにブックメーカーに資金を送金しようとしていると偽った。この要求は失敗し、A銀行はx5848口座のオンライン取引を凍結した。」

(During the call, Mizuhara falsely identified himself as Victim A, and falsely stated that he was attempting to wire funds to Bookmaker for a car loan. This request unsuccessful, and Bank A froze online transactions for the x5848 Account.)

「同日の別の電話で、A銀行の別の行員が、x5848口座のオンライン取引の停止について、水原氏と水原氏に紐づけられた携帯電話で話をした。この通話で、水原氏は再び被害者A(大谷選手)であると偽り、セキュリティ・チャレンジの質問に対し、被害者A(大谷選手)の経歴情報をA銀行の従業員に伝えた。その結果、水原氏は同口座のオンライン取引の凍結を解除することができた。」

(On another call on the same day, a different Bank A employee spoke with Mizuhara, using the x0373 phone number associated with the Mizuhara phone, regarding the suspension of online banking on the x5848 account. During this call, Mizuhara again falsely identified himself as Victim A, and responded to security challenge questions by giving the Bank A employee biographical information for Victim A. As a result of this call, Mizuhara was able to successfully lift the online banking suspension on the x5848 account.)

 この口座へのアクセスに関しては、私は2010年というかなり前の居住経験から、署名の照合などがあってそう簡単ではないという印象を語ったことがある。それについては、オンライン化が進んでいる現在は署名の照合も必要なく、困難なことではないという指摘がなされている。訴状を読むと、その点は私の話は時代遅れな点もあったように思うが、一方で、水原容疑者は簡単に口座にアクセスできたわけではない。一度アクセスを拒否され、オンライン取引は凍結されている。

 実は、この事実が訴状で大きな意味を持っている。この訴状の結論部分に次のように書いてあるからだ。

「仮に被害者A(大谷選手)がこのような電信を知り、許可していたのであれば、水原氏が被害者A(大谷選手)になりすましてA銀行の行員に虚偽の供述を繰り返したということは信じられない。」

(I do not find it credible that Mizuhara would have made repeated false statements to Bank A employees by pretending to be victim A if victim A was aware of and authorized these wires.)

 水原容疑者による虚偽の働きかけが、大谷選手が知らないところですべて行われていたことの証明の一つと指摘されているわけだ。

■健全な言論空間、健全なメディアであるために

 ところで、この「A銀行の行員に虚偽の供述を繰り返した」点が訴状で具体的に書かれているのは「2月2日頃」の2件だけだ。ここで、最初の電話で認められなかったものが、2度目の電話で凍結されたオンライン送金が利用可能になる経緯は明確には書かれていない。A銀行からの大谷選手に関する問いに水原容疑者が答えられたため、となっているだけだ。

 ただ、なぜそれが可能だったのかという私の疑問については、訴状は答えているわけではない。その際に、水原容疑者が自身を大谷選手だと信じ込ませることができた情報を水谷容疑者がどのように入手したのかが書かれていないということだ。それは、誰でも簡単に探せる情報だったのかもしれない。事の性質上それは考えにくいが、妙な推測はしない。ただ、その点は訴状で明確にはされていない、ということだけは記しておく。

 繰り返すが、私がメディアで発言し、ここで書いていることは、何も大谷選手が不正に手を染めたという点ではない。それは番組でも伝えている。また、この点を追及する気もない。なぜなら、この事件についてアメリカの捜査当局も事実上の終息宣言をしているからだ。これ以上、何かを探すことに意味はない。ただし、なぜ水原容疑者が大谷選手に無断で不正送金が行えたのかについて、疑問は疑問として残っているということだ。それだけのことだ。

 それでも、謝罪を求めるコメンテーターは、そんなことは関係ないと主張するだろう。そもそも「人の道から外れることは絶対にしない」大谷選手に疑問を呈すること自体が「人の道」に反すると言うのかもしれない。もちろん、それを旨としてコメンテーターをするというのは個人の自由だろう。まさか、大谷選手だけ特別というわけではないだろうから、今後すべての問題についてそういう主張をするのだろうと思う。しかし、それが健全な言論空間、健全なメディアのあり方なのかという点は冷静に考えたほうがよい。

「世論(せろん)と輿論(よろん)」という議論がある。世論とはpublic sentiment、つまり人々の感情の動きだ。輿論とはpublic opinion、これは人々の感情とは異なり、公の議論を経て作られる意識形成のことだ。戦前は世論と輿論が区別されていたが、戦中、そして戦争が激化する中で輿論が消え、世論が幅を利かすようになる。それは世界に冠たる大日本帝国陸海軍に疑問を呈することを許さず、その結果、大本営が伝える内容が世論を形成していく流れを作り出した。

 疑問を呈するなという考えは、この流れを想起させる。私のように疑問を呈した人にとって、「大谷選手も共犯だと言いたいだけ」とは暴論でしかないが、残念ながらその暴論に賛意を示す人は少なくない。つまり輿論の形成に必要な議論の土台である疑問や異論を排除し、ひたすら世論、つまり人々の感情の動きに合わせて発言する流れが既にできている。それがどういう社会を構築するのか。戦中のような言論空間の硬直化を生むと言っても、決して大袈裟な話ではない。

 もちろん、自身の発言を謝罪するのは自由だ。私も過去に誤った発言があれば謝罪している。そして、大谷選手のファンが私を罵倒するのも自由だ。しかし、メディアに関わる人間が議論を封じるような言動をすることには抑制的であるべきだ。

▽立岩陽一郎(たていわ・よういちろう) NPOメディア「InFact」編集長、大阪芸大短期大学部教授。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクなどを経て現職。日刊ゲンダイ本紙コラムを書籍化した「ファクトチェック・ニッポン 安倍政権の7年8カ月を風化させない真実」はじめ、「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」「トランプ王国の素顔」「ファクトチェックとは何か」(共著)など著書多数。毎日放送「よんチャンTV」、フジテレビ「めざまし8」に出演中。